もう一度




意識していた訳じゃない。気が付くと、いつもあの人の事を考えている自分が居た。


忙しく捜査員からの報告を次々と聞いては新たな指示を出して行く。その姿は刑事と言うものに憧れていた俺にとっては羨望の対象であったのだが、現実はそんなお気楽じゃないと思い知ったのはこの湾岸署に来て直ぐだった。

「警察の捜査に協力するのは、市民の義務だ」

傷付いている被害者の家族に、容赦なく事情聴取をする冷たい態度に憤った俺へそう告げるあの人が、当初理解できなかった。何故、そんな冷酷になれるのか。刑事と言う仕事をする為には人間の感情を捨てろとでも言うのか?と失望しそうになる己を奮い立たせる為に、幾度と無くあの人に語りかけた。頑なだったあの人は、緩やかだったけど次第に俺の存在を気に留める様になってくれた。

「私は君を捜査一課に推薦するつもりだ」

突然の誘い。警察は会社じゃないと言った俺を認めてくれ、周りの反対を押し切ってまで本店に呼んでくれようとした。それは異例の、俺の様なノンキャリには大出世のチャンスであったのだが……根本的な意見の相違故に彼の期待に応えられず、ヤケになって刑事を辞めると彼の目の前に手帳と手錠を投げ捨てた俺は、警察と言う組織に敗北を味わって…正直立ち直れるか自信なんか無かった。そんな態度をとった俺に、あの人は責める事無く手帳と手錠を届けてくれた。

あの人が判らなかった。
だから知りたいと思った。

そして知れば知る程、彼は冷酷な人間では無く、常に冷静な判断を下せる様努めているのだと気付いた。


「判るよ。この人は判る」

傷付いたすみれさんにそう告げた俺を、驚いた顔で見たあの人。


「私はそんな訳にはいかない」

扱っているのは人間だからと言った俺に、寂しそうな表情を垣間見せた彼個人の感情。


「私は所轄の現実を良く知らない。……上に立つ人間では無いのかもな」

初めて漏らした彼の弱気に、言葉をかける事が出来ない自分を歯痒く思った。


彼の、感情を押し隠し続けなければならない立場を理解し始めていたのに、俺はいつだって自分の周りの事で手一杯だった。だから自分が被害者の兄に刺されかけた時もあの人自身の責任では無かったにも関わらず彼を責め、仲間が打たれたあの時も

「真下警部は?」
「…重体です」

殆ど八つ当たりだった。睨んで冷たく言い放った俺に、一瞬苦しそうな顔をして…。

「私が全面的に指揮をとる。もう上の者には何も言わせない」

きっぱりと言い切ったあの人を、強いと思った。


「負けだ」

敗北を認めても後悔はしていないと告げるその眼を見て、俺はこの人を巻き添えにした事を深く後悔していた。

この人は、正しい事をする為に上に行こうとしている。
なのに俺はその障害となる事ばかりしていたんだ。

後悔しても遅かった。被疑者を逮捕しても、俺達は査問委員会にかけられた。キャリアにとって、査問委員会にかけられると言う事は致命的に出世の妨げになる。

どうすればあの人を守れるのか。

俺が出来る事は、責任を全て負う事だけだった。あの人は納得しなかったけど、彼に非は無かったから。
今なら判る。和久さんが言った言葉の意味。

「正しい事をしたかったら偉くなれ」

彼に上に行って欲しかった。俺が、俺達警察官が正しい事をする為に。



査問委員会の後、俺は交番勤務に戻された。刑事を辞めさせられたのは正直寂しいけど、まだこの警察社会に俺の居場所が残っているなら…一から始めて精一杯頑張っていきたいと心から思う。

だからこの先会えなくなっても、俺は貴方を信じて警察官をやって行けるよ。
でももし、もう一度刑事に戻れたら…そうしたら今度は貴方の役に立てるだろうか?


貴方を支えられる、そんな存在になりたいと願う自分を不思議に思うけれど、それは悪い気持ちじゃきっと無い。






END



テレビシリーズ終了〜歳末SP辺りの設定です。
そう言いながら相変わらずの彼ですが……ううう,、憎い〜(涙)。



20040304

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