休息


今にも鼻歌が聞こえてきそうな程の上機嫌な顔で帰り支度をしている青島を、本日当直である真下は羨ましそうな顔で眺めていた。

「先輩、もう帰っちゃうんですか?」
「当然。今日は緊急の仕事も無いし、大体勤務時間は過ぎてるんだから問題無いだろ?」
「まだ提出してない報告書とかあるじゃないですか」
「…明後日出勤したらやるよ」

不満そうに少しでも引き止めようとする真下を、青島は軽くあしらいながらも机の上を粗方片付けていく。

「なあに、青島君。そんなに嬉しそうに帰り支度して。デートの約束でもあるのかしら?」

からかい混じりのすみれの台詞に、「え、そうなんですか?」と真下が興味深気に本気で訊ねてくる。そんな二人に、青島は呆れた顔をして言った。

「こんな毎日忙しい生活で、どうやったら恋人が作れんの。明日は昼迄ゆっくり寝て、掃除に洗濯と布団も出来たら干したいんだよな。ホントに久し振りの非番なんだから、喜んだって罰は当たらないだろ」
「……そう言えば先輩、ここ暫く休み返上で働いてましたもんね」

素直に納得した真下の後に、すみれがポツリと呟いた。

「寂しい休日ね」

キッと睨む青島に、「こりゃ失敬」と真顔で応えてやる。

「それじゃ、新しい事件が発生する前に、さっさと帰った方が良いわよぉ」

気を取り直して自分の仕事に戻るすみれと真下を後目に、「引き止めたのは君たちでしょ」と言う台詞は声に出さずに、コートと鞄を手に持って帰ろうとしたその時。

「おお、居た居た。青島くん、ちょっと」

部屋に入って来た袴田課長に呼び止められて、青島は天を仰ぎ、すみれと真下は顔を見合わせた。

「室井警視正がお帰りになるから、運転手頼むよ」
「……室井さん、来てるんスか?」

はっとして訊ねた青島の台詞に課長は頷き、一緒に廊下へと目線を移した。其処には相変わらずピンと背筋を伸ばした、小柄な人物が立っているのが伺えた。

「あ、でも課長。俺もう帰るんスけど」

すっかり帰り支度の整った青島の姿を見て、課長は考え込んだ。

「課長、僕が行きましょうか?」

憧れの室井さんの運転が出来る!と嬉しそうな顔を浮かべる真下に、課長は

「真下君は当直でしょ。何かあったらどうするの」

とあっさり言われてしおしおと引き下がった。「他に人もいないしねぇ」と刑事課の席を眺めて呟いた後、声を顰めて

「今日はそのまま帰って良いから、宜しく頼むよ」

そう言いながら、青島の手に車のキーを手渡した。

「…って、俺、明日非番なんスよ?」

それでも素直に頷けなくて拗ねた様に文句を言うと、課長は困った顔をしながら一瞬考え込み、小さく溜め息を吐いて言った。

「車は明後日の出勤時に返してくれれば良いよ。警務課には私から話しておくから」

其処迄言われてしまっては、青島も無下に断り続ける訳にはいかなかった。別に室井の運転手をするのは悪くは無かったので、「まあ良いか」と割り切って引き受けた。

「警視庁で良いんですか?」
「否、今日は官舎の方に送って行って欲しいそうだ」
「……官舎に?」

意外、と思って、驚いた顔のまま室井の姿に視線を移した。
接待の嫌いな室井は、警視庁に送られるのでさえ余り良しとしていないのに、自宅に等とどういう風の吹き回しなんだろうと思ってしまったのだった。

「ほら、早くしてよ」
「あ、はい」

課長に即されて我に帰った青島は、慌ててコートを羽織って出て行く。「お疲れ様」と言うすみれと真下の言葉を背にして。


***



「えっと、今日は六本木の官舎の方迄お送りすれば良いんスよね?」
「ああ。……済まないが頼む」

外見はいつもと変わり無いのだが、何となく普段よりも素っ気無く感じる室井の態度に、青島は僅かに首を捻った。

どうしちゃったんだろ、室井さん?

先程顔をあわせた時も、青島の顔を見てホッとした様な表情をして、その後車に乗り込んだのだが、何となくいつもと違うと自分の何かが訴えていた。
顔色はそんなに悪く無い…と思う。動きも別に変な所が無いから、怪我をしているとかそういった事も無さそうだ。それでもやはりいつもの室井と違うと感じてしまうのは、送り先が官舎であると言う事と、車内で書類を読まずに背凭れに寄り掛かって目を瞑っていると言う事が、青島には気になって仕方無かった。

疲れてんのかな?

