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公文書開示延滞・廃棄による損害賠償請求訴訟の判決(全文掲載)
平成一二年一二月六日判決言渡・同日判決原本領収 裁判所書記官
平成一一年(ワ)第三二○号損害賠償請求事件(以下「甲事件」という。)
平成一二年(ワ)第七七号損害賠償請求事件(以下「乙事件」という。)
(平成一二年九月二七日口頭弁論終結)

    判 決

 群馬県前橋市亀泉町三丁目三六番
  甲・乙事件原告          樋口和彦
  右甲事件訴訟代理人弁護士     嶋田久夫
  同                田見高秀
  右甲・乙事件訴訟代理人弁護士   市場和政
 群馬県前橋市大手町一丁目一番一号
  甲・乙事件被告          群馬県
  右代表者知事           小寺弘之
  右甲・乙事件訴訟代理人弁護士   丸山和貴
  右甲・乙事件指定代理人      折茂 泉
  右甲事件指定代理人        金井達夫

    主 文

 一 乙事件被告は、乙事件原告に対し、金五万円及びこれに対する平
  成一二年三月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払
  え。

 二 甲事件原告の請求及び乙事件原告のその余の請求を棄却する。

 三 訴訟費用は、甲・乙事件を通じて、甲・乙事件被告の負担とする。

 四 この判決第一項は仮に執行することができる。

    事実及び理由

第一 請求

 一 甲事件
   被告は、原告に対し、金一○○万円及びこれに対する平成一一年
  六月二六日(甲事件訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分
  の割合による金員を支払え。

 二 乙事件
   被告は、原告に対し、金八万一九一八円及びこれに対する平成一
  二年三月一日(乙事件訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五
  分の割合による金員を支払え。

第二 事案の概要

 一 請求の要旨
  1 甲事件は、甲・乙事件原告(以下「原告」という。)が、群馬
   県公文書の開示等に関する条例(以下「開示条例」という。)の
   実施機関である群馬県知事が、開示請求対象文書の一部非開示決
   定に対する不服申立の決定を違法に延滞させ、原告に精神的損害
   を与えたと主張し、甲・乙事件被告(以下「被告」という。)に
   対して、国家賠償法による損害賠償を請求した事案である。

  2 乙事件は、原告が、開示条例の実施機関である群馬県知事が、
   右不服申立にかかる対象文書を違法に廃棄し、原告に精神的損害
   を与えたと主張し、被告に対して、国家賠償法による損害賠償を
   請求した事案である。

 二 争いのない事実
  1 原告は、群馬県内に居住する住民であり、市民オンブズマン群
   馬のメンバーである。
  2 原告は、平成七年四月二五日、開示条例の実施機間である群馬
   県知事に対し、開示条例五条に基づき、平成五年度の秘書課、財
   政課及び東京事務所の食糧費に間する一切の資料の開示を請求し
   た。これに対し、群馬県知事は、平成七年五月二三日、開示条例
   八条一項に基づき、一部非開示の決定をしてこれを原告に通知し
   た。
  3 原告は、群馬県知事に対し、平成七年六月二八日、右一部非開
   示決定につき行政不服審査法の規定に基づく不服申立をし、右一
   部非開示決定の取消を求めた(以下この不服申立を「本件不服申
   立」という。)。
  4 平成五年度の秘書課の食糧費支出に間する文書(以下「本件文
   書」という。)は、本件不服申立に対する決定が出される前に廃
   棄された。
  5 群馬県知事は、平成一二年一月二四日、本件不服申立に対する
   決定をした。そして、平成五年度の秘書科の食糧責支出に関する
   開示請求については、「本件公文書は、文書管理規程に基づく文
   書整理において廃棄された。したがって、実施機間が本件公文書
   の開示をすることはできないので、本件異議申立は不適法なもの
   であるといわざるを得ず」として本件不服申立を却下した。

