The Thousand and One Nights of Technology History


アークライトの水力紡績機
Water Frame of Arkwright


Richard Arkwright(1732-92)は、ランカシャー州プレストン生まれ。最初のアークライトの職業は、ボルトンでの理髪業。John Kay(飛び杼の発明者とは同名異人)との協力は、1768年に始まり、1768年にはノッチンガムで特許を申請し、69年に認可。このころ馬力による最初の工場を操業。ほどなく焼失するが、さらに大きな工場を建設。1771年にクロンフォード工場を建設。下図は1785年頃の機械。

アークライトの紡績機械の特徴は、3対のローラーによって粗糸を引き伸ばす機構と、フライヤーの回転によって撚りをかけ、ボビンとフライヤーの回転差と利用して巻取る機構にある。
粗糸を引き伸ばすのは、粗糸を巻いたボビンとローラーとの間ではなく、3対のローラー間で行う。このため、均等に粗糸が引き伸ばされ、この部分で糸切れを起こすことは少ない。サクソニー紡車の系譜を受け継ぐ撚りかけ・巻取り機構によって、連続的な紡糸を実現したのである。
これらが彼の機械の利点であったが、後にこの機構が問題を引き起こす。前者は、ハイズとの特許問題であり、フライヤーとボビンの間に働く強い張力が、糸切れの原因になり、細い糸の紡糸を困難にしたのである。
アークライトの紡績機械が、水力紡績機械と呼ばれるのは、その動力に水車が利用されたことにある。ただし、試作機は手動で動かし、最初の工場が創られたノッチンガムでは、馬力であった。水車を利用したのは、クロンフォード工場が最初である。労働者の仕事は、機械が順調に動いている限りは、ボビンの取替えと糸切れ時の処理だけであり、非熟練工で可能なため、子供が作業にあったのである。ハーグリーブスのジェニー紡績機は家内工業であったが、アークライトの水力紡績機械が工場制であったのは、これらが原因である。


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