取り敢えずゆっくりさせてあげようと、殊勝にも黙って官舎迄の道程を静かに運転していた。

官舎の前に着いたので、車を止めて振り向いた。室井は目を閉じたままで、眠っているのかなと思いながらも声を掛けてみる。出来るだけ眠らせておいてあげたいが、車の中で寝るよりは家の布団の中で寝た方が良いに決まっているのだから。

「室井さん、着きましたよ」

それでも室井は身動き一つしなかった。普段の室井であったなら、幾ら眠り込んでしまっても声を掛ければ直ぐに気付いたのだが……。
おかしい、と確信した青島は、車から降りて後部席のドアを開け、室井の顔を覗き込む。

「室井さん?」

近くで声を掛けても、全く反応が無い。肩に手を置いて揺さぶろうとした指先が、ふと室井の頬に当たる。……熱かった。

「え?」

訝しんで、そっと掌を室井の額に当ててみた。吃驚する程の熱さに、青島は眉を顰めてしまった。

「……信じらんない」

深い溜め息を漏らした青島は、静かにドアを閉めた後運転席に戻り、ゆっくりと車を発進させた。
室井は目を覚まさなかった。


***



「ん……」

身じろぎした室井は、額に乗っていたタオルが落ちた感覚に気付いて瞳を開けた。目に映る風景は、自分の知らない部屋の天井だった。
コトン、と物音がした方に僅かに顔を向けてみると、キッチンに誰かが立っていると言う事が理解出来た。

しかしこの部屋は?

こじんまりとした六畳の部屋には、所狭しといろいろな物が置いてあった。雑誌やビデオにモデルガン等が、歩くスペースの為に取り敢えず寄せたと言う感じで脇に置いてあったり、洗濯したものの畳まれずに積み上げられたまま小山になってしまったモノ等、正に男の一人暮らしと判る部屋だった。身を起こそうとした室井は、目眩と頭痛に襲われてそのまま布団に突っ伏した。

「……何してんスか、室井さん」

今度はゆっくりと顔を上げ、声の主を伺う。そこにはいつもの呑気な表情を浮かべた青島が立っていた。

「青島…」
「大丈夫スか? 気分はどうですか?」

優しい声で心配気に覗き込みながら訪ねる青島に、状況も判らずにどきりとして慌ててしまう。

「気分って……。え? こ、ここは?」

起き上がろうとする室井を支えると、青島は安心させる様に微笑んで応えた。

「俺の部屋です」
「……君の?」
「ええ。最初は官舎迄行ったんですけど、室井さん目を覚まさないんですもん」
「起こせば良いだろう」
「そうしようとしたんですけどね」

ふう、と溜め息を吐いて、徐に顔を近付けて室井を睨んだ。

「あんた、熱あるじゃないスか。……いつから具合悪かったんですか」

怒った様に低い声で問う青島に、少し怯みながらも睨み返して言った。

「これ位何でもない」
「……っ! あんたは!」

室井の強がった台詞に、青島は堪忍袋の緒が切れてしまった。

「何処が『これ位』なんですか! 熱は40度近くあるし、声を掛けても起きられない程疲労してたでしょう? おかしいと思ったんスよ。あんたが官舎に送る様に言うなんて」
「それは……」
「とにかく、そんな具合のあんたを放っておくなんて出来ないですから、俺ん家迄連れて来たんです。文句は聞かないですからね」
「青島」
「今日は此処に泊まる事。どうせ明日も仕事に行くつもりなんでしょう? 今夜は俺がしっかり看病してあげますからね。……無理しないで下さいよ」

強く命令していた青島の声が段々と小さくなってきて、最後は呟く様に言った。辛そうな青島の表情に、室井は胸が痛くなった。

「しかし、君に迷惑が……」
「俺、明日は非番なんスよ。だから今日一日看病しても全然平気ですし、逆に今の室井さんを放ったら、それこそ安心して眠らんないから良いんです。まだ何か文句ありますか?」
「……済まない」
「謝るのは、治してからにして下さい」

きっぱりと言われてしまって、室井は黙り込んでしまった。青島は軽く溜め息を吐くと、安心させる様に笑った。

「いつも室井さんに迷惑かけてますからね、俺。たまには役に立たせて下さいよ。それとも……やっぱ、俺じゃ駄目っスか?」

犬が御主人様にお伺いを立てる様な上目遣いでじっと見詰められて、室井は自分の体温が上がるのを自覚した。顔が熱いと感じるのは、風邪の所為…だと思いたい。

「室井さん?」

黙って視線を外してしまった室井に、不安になった青島が問いかけると、室井は小さく「そんな事はない」と応えた。
その言葉に青島はほっとした表情を浮かべた。そんな青島の様子を見て、室井は気恥ずかしい気持ちになった。