 三 争点及びこれに対する当事者の主張
  1 甲事件の争点は、群馬県知事が、原告に対し、本件不服申立に
   対する応答を遅延させたことについて、故意又は過失によって違
   法に損害を与えたのか否かである。
  (原告の主張)
   (一)非開示決定に対し不服申立を認めた趣旨は、簡易迅速な手続
    による県民の権利や利益の救済にある。そして、しばしば情報
    の遅れは情報の拒否に等しいとされるのであり、非開示決定に
    対する不服申立に対しては性質上迅速処理の要請が働く。しか
    るに、群馬県知事は、本件不服申立後、実に四年以上の長きに
    わたりこれに対する決定をしなかったのであるから、これにつ
    き故意があり違法というしかない。
   (二)原告は、開示条例の実施機間である群馬県知事が、開示条例
    の趣旨・目的に従い誠実に申立に対応することを期待し、相当
    の時間と労力を費やして本件不服申立をした。その後も、開示
    決定が今日出るか、明日出るかと心待ちにして四年を経過した。
    この間、非開示処分取消訴訟を提起することも検討したが、訴
    訟に要する時間・経費・労力を考慮すれば、県政に対する県民
    の理解と信頼を深め、その公正な運営を確保することを当然の
    職責とする知事がよもや四年もの長きにわたって情報開示に関
    する処分をしないなどという条理に反する事態を予想せずに、
    本件不服申立てに対する決定が出されることを待つことにした。
    しかるに、四年もの期間事実上放置され、また、求めた情報も
    時の経過によって陳腐化してしまった。これにより原告は精神
    的に打撃を受け、これを慰謝する慰謝料が一○○万円を下回る
    ことはない。
  (被告の主張)
   (一)国又は地方公共団体の行政処分が違法として取り消された場
    合や、申請に係る処分について不作為の違法があった場合、申
    請者がこれらについて国家賠償法に基づき慰謝料請求ができる
    余地があることは、水俣病認定ついての最高裁判例平成三年四
    月二六日判決等が認めるところである。
   (二)しかし、右判例等も処分遅延により慰謝料請求ができるのは
    特殊な事情がある場合に限るという立場をとっていると思われ
    るが、本件不服申立に対する応答の遅れにはそのような事情は
    ない。また、原告は市民オンブズマン群馬のメンバーであり、
    かつ、弁護士として関係する訴訟の代理人を務める等の活動を
    行い、群馬県知事は市民オンブズマン群馬からの資料開示請求
    の対応に追われていた。そして、原告から、本件不服申立に対
    する応答につき特段の催促を受けることもなく、平成八年六月
    からは、同年度分以降の食糧費について原則として情報を開示
    する扱いをし、これに従って市民オンブズマン群馬からの関係
    文書の開示請求にも応えてきた。したがって、本件不服申立に
    対する応答の遅れが原告の静穏な感情を害するような事態を招
    いたとは考えられない。
  2 乙事件の争点は、群馬県知事が、原告に対し、本件文書が廃棄
   されたことについて、故意又は過失によって違法に損害を与えた
   のか否かである。
  (原告の主張)
   (一)本件文書中には、群馬県知事が開示決定をしたものがあり、
    これらについては、原告に閲覧や写しの交付を求める権利があ
    る。したがって、これらの文書中に群馬県文書管理規程(以下
    「文書管理規程」という。)による保存期間を経過したものが
    あっても、当該文書を廃棄することは県民の文書開示請求権を
    奪うことになり違法である。そして、群馬県知事は、原告に右
    のような閲覧や写しの交付を求める権利があることを知りなが
    ら、本件不服申立を奇貨としてその決定を遅延させ、対象文書
    の保存期間経過を待ち、対象文書を廃棄したもので、故意に原
    告の権利を侵害したものである。
   (二)他方、本件文書の非開示部分については、本件不服申立に対
    する決定か、あるいは非開示部分に係る取消訴訟により、将来
    その開示が認められる可能性があり、また、本件文書が廃棄さ
    れると本件不服申立が意味を失い、その上、行政訴訟を提起す
    る権利も奪われるから、対象文書を廃棄することは憲法三二条
    及び開示条例一二条に反し違法であり、群馬県知事は本件文書
    の非開示部分を廃棄してはならなかった。しかし、群馬県知事
    は本件文書の非開示部分を廃棄したから、その廃棄に故意があ
    り違法である。
   (三)原告は、開示条例の実施機関である群馬県知事が、開示条例
    の趣旨・目的に従い、申立に誠実に対応することを期待し、相
    当の時間と労力を費やして開示請求、本件不服申立及び提訴を
    したが、これらが全て無駄となってしまい、主権者の一人とし
    て食糧費支出に係る不正を正そうとする努力が妨げられ、大き
    な精神的打撃を受けた。これを慰謝する慰謝料が八万一九一八
    円を下回ることはない。
  (被告の主張)
   (一)群馬県知事が、本件不服申立を奇貨としてその決定を遅延さ
    せ、本件文書の保存期間経過を待ち、その後に本件文書を廃棄
    したことは否認する。廃棄された文書は、秘書課の平成五年度
    の食糧費支出に関する文書であるが、財政課に係る文書につい
    ては既に不服申立につき一部認容の決定がなされている。また、
    東京事務所に係る文書については、申立は却下されているが、
    その理由は庁舎移転等に伴い紛失したことによる。
   (二)本件文書の廃棄につき違法性はなく、原告の慰謝料請求には
    理由がない。

