平成20年5月30日作成

今朝、サイクリング途中に玉ひめ神社に寄ったら、巨岩に架かる橋の神事の準備が行われていました。
ついに橋が完成しました。 祭壇にはリンゴ、にんじん、大根、お魚や お神酒その他がならんでいました。
この後、橋の名前が披露され、渡り初めがされたようです。
多くの方が訪れられる事を私も期待しております。

玉ひめ神社と巨岩の説明はこのページの下の方に書いてありますので参考にして下さい。

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          撮影   :平成20年5月30日
      竣工式(完成式典):平成20年5月30日
          撮影場所 :  岡山県玉野市玉 玉ひめ神社 巨岩前
          橋の名前 :  豊玉橋

    玉ひめ神社への行き方 :  JR宇野駅からバスで約10分前後(両備バス)
                一般路線バス(数系統あります)の最寄りのバス停は以下の2か所です。
                   市民会館前(下車後すぐ玉ひめ神社です。)
                   玉橋(下車後、白砂川を上流方向に徒歩6~7分で玉ひめ神社です。)

                  渋川行き特急バスの場合:
                   玉橋(下車後、白砂川を上流方向に徒歩6~7分で玉ひめ神社です。)

                             (バス情報は平成20年5月31日現在の物です)

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玉ひめ神社には巨岩がありますが、下記の文はその巨岩と玉ひめ神社の
生い立ちを説明したものです。
なお、「玉ひめ」の漢字表記につきましては、「め」の字が当方の漢字フォントに
ありませんのでひらがなで書いています。「ひ」は「比」と書きます。

霊岩由緒
この巨岩は、古来より霊験あらたかな、霊岩として崇敬されてきた。昔この辺りまで
海岸であり満潮時にはこの霊岩は海水に洗われていたと云われている。
伝説によるとこの岩からある夜、火の玉が三つ飛び出して其の一つは龍神の鎮まります
臥龍山中腹の臥龍稲荷神社奥宮に、其の一つは西大寺観音様に、今一つは牛窓に向かった と
云われている。其の火の玉の出た所が今に丸く日輪に形に残っているのだと云う。
万葉集に当地 玉の浦を詠んだ歌が多数残されている。
「ぬばたまの夜は明けぬらし 玉の浦にあさりする鶴鳴きわたるなり」

昔、この珍しい形の巨岩を御神体として祭ったのが原始信仰である玉比め神社の
起源である。
御祭神は、海神の娘豊玉姫命、即ち竜宮の乙姫様で日本書記によれば
産室にあって龍に化身したと云われている。海上の守護神
安産の神として知られている。

往古は形状が玉の如くであるため玉石と称されていた。
玉石の玉が当地の地名「玉」となり社命「玉比め」と
称されるようになったものと考えられ又巨岩の姿が恰も石が立っているが如く
見えるので後世「立石」と称し現在に至っている。

昔は臥龍山中腹に御社があったが、現在の地に下ろされ玉比め神社となる。

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