「それじゃ、今おかゆ作ってたんで、それ食べたら薬飲んで寝て下さい。風邪ですよね? 今運んで来ますから、その前にこれに着替えて下さい。流石に勝手に着替えさせるのは気が引けたんで、そのまま寝かせただけなんで……。その格好だと皺になるし、寝難いでしょ」

差し出された洗濯済みのトレーナーとズボンを受け取る。自分の姿を改めて見ると、シャツにスラックスという格好だった。ふと顔を上げて壁をみやると、コートとジャケットにベストが綺麗にハンガーに掛けてあった。つまり青島は、自分を車からこの部屋迄運び込み、服を脱がせてベッドに寝かせたと言う訳だ。

「……」

更に熱が出そうな考えを振り払い、とにかく着替えを始めた。青島の心遣いに感謝した。流石に目覚めてパジャマ姿に着替えさせられていたら、暫く立ち直れなくなっていただろう。そんな室井の気持ちを知ってか知らずか、機嫌よく鍋と茶わんを持って部屋に戻って来て、室井の側に座った。

「此処暫く忙しくて、家に帰ってなかったモンだから……散らかってて済みません。あ、起き上がらないでそのまま其処で食べて下さい。どうせ足の踏み場も無いし」

へへ、と苦笑いしながらおかゆを掬って茶わんによそると、それを室井に差し出した。

「有難う」

素直に礼を言って受け取った室井は、卵と葱の入ったおかゆをじっと見詰めた後口に入れた。薄い塩味の、さっぱりとしたおかゆだった。

「…旨い」
「そ? 良かった」

思わず口から出てしまったと言う感じの室井の台詞に、青島は心底嬉しそうな顔をした。室井はその青島の笑顔に耐え切れず、視線を逸らして食事に専念する。

「沢山ありますから、どんどん食べて下さいね。それと風邪薬。本当は病院に行った方が良いんでしょうけど、こんな時間ですし、室井さん素直に行きそうにないですしね」
「……この程度で一々病院に行けるか」

じろっと室井を睨んだ青島は、慌てて視線を逸らした室井に大きな溜め息を吐いた。

「それ食べ終わったら、薬飲んで寝て下さいね」
「……君は?」
「少し部屋を片付けてから食べます。流石にこの状態はちょっと酷いでしょ」

ははは、と渇いた笑いを浮かべつつ、頭を掻いて周りを見渡した。

「室井さんが来るって判っていたら、もうちょっとマシに片付けておいたんだけどなぁ」

そんな暇は無かったんだと重々承知の上で、青島は後悔していた。そんな青島の情けないぼやきを聞いて、室井は薄く微笑み、滅多にお目にかからない室井の笑みに青島は暫し惚けてしまったのだった。


***



風呂からあがってさっぱりとした青島は、濡れた頭をがしがしとタオルで拭きながら部屋に戻ってきた。冷蔵庫から缶ビールを取り出して、プルトップを外して飲む。

「ふう」

人心地ついた彼は、ふとベッドの上で眠っている人物に視線を向けた。
小さな寝息を立てて眠る室井は、まるで小さな子供の様だった。いつもの官僚然とした印象が全く消えて、前髪が落ちている分若く見える。

考え無しで部屋に連れて来ちゃったけど、こんな無防備な室井さんと二人っきりで、明日の朝迄持つのかな、俺……。

はあ、と今度は深い溜め息を漏らしてしまった。
いい加減、青島も自覚はしているのだ。室井に惹かれている自分の気持ちを。単なる上司と部下と言う関係以上の、もっと甘くて切ない想いを寄せている自分に気付いたのは、一体何時からだったのだろうか。

告白なんか出来る筈も無いんだけどさ。

室井は雲の上の上司であり、自分と同じ男でもある。到底自分など眼中にある訳が無い……と青島は思っていた。人間、自分の事程よく見えないモノなのだ。
それでも偶然ではあったが、こんな風に疲れて弱った室井の看病が出来た事に、青島は幾らかの喜びを感じている。いつも迷惑ばかり掛けていて、心配をさせてばかりいたから。何か役に立ちたかったと言うのは、青島の切実なる本音だ。それでも。

