倒れそうな塀
11月19日(金)
近所に倒れそうなブロック塀があって、どうしたものかと思っている。
やはり、市民の安全を守るべき警察に通報すべきなのだろうか。
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その辺にいる警官に言った場合その人が解決してくれればよいが、何もしてくれないことも考えられなくもない。
そして、何かの拍子にこの塀が問題になって、「あのときなにもしなかった警官」のようになってもかわいそうな気がする。
警視庁のHPに「その他の情報」というのがあったので、メールしておいた。
電話がかかってくるかもしれないので、ドキドキしている。

11月20日(土)
さっき、塀のそばを通った。何も変わっていない。
依然として倒れそうだ。ここは空き家である。
だぶん、持ち主は気付いていないのであろう。
近所といっても私の家からは歩いて5分ほどのところで、
正直なところ、これが倒れてもわたしは、痛くもかゆくも無い。

でも、気になる。

☆☆☆
この塀が気になりだしてから2ヶ月くらいたつ。そのあいだに、たくさんの人が
この塀を見ていると思うし、警官だってみているかもしれない。
まして、隣の家の人は絶対見ているはずだ。
せめて、危険です。の貼り紙くらいはついてもよさそうなものだが。

11月24日(水)
はたして、警察にメールしたのは適当な行為だったのであろうか?塀が気になりだしてから2ヶ月近く経つのに、その間に多くの人があの塀を見ていたはずなのに、ほとんどの人は見てみぬふり、そう、これが本当の見てみぬふりというのではないだろうか。たしかに、あの塀が倒れて、被害をこうむる人は少ない、道路がふさがれて、車が渋滞する程度だと思う、車の人はたぶん塀の傾きにはきずいていまい。
こうして、多くの人が見てみぬふりをしていることに、何らかの行動を起こす、いや、起こしてしまったことに戸惑いを感じている。さして積極的でも行動派でもないわたしに、そんな役割が回ってきてしまっていることが、いよいよ世間もここまできたか、と思ってしまったのだ。
確かに、自分は被害を受けない、何とかしようとしても何の得にもならない、ことにがんばってもしかたないのかもしれない。そもそも、日本の社会は何もしない人は怒られず、何かをして失敗した人は怒られる。というような流れがあるような気がする。
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本日、**警察より(課長)、電話があり、感謝された。(妻が話した)管理している不動産屋になんとかするように指示したらしい。