The Thousand and One Nights of Technology History


シャップの腕木式通信システム



シャップの通信中継基地

 フランスのC.シャップ(1763-1805)は、1790年ころから、通信の研究に関心を持っていた。それは、腕木式通信と呼ばれる、いわば手旗信号のリレーに似た原理の視覚通信システムである。
 この研究は、フランス革命の最中になされ、牢獄のルイ16世と交信しようとしていると誤解した暴徒によって器機が破壊されることもあったが、フランス議会で演示実験を行い、その有用性が認められるにいたった。かれはこの事業の責任者となり、1794年に、150マイルほど離れたパリとリール間の通信システムを構築する。

 かれの通信システムは、高い塔の上に、図のような稼働する腕木を設置し、そのパターンを文字に対応させ、信号を送信するものである。中継基地間の距離は、10キロメートル程度で、望遠鏡で隣の局の信号を読みとり、自局の腕木を操作する。その腕木のパターンを、さらに隣の局が読みとるという連鎖によって送信する。

 パリから地中海のツーロンまで約760キロメートルの距離を、120程の中継局で結んだ例では、1信号が、約10分間でパリからツーロンに届いたという。つまり、各中継局は、数秒間で前方の局の信号を解読し、自局の腕木を操作して後方の局へ送信することになる。別の言い方をすると、パリで100文字程度の文書を送信すると、20分後には全文がツーロンで着信することになる。これは当時としては、画期的な通信速度である。

 ただ、この方法は、夜間や荒天時には視界が効かない。いくつものカンテラを腕木に設置し、それを読みとる工夫が、後につけ加えられている。また、視界の範囲から送信内容が丸見えのため、暗号化して送信することも行われたが、送信速度との関係であまり複雑化できない弱点は残った。また多くの人員を常時確保するため、維持経費は膨大であった。




 シャップのシステムは、従来の伝令や伝書鳩よりもはるかに「高速で安定」したもので、軍事用通信として、フランス革命の時期だけでなく、ナポレオン時代やそれ以後も増強さた。18世紀末から19世紀初頭の多くの戦闘で、この通信網はその役割を発揮し、フランス軍をしばしば優位に導き、ヨーロッパ各国の脅威となったのである。

 こうして19世紀半ばにいたるまで、腕木式通信は、フランスはもとより、類似の通信システムがヨーロッパ各地に張り巡らされ利用された。1830年代にようやく、台頭しつつあった電気通信は、当面これをライバルとしなければならなかったのである。
 なお今日、広く電信を意味するtelegraphと言う言葉は、電気とは無縁の通信システムを開発した、シャップの造語である。


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