今夜は寝られないかも。…だって仕方無いじゃん、好きな人が同じ部屋で寝てるんだもん。まあ、明日は休みだから徹夜しても問題無いんだけどさ。

開き直った青島は、残りのビールを一気に煽った。
空き缶をゴミ箱に捨てた彼は、取り敢えず髪をドライヤーで簡単に乾かした後、何とか片付けて寝転ぶスペースを空けた床に毛布を持ち込んで座った。本でも読もうかと思って手を伸ばしかけたその時。

「……ん。青島?」

寝起きの掠れた声で呼ばれて、青島は心臓が止まる程驚いた。

「はい? 済みません、起こしちゃいました?」

スタンドライトを付けているだけの暗がりの中で、室井がモゾっと動いて青島の方を見る。

「君は…寝ないのか?」

ぼんやりとした瞳で見詰めながら問い掛けられ、どきどきする胸を抑えながら、何とか平静な声で応える。

「え、ええ、まあ。もう少ししたら寝ますから、室井さんは気にしないで眠ってて下さい」

そっと近付いて、布団を掛け直してやる。寝惚けている室井は青島の言葉をじっと大人しく聞いていたが、青島が身動きした拍子にパサリと落ちた毛布を目にして、段々意識がはっきりしてきた。

「何処で…眠るつもりなんだ?」
「はぃ?」

少しトーンの低くなった室井の声に、青島はギクリとした。

「予備の布団は?」
「えっと……」
「無いんだな?」
「いや、その」
「そんな毛布一枚で、床の上で眠るつもりだったのか?」

すっかり目が覚めてしまった様子の室井は、畳み掛けるように青島に質問をした。青島も何とか言い訳をしようと慌てるが、室井の熱っぽい目で睨まれていては、それもなかなか思いつかないのだった。

「ほら、俺は丈夫が取り柄だから……」
「帰る」
「へ?」

ムクリと起き上がった室井は、そのまま立ち上がろうとしてフラリとよろめき、又ベッドの上に座り込んでしまった。

「む、室井さん?」

慌てて駆け寄る青島の腕を振り払い、キッと睨んだ。

「他人の家に上がり込んで、部屋の主を床に寝させた上に自分がベッドで眠るなんて、そんな非常識な事が出来るか! そんな迷惑を掛ける位なら、今直ぐ帰らせて貰う」
「ちょ、ちょっと室井さん! 何言ってんスか!!」

今にも帰ろうとする室井を抑えて、青島は慌てて説得する。

「そんな今にも倒れそうな状態なのに、帰せる訳無いでしょ?!」
「君にこれ以上迷惑を掛けるのは嫌なんだ」
「迷惑じゃ無いですってば」
「幾ら君がそう言っても、私は君を床の上で寝させるのは嫌なんだ!」
「だって…布団は一個しか無いんだから、仕方ないじゃ無いッスか」

困った様に言う青島に、室井は大きな眼でじっと見詰めた後、真剣な表情であっさりと言った。

「だったら、一緒にベッドで眠れば良い」
「……は?」
「そうだ、それが一番良い。そうしよう」

ぐいぐいと青島の服を引っ張る室井に、一瞬固まった青島は我に帰って慌てていた。

「ちょ、ちょっと待って下さいよ!」
「じゃなかったら帰るぞ」
「……っ」

子供みたいに駄々をこねる室井に、青島は反論する言葉を失ってしまった。

「ほら、ここに入れ」

ベッドの端に寄り、開いた空間をぽんぽんと叩く。青島は「絶対室井さん、寝惚けてるよ〜」と心の中で泣きながら、仕方なく室井の横にそっと入れて貰う。

うわっ。暖かい〜!

室井の体温で暖められた布団の中は想像以上に暖かく、それだけでも青島にとっては拷問の状態なのだったが、なるべく室井の身体に触れない様にと脇に寄って背を向けた青島の努力を気にもせずに、室井は安心したのか青島の背に寄り添って小さく寝息をたて始めたのだった。

ちょっと、コレって天国と地獄だよ〜〜。

今夜一晩、青島は忍耐を強いられる事になってしまったのだった。


***



明るい陽射しがカーテンの隙間から漏れ、室井の顔に一筋かかる。「うん…」と軽く呻いた後に薄く目蓋を開ける。ぼんやりと霞んだ頭で、自分が何か暖かいモノで包まれているのに気付いた。

「?」

身体が拘束されていて思う様に身動きが取れないので、顔を上げて状況を判断する。すると、目の前には彫の深い端正な青島の顔が間近にあり、自分は彼に抱き締められながら同じベッドで眠っていたのだと理解した。

