踊れ! ピーポー君
- その7-


「何なんだ、一体!」

室井の家の玄関先で、新城は開口一番、青島に向かって怒鳴っていた。
あの後青島は慌てて新城に電話を掛け、今は室井が住んで居る新城の部屋に置いてあったピーポー君を新城に取りに行って貰った後、室井の部屋で二人だけで話したい事が有ると告げた。理由は後で話すからと言って、無理矢理夜中に訪問した青島を、新城は訝し気に睨んだ。

「こんな夜中にこんな人形を取りに行かせるから、室井さんに変な顔をされたんだぞ。しかも突然部屋に来るなんて、貴様は一体何を企んでいるんだ?」

青島は取り敢えず家の中に入り、靴を脱ぎながら話し始める。

「実は、新城さんと室井さんの身体が入れ替わった原因が判ったんです」

意外と几帳面な新城は、青島のコートをハンガーに掛けながら、文句の言葉を次々と繰り出していたのだが、青島のその台詞に声がピタリと止まった。

「……何?」
「新城さん、この人形を何処で手に入れました?」

驚いて呆然としていた新城は、一見見当違いの青島の質問に眉根を顰めた。

「貰ったんだ」
「貰った? 何処でです?」
「それとこれとどう関係が有るって言うんだ! 大体原因が判ったんだったら、何故室井さんを此処に連れて来なかった?」

苛々した様に新城は聞く。

「室井さんには後で俺から話します」
「……俺が原因だとでも言うのか?」

新城は冷たい目で睨み付ける。その顔で睨まれると正直辛いんだけど、と青島は思ったが、この際は無視、する事にした。

「もう一度聞きます。この人形は、何処で手に入れたんですか?」
「たまたま行った所轄で、何故か人形が突然二つになったと騒いでいたんだ。二つ有っても邪魔だからと言って、捨てようとしていたのを俺が引き取って来たんだ。それに何か文句でも有るのか?」
「…新城さん、この人形好きだったの?」

恐る恐る聞いた青島の台詞に、新城は心底嫌そうな顔をした。

「まさか。篠原が好きだと言っていたのを思い出したから、あいつにやろうと思って……。そんな事はどうでも良いだろう!」

幾分赤くなって怒る新城に、青島は『成る程、篠原さんにね。良かった、新城さんの趣味とかじゃ無くて』等と大変ズレた事を考えていたのだが、そういう問題じゃ無いだろう。とにかく恐れていた疑問が解決されたので、青島は本題に戻った。

「それがどうでも良く無いんですよ。だったら何で彼女にあげないで、未だに新城さんの部屋にコレが有るんですか?」
「単に貰ったのをずっと忘れていたんだ」
「……」

悪びれずにきっぱりと言われて黙り込んでしまった青島に、新城は幾分落ち着いたのか、玄関で立ったままの青島を部屋の中に招き入れて、ゆっくり話をすべく腰を下ろした。
出してくれたコーヒーを飲んで一息吐いた後、青島は説明を始めた。

「新城さん、此処暫く世間を賑わせている『ピーポー人形盗難事件』をご存知ですか?」
「……そんな事件は所轄の仕事だろう。しかもそれは盗犯係の仕事だろうが。管轄外も良いとこだ」
「そうなんですけどね。この事件と新城さん達のこの一件は、実は物凄く関係が有るんですよ」
「どういう事だ?」
「実はですね……」

そして青島は、今日あった出来事を順に話し始めた。



青島の説明が終わった後、ピーポー人形をじっと睨み付けたまま、新城は動かなかった。暫くして、ふう、と小さな溜め息を吐いてから、青島の目を真正面から見据えた。

「この人形が願いを叶えるなんて、そんなふざけた話を俺に信じろと言うのか」
「仕方無いじゃないッスか、本当なんスから」

憤った新城の台詞に、青島は情けない声で応える。青島とて、まだ半信半疑では有るのだ。そんな漫画じゃあるまいし、冗談だろうって思いたい。

「でもさ、そう考えると辻褄が合うじゃないッスか。新城さんがこの人形の存在を忘れて持ち続けている間に、この人形にかけられている呪いが反応し始めていた。現在の持ち主である新城さんの無意識下にある願い事を、この人形が叶えようとして今の状況になっている、って考えた方が説明付くと思いません?」
「……」

新城は渋い顔をする。

「貴様は、俺がこんな状態を望んでいたとでも言いたいのか?」
「そうじゃありませんよ。今の状態は新城さんの願い事が叶う『前提』なだけです。まだ願いは叶ってないんですよ」
「……前提?」

