類友
「前に私、雪乃さんに『篠原さんって青島さんに似てるね』って言われた事有るんですよ」
偶然自販機コーナーで会った俺と篠原さんは、それぞれ缶コーヒーと缶ジュースを片手に持って、暫しの休憩を取っていた。
「俺に?」
「はい、その時は『エーッ』とか思ったんですけど」
「…それ、どういう意味?」
明るく笑いながら言われてしまって、俺は思わず苦笑しつつも眉間に皺を寄せてみた。悪びれずに自分の気持ちをはっきりと言ってのけてしまう人柄は、確かに自分に似ているかもしれない。
「だって仕方無いじゃないですか。父から話を聞いていた時は『すっごく仕事熱心で真面目な人なんだ!』って憧れてたのに、湾岸署に来てから会う人皆に『あいつを見習ったら駄目だ』って口を揃えて言われちゃうし。しかも初めて会ったロスから帰って来たばかりの青島さんって、何だか軽薄っぽかったじゃないですか」
「……そうだったっけ?」
畳み掛けるように言われて、口を挟む余地の無かった俺は、やっとこちらに矛先を向けられたのは良かったのだが、その内容は俺には些か返答の仕様が無い様に思うんだが。
「そうだったんですよ。…あ、今はちゃんと、熱血で真面目な人なんだっていう事理解してます。でも、普段の青島さんって軽いんですもん。そんな事、初対面の人間には判らないですよ。本当、あの時は随分ショックだったんだなぁ…」
そこまで素直にはっきり言われると、脱力してしまって怒る気が失せるモノなんだと、今初めて気が付いた。もしかして、他の人も自分に対してはそういう気持ちになっているのだろうか? それはちょっと……複雑かも。
「でも、今は判る様な気がするんです。何か青島さんって、私が男だったらこんな風かなって感じなんですよね」
にっこり微笑んで言う彼女に、俺も負けずに笑って相槌を打つ。
「ハハハ。じゃあ、俺が女だったら篠原さんの様な女性になったかもしれないんだ。それはちょっと惜しい事をしたかもしれないなぁ」
憎めない娘だな、としみじみ思う。他の人がどう思っているのかは知らないけど、親しみを感じるのは確かかも。類友って言うのかな、こういうのは。『友』というよりは『妹』っていう感じだけどね。
ぼんやりとそんな事を考えていた俺は、じっと見詰める彼女の視線に気付いて顔を上げた。
「青島さん」
「何?」
「青島さんって、室井さんの事が好きなんですよね」
「…はぃ?」
いきなり急に何を言い出すんだ、この娘は。
しかし、彼女は明るくにっこりと笑いながら、
「実は、私も新城管理官が好きなんです。…知ってました?」
と、とんでもない事を告白してきた。
…新城って、あの新城管理官?!
驚きのあまり声も出ない程戸惑った俺を余所に、彼女は軽快に喋り続けていた。
「何か、自分を認めて欲しくて一生懸命なのが良いんですよ。プライドが高くって意地っ張りな所とか、意外に容量悪い所とか、可愛いと思いません?」
『可愛いと思いません?』何て…そんな事俺に聞かないでよ。こういう時、女の人って凄いよなって思う。あの新城さんが可愛い…ねぇ。俺にはとても想像出来ない…って言うか、俺がそんな事考えたら恐いと思う。大体あの人、俺を一番目の敵にしてるんだよ? 可愛いなんて思える訳無いじゃん。
「でも、お互い正反対の性格の人が好みなんて、そんな所もソックリですよね」
だから惚気を聞かせてどうする! いや、それよりどうでもいいけど、俺の返事も聞かずに勝手に決めつけないで欲しいんだけど。…そりゃあ、室井さんは好きだけどさ、俺の場合は彼女が言っている意味とは違うんじゃないか? それに俺としては、新城さんと室井さんを一緒にして欲しくは無いんだよなぁ。
「大丈夫ですよ。私、これでも口は固いんですから」
いろいろと考え込んでいた俺は、にっこりと天使の様な微笑みで紡がれた彼女の言葉の内容を頭の中で反芻した瞬間、はた、と我に返った。
ちょっと待て。これは誤解を解いておかないと拙いかもしれない。
「別に、俺が室井さんに好意を寄せているって事は、秘密にしてないし、する必要も無いと思うけど?」
って言うか、皆知ってるじゃん。
そう答えたら、彼女は笑いを止めて不思議そうに首を傾げながら、俺をじっと見詰めた。
「自覚無いんですか?」
「え?」
その言葉に、俺はドキリとした。
……自覚って何の自覚?
彼女は再び考え込んでしまいそうになった俺に、ふわりと優しい笑顔を向けた。
「まあ良いです。とにかく、この話は内緒にしてて下さいね!」
と言って、空缶をごみ箱に入れて、さっさと自分の持ち場に帰って行ってしまった。取り残された俺は、彼女と新城さんのこれからの事を想像してみる。
彼女の事だから、俺が言おうと言うまいとしっかりアプローチをかけていくだろうな、きっと。しかし、果たしてあの新城さんを落とす事が、彼女に出来るんだろうか。…結構お似合いだとは思うけどね。
ふと最後に言われた言葉を思い出す。
――自覚無いんですか?
あの言葉の意味はそういう意味で、俺のあの反応は…もしかして、もしかするんだろうか。考えてみれば、今迄あの人が俺にとって何なのかって事、深く考えた事が無かった様な気がする。……それとも無意識に考えない様にしていたのだろうか。
「…まいったな」
ぼやきながら頭を掻く。普段は思い出す事も無い彼の存在を、一度思い出したらどうしようもなく声が聞きたくなってしまった自分に困惑した。
電話は出来ない。今頃忙しく仕事に集中しているであろうあの人の邪魔は出来ないし、掛けたとしたって一体何を話せば良いんだよ。
…それに、今声を聞いたら……絶対会いたくなる気がしたから。
「…何か、俺の方が前途多難じゃない?」
溜め息を吐きながら誰に言うでもなく呟いて、自分もやるべきことをする為にその場を立ち去った。
END
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