「ナツメの実」 松本侑子著

 あれから長い月日がすぎてしまい、想い出はおぼろになりつつある。
 けれど、たとえ写真が一枚も残っていなくても、彼女のおもざしは今でも忘れていない。
 あわただしく過ぎていく日々のなかで意識の表には浮かぶことはないけれど、ふとした心のすき間に、あの形のよい横顔がよみがえる。
 わたしの通っていた女子大のキャンパスに、凛とした美しいひとがいると気づいたのは、大学二年生の初夏だった。
 彼女は白いノースリーブのワンピースを着ていた。そして陽炎が立ちのぼる焼けたアスファルトの校庭に立っていた。
 彼女の姿だけがくっきり浮き上がり、あとの遠景はぼんやりとピントがずれたように見えた。すらりとして、手足が長かった。涼風にむかって立っている、そんな立ち姿だった。
 何という名前か、どこの学部なのか、まるで知らなかった。わたしの学部ではなさそうだとしか、見当がつかなかった。
 それからは、女の子がしばしば目に飛びこんでくるようになった。
 ……(以下略。続きは単行本でご覧下さい)

小説集『性遍歴』(松本侑子著・幻冬舎刊・定価1500円・2001年4月26日発行)より引用。
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