そう、願い事はまだ叶っていないのだ。叶っていたら、今の状況は有り得ない筈だから。

「新城さんの願いって、何なんスか?」
「……俺の、願い?」
「そうです。新城さんが一番強く望んでいて、それでも叶わないと思っている、願い」
「……」

新城は、じっと人形を睨みつつ考え込んでしまった。ふと何かを思い出した様な表情をして青島を見た後、動揺した様に目を逸らした。

「新城さん?」

眉間に皺を寄せて黙り込み、辛い事に堪えるかの様に固く瞳を閉じてしまった彼は、同じ室井の顔だというのに何と無く新城らしいと感じる。表情の動かし方が根本的に違うのだ、新城と室井は。
新城は徐に目を開けて、今度は真正面から青島の目を見据えて言った。今迄青島が…いや、多分周りの人間が見た事も無い位、落ち着いた穏やかな表情だった。

「この際、正直に言おう。俺はお前達が羨ましかったんだ。室井さんとお前の信頼しあっている関係に」
「え…?」

いきなり思いも掛けない爆弾発言をされてしまい、青島は一瞬反応出来なかった。

「最初は、…憧れていた室井さんに悪い虫が付いたのが気に入らなくて、それを排除しようと考えていた。そんな俺の気持ちを理解しないで庇うあの人にも腹が立ったから、事有る事に突っ掛かっていた」
「…あの、悪い虫って俺の事ッスか?」
「他に誰がいる」

……酷い。

ちょっと落ち込んだ青島を無視して、新城は話続けた。

「だが、一生懸命なお前と室井さんを見ていると、無駄も多いがそういう関係も悪くは無いと、最近では思い始めてきている」

ふう、と一つ彼は溜め息を吐いた。

「互いを理解し合い、理想を共鳴出来る人間が側にいる奴は、強くなれるんだと知って……俺は、無意識に嫉妬していたんだ。お前と、室井さんに」

新城の告白に、青島は冷静に聞きながらもかなり動揺していた。
新城が青島と室井に嫉妬してた等と言う事が、そう簡単に信じられる訳も無い。何と無く、室井の事は好意を持っていたんだろうとは青島も薄々感じていたから、自分に風当たりが強かったのはその所為で仕方無いとは思っていたのだが。
羨ましいと言われても、自分は室井に迷惑ばかり掛けている自覚の有る青島だったので、正直複雑な気持ちだった。己が側に居なければ彼はきっと、もっと早く上に昇れたんだろうと思うと辛かった。そんな事を口に出したら、きっと室井は「馬鹿にするな」と言って怒り出すんだろうと知ってはいたから、言わないでいたが。

「新城さんにだって居ますよ。貴方を信頼して、一緒に走ってくれる人が」
「……どうかな」

自嘲気味に新城は答える。

「キャリアにはそう言った考えは無いんだ。誰かに気を許して、陥れられるのは御免だからな。お前ら所轄の連中も、キャリアを信じようなんて馬鹿はそうそういないだろう。……お前位だ、そんな物好きは」

何と無く、新城の目が優しくなった気がする。しかし、誉められているんだか貶されているんだか判らない台詞に、青島は苦笑した。やはりこういう言い方でないと新城らしく無いと思ってしまう辺り、青島も新城の嫌味に慣れてしまっていた。
気を取り直して、青島は笑顔で答える。

「そんな事無いッスよ。大体今だって可愛い女の子から信頼以上の想いを寄せられている癖に、贅沢なんじゃないんスか?」
「…女の子?」
「そう、…俺の女版」
「……」

黙ってしまった新城に、『俺の女版』って言うのは余計だったかも、と己の失言を反省した。

「えっと、…新城さんも好きなんでしょ?」
「そうだな、好意は持っている」
「良いじゃないッスか。彼女、新城さんの事信頼してますし、一生懸命理解しようと頑張ってますよ。しかも彼女となら結婚も出来るし。…男同士って、信頼関係だけなら良いですけど…それ以上を望んじゃうと、結構辛いッスからね…」

苦い表情で笑いながら言う。

それでも自分達は離れない。いつまで一緒にいられるかは判らないけれど、その時が来る迄は、きっとこの手を離したりはしないだろう。

そう決心している青島の台詞に信憑性は無かったから、案の定、新城は突っ込んで来た。

「だからと言って、別れる気も無いんだろうが」
「ええ、まあ。…幸せですから」

開き直って笑って惚気たら、新城はムッとした顔をした後に、何だか嫌な笑顔を青島に向けた。

……何?