第三 争点に対する判断

 一 甲事件の争点について
  1 平成八年一一月二六日、本件不服申立に間し、開示条例一二条
   一項に基づく群馬県公文書間示審査会の答申が出されたが(この
   事実は当事者間に争いがない。)、群馬県知事は、その後更に三
   年以上経過した平成一二年一月二四日になってようやく本件不服
   申立に対する決定をした(争いのない事実5)。そして、右の事
   実経過からみると、群馬県知事は本件不服申立に対する応答を遅
   延したとの非難を免れえない。
  2 甲事件は、本件不服申立に対する応答が遅延したことによって
   精神的苦痛を受けたことを理由とする慰謝料請求であるが、本件
   不服申立をした原告としては、群馬県知事の応答を踏まえ、抗告
   訴訟に及ぶか否か等を判断するのが通常であるから、早期に群馬
   県知事による応答がなされることを期待し、他方において、長期
   間にわたって応答がなされなければ、ある種の不安感、焦燥感を
   抱き内心の静穏な感情を害されることになる。そして、こうした
   内心の感情も不法行為法上の保護の対象となり得るものであり、
   群馬県知事としては相当期間内に応答をなすべき条理上の作為義
   務があったと解される(最高裁昭和六一年(オ)第三二九号、第三二
   ○号平成三年四月二六日第二小法廷判決・民集四五巻四号六五三
   号参照)。
  3 ところで、応答遅延により原告が抱く不安感、焦燥感は、本件
   不服申立に対する応答があれば解消する性質のもので、そもそも
   法的保護を与えるべき利益として強固なものとは言い難い。そし
   て、この保護対象である利益の特質に照らして、本件においては、
   群馬県知事が相当の期間内に応答をなすべき条理上の作為義務に
   違反し、それにより内心の静穏な感情を害されたことが原告の損
   害になるというためには、客観的にその応答のために手続上必要
   と考えられる期間内に応答がなされず、その期間に比して更に長
   期間にわたって遅延が続き、かつ、その間、群馬県知事が通常期
   待される努力によって遅延を解消できたのに、これを回避するた
   めの努力を尽くさす(前掲最高裁判決)、さらに、群馬県知事が
   善意をもってことさらに本件不服申立に対する応答を遅延したと
   か、不作為の違法確認判決がなされたのにもかかわらず、なお長
   期間にわたって本件不服申立に対する応答を遅延したなど、群馬
   県知事の不作為の態様が社会通念上到底容認し難いという特段の
   事情があることが必要と解すべきである。本件の場合、原告は、
   群馬県知事が故意に本件不服申立に対する応答を遅らせたと主張
   するが、この主張事実を認めるに足りる証拠はなく、本件全証拠
   によっても、その他前記の特段の事情の存在を認めることはでき
   ない。したがって、本件不服申立に対する応答遅延につき慰謝料
   の支払いを求める甲事件の請求は理由がない。また、原告は、開
   示条例により得られる情報は時の経過とともに容易に陳腐化する
   ことを強調するが、そのことと原告個人が国家賠償法に基づき慰
   謝科を請求することは別問題である。

