法然上人(長承二(1233)〜建歴二(1212)年)を開祖とする浄土宗は、本派の総本山が京都東山の華頂山大谷寺=知恩院、江戸の大本山が芝の三縁山増上寺である。当家二十四代七郎右衛門正廸(中村有道軒二世)の一念発起――浄土僧の手になる名号=南無阿弥陀仏の札書を求めての巡行は、明賢大僧正の増上寺六十八世就任後のことと考えれば、慶応元(1865)年以降になろうか。以下に、各札書(全絹本)――名号の揮毫に添えられた落款(署名)を、上段より順に列記しておくが、寺名の書かれていない三寺は、順に(飯沼)弘経寺・浄国寺・(結城)弘経寺となる。いわゆる関東十八檀林は、家康の命により、十七世紀初頭から設けられている浄土宗十八か所の学問研究の道場のことである。
なお、尊秀法親王は、第一二一代孝明天皇養子=伏見宮邦家親王第十二王子。慶応四年還俗、華頂宮家創立。知恩院七十三世学天大僧正(文化元(1804)〜明治三(1870)年)は、紀州の人で、字は因順、号は実蓮社・祐阿・無着。明治維新宗政・教化の功労者である。
(華頂御門主尊秀法親王)
知恩院(七十三世)大僧正学天
増上寺(六十八世)大僧正明賢
本山(知恩院)権大教正大〇 伝通院中興六十世俊光
東国本山光明寺〇〇 爪連常福寺孝誉
寿象山六十九世洞誉 霊巖寺三十二世〇誉
新田大光院愍徴 幡陏院主謙翁
仏眼山第四十九世〇玄 大巖寺五十一世霊瑞
結城寿象山五十四世喜誉 仏法東漸寺豊舟
蓮馨寺四十世仁誉 大念寺四十二世性与貞海
瀧山大善寺梁誉 勝願寺従中興四十一世貫誉
霊山寺三十二世主大順 善導寺四十六世般誉