「青島」
「はい?」

恐々と青島は返事をする。ちょっと腰が引けていたかもしれない。

「今の状態は『願いが叶う前の過程』な訳だから、俺の『願い』が叶えば、俺達の身体は元に戻るんだな?」
「え…ええ、多分」
「じゃあ、協力しろ」
「…はい?」

何を?と言いかけた青島に、新城は立ち上がってそっと近付き、両手で青島の顔を挟み込んだ。何だろうと不思議に思っている青島をじっと睨んで、ゆっくりと顔を近付けて来た。
そして青島の唇に、新城は軽く自分の唇を重ねた。

「!」

一瞬何をされたのか理解出来なかった青島に、新城はニヤリと笑って言った。

「これで、俺の願いは叶ったな」

呆然と立ち尽くした青島は、声も出なかった。

今、何が起こった訳? 新城さんの願いって……。え、ちょっと待ってよ、おい。

混乱した頭を整理しようと一生懸命になっている青島をじっと見詰めていた新城は、急にガクリと倒れ込んできた。

「新城さん?!」

慌てて青島は、彼の身体を支える。寄り掛かった新城は、ゆっくりと青島を見上げた。大きな黒い瞳が自分を映している。吸い込まれそうな位に純粋で真摯な瞳に、青島はドキリとする。

…新城さん、だよね?

「……青島?」

しかし、じっと見詰める柔らかなその表情と、静かに呼ぶ僅かに甘さの含んだその声は、青島のよく知っている…。

「室井、さん?」

キョトンとした表情は、ゆっくりと笑顔になって青島に笑い掛けた。

「やっと会えたな、青島」

そう言って、室井は静かに青島を抱き締めた。

* * *



「でも、あれだけ大騒ぎをさせといて、その張本人だけが記憶を無くしちゃうのって、何か理不尽な気がしません?」

取り敢えず、会えなかった時間を埋める為に夢中で抱き合った二人は、ベッドの中で寛ぎながらも事の顛末を室井に詳しく説明した。状況を一通り話し終えた青島は、つい愚痴を漏らしてしまう。
そう、あの人形に願いを叶えて貰った場合、既成事実は残るけれども、本人は願った事自体を忘れてしまうのだ。その間の記憶を全く無くしてしまうという、本人にとって都合の良い様な悪い様な、複雑な代物なのであった。

「……この場合、覚えていた方が厄介だったと思うが?」
「……」

眉間に皺を寄せて睨む室井に、反論する余地は見当たらなかった。
確かに、幾らあの時は理解を示してくれていたからと言って、二人の関係が新城に知られていると言うのはちょっと拙いかな、とは青島も思っていた。
室井には、新城の願いというのは『自分達の信頼関係』がどういうモノなのか体験したかったんじゃないか、と言う感じで伝えていた。多分、そういう意味だったのだろうと青島は理解したからなのだが。

……最後のあの行動は附に落ちないんだけどね。

心の中でひっそりと首を捻る。

「しかし、何で最初にお前と新城だけで会って話しをしていたんだ?」
「だって、プライドの高い新城さんに、室井さんや篠原さんの前で願い事なんて聞いても、きっと素直に答えてくれないだろうと思ったんスよ。だから最初は俺と新城さんの二人だけで話をした方が良いと考えたんです…けど」
「……」

何となく不機嫌になった室井に、青島は首を傾げる。

「それで」
「…はぃ?」
「私の姿の新城に、手は出さなかっただろうな?」

内心思い切りギクリとしたが、顔には辛うじて出さずにいけしゃあしゃあと笑顔で言った。

「勿論です」

手は出して無い、よね。……出されはしたケド。

まだ少し疑っている素振りを見せる彼に青島は微笑んで、そっと抱き締めてキスをする。

ああ、本物の室井さんだ。

腕の中の愛しい人を抱き締めながら、あのキスの事は絶対秘密にしておこうと、青島は固く心の中で決意をした。

* * *



翌朝、湾岸署で夏美を呼び、事件の顛末を説明した。室井と同じ様な内容しか伝えてない筈なのだが、まるで『あのコト』を知っているかの様に、

「新城さんの願い事って、青島さんに愛されている室井さんになってみたかったんですよ、本当は」

にっこり微笑んで恐ろしい発言をする彼女に、青島は返す言葉が出て来なかった。

きっと数日後には、何も覚えていない新城がプレゼントしたピーポー人形が、夏美の部屋で笑っている事だろう。


END
 






何となく、最後は新城さんに持っていかれた様な感じになってしまいました…。おかしいですね、一番出番が少なかった筈なのに。そして陰で『新城さんの切ない話』と言われてしまうんですな。トホホ(泣)。しかし結局最後迄青島君格好悪かったのが哀しい…。精進します(号泣)。