 二 乙事件の争点について
  1 証拠(乙四、乙五、乙六)及び弁論の全趣旨によれば、次の事
   実が認められる。
   (一)群馬県文書管理規程(昭和六一年三月三一日訓令甲第一号)
    において、完結文書の保存期間は長期(三○年)、一○年、五
    年、三年、二年又は一年と定められている(同規程三九条)。
    そして、群馬県においては、これに従い、食糧責支出に間する
    公文書は五年保存文書に該当するが、他方で、不服申立の対象
    となっている文書は「訴訟及び行政不服審査に関する文書」と
    して長期(三○年)保存文書に含まれるとの解釈・運用が採ら
    れている。
   (二)本件文書は、平成一一年二月九日(平成一○年度期末)に学
    事文書課から保存期間満了通知が秘書課に提出され、その後、
    秘書課において保存期間満了文書の廃棄の適否を検討したが、
    この際に、五年から三○年への保存期間変更を理由に廃棄の対
    象から外すべきところ、これを失念したまま、同年六月一○日
    廃棄に至ったことが認められる。
  2 文書管理規程は、群馬県における職員による文書事務処理の要
   領等を内部的に規定した訓令にすぎないから、これが私人の法的
   利益を直接に保護する趣旨のものではないことは明らかである。
   他方、開示条例による情報公開制度は、群馬県民等に対して、一
   定の情報の公開を請求する権利を付与するものであり、情報公開
   制度の適正かつ円滑な運用には公文書の適切な管理・保存が当然
   の前提になる。このことを考慮すると、既に一定の公文書につき
   開示請求がなされた場合、これに対する群馬県知事の決定あるい
   は裁判所の判決が確定しない期間はもちろん、開示すべきという
   決定・判決がされた後においても当該文書の閲覧に通常必要とさ
   れる期間は、開示条例の実施機間である群馬県知事において開示
   請求対象文書を保存すべき義務があり、これに反して開示請求対
   象文書を廃棄したときは、個人の具体的な情報公開請求権を否定
   する行為として違法というべきである。そして、このような文書
   破棄がたとえ文書管理規程に従うものであったとしても、当該文
   書の廃棄当時、開示請求の存否を知り得なかったことに正当な理
   由がある場合でない限り、情報開示の実施機関である群馬県知事
   に過失があったというべきである。
  3 本件においては、原告が開示を請求した平成五年度秘書課食糧
   費に関する公文書については、その一部につき当初から開示相当
   との群馬県知事の判断がなされ、非開示決定の対象文書に対して
   は本件不服申立が係属していたのであるから、開示の実施機間で
   ある群馬県知事にはその対象文書の保存義務があったが、右1・
   (二)で認定したとおり、担当者が本件文書の保存期間を五年から三
   ○年へ変更すべきところこれを失念して本件文書を廃棄させてし
   まったというのであるから、本件文書の廃棄につき群馬県知事に
   も過失がある。そして、本件文書が廃棄されたことにより、原告
   は、精神的苦痛を感じ、その苦痛を慰謝する慰謝料の額としては
   五万円が相当なのであるから、群馬県における情報開示の実施機
   間である群馬県知事の過失による違法行為により原告は五万円の
   損害を被ったことになる。

第四 結論

 一 以上によれば、原告の甲事件請求は失当であり、原告の乙事件請
  求は、原告が、被告に対し、慰謝科五万円とこれに対する乙事件の
  訴状が送達された日の翌日である平成一二年三月一日を起算日とし
  民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由
  がある。

 二 よって、原告の乙事件請求を右の限度で認容し、原告の甲事件請
  求、原告のその余の乙事件請求を棄却し、訴訟費用については、本
  件不服申立の取扱いに関する経過にかんがみ、甲・乙事件を通じて
  全部被告に負担させることとし、主文のとおり判決する。

   前橋地方裁判所民事第一部

         裁判長裁判官    中野智明
            裁判官    丹羽敏彦
            裁判官    山崎 威



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