「……っ!」

飛び上がって叫んでしまいそうになったのを何とか抑えると、急いで昨夜の自分の行動を思い出そうと模索する。

そうだ、風邪で熱を出していた俺を青島が看病してくれて、彼が床で寝ようとしたのに俺が怒って、横に引っ張ったんだった……。

今思い起こせば、何と大胆な真似をしてしまったんだろうと、火を噴く様な自分の行動に頭を痛めていた。ふと青島の寝顔が目に映ると、自然とパニックしていた気持ちが落ち着くのを感じた。

「役得、と言うべきかな」

深く眠っている様子の青島をじっと見詰め、室井は少し身体をずらして青島の頬に軽くキスをした。

「……んん?」

小さく身じろぎした青島に驚いたが、起きる気配は無かったのでほっとする。少し惜しい気はしたが、拘束している彼の両腕を静かに離し、そうっとベッドから抜け出した。キョロキョロと辺りを見回すと、多分自分が寝てしまった後にしてくれたのだろう、皺くちゃになった筈の自分のシャツとスラックスが綺麗にアイロン掛けされており、スーツの側に畳んであった。一緒にタオルと体温計も置いてある所を見ると、熱が無かったら風呂に入って仕事に行けと言う事らしい。

「結構マメだな」

苦笑しつつ、熱の為に充分汗をかいていた室井は、青島の好意を有難く受け取ってシャワーを使わせて貰った。
完璧に身支度を整えた後、ちらりとベッドの上の青島を見る。一向に起きそうの無い彼に、一瞬考え込みつつ冷蔵庫を開けた。

「……何処も一緒だな」

寂しい中身を見て溜め息を吐き、それでも腕を捲って果敢にも調理を開始した。


***



カチャカチャと食器の音がする。コンロを止める音。パタパタと床を歩く音。そして味噌汁の良い匂いがして……。

「え?」

ぱち、と目を開け、身を起こした青島は、ベッドの上でぼんやりとしつつキッチンの方角へ顔を向けた。

「起きたか?」

其処には腕を捲って鍋を持っている室井の姿があった。

「……室井さん?」

何で此処に? と寝惚けた頭は直ぐに事情が飲み込めなかった。そんな状態の青島を無視して、「食べるだろう?」と言って何処から出して来たのか小さなテーブルの上に食事を並べ始めた。
段々と意識がはっきりしてきた青島は、自分が熱を出した室井を家に連れて来たんだと言う事を思い出した。更に室井によってベッドに引きずり込まれ、明け方近く迄眠れ無かったのだと言う、情けない現在の状況を正確に把握した。

「これ、室井さんが作ったんですか?」

気を取り直して、室井の様子をじっと見詰める。白いご飯にワカメの入った味噌汁。焼き海苔と厚焼き卵にお浸しと言う、正に日本の朝ご飯と言う感じの代物が陳列されていた。

「作ったと言う程のモノでは無いだろう。何しろ材料が無かったからな。…ああ、済まない、勝手に使わせて貰ってしまったが」
「いえ、それは構わないんですけど……」
「ん? 何だ?」

じっと食事と室井を見詰めている青島に、訝しんだ室井が問い掛けた。

「どっちが病人だか判んないッスね」

苦笑しながら頭を掻いた青島は、取り敢えず顔と手を洗ってから食卓に着き、食事をし始めた。

「旨いッスよ、室井さん」

嬉しそうな顔でご飯を頬張る青島に、室井は内心テレながらも無表情で食事をする。最後に味噌汁を飲み干した青島は、「あ〜、美味しかった」と満足の笑みを浮かべてハタ、と気付いた。

「室井さん、熱は?」

いきなりの青島の質問に、室井は面喰らった。苦笑しつつ、「もう大丈夫だ」と告げるが、青島は信用しなかった。大きな掌で、室井の額に触れる。

「熱は…下がったみたいッスね」
「……」
「……? でも、顔赤いッスよ?」

室井の顔を覗き込む様にして首を傾げた青島の視線を避ける為、未だ額に触れる彼の掌を邪険に振り払うと、「さっきシャワーを使わせて貰ったからだろう」と冷たく言い放った。

「本当に大丈夫なんですか?」

心配そうな声で訪ねる青島に、室井は軽く溜め息を吐いてから振り向いて言った。

「ああ、ゆっくり休ませて貰ったからな。君こそ、昨日はあまり良く寝られなかったんじゃないのか?」

うっすらと目の下にクマが出来ている青島に、室井の顔が少しだけ曇る。

「えっ。いや、その、ちょっとイロイロありまして…。大丈夫ですよ、俺はこれからゆっくり眠れますし」
「しかし、折角の休日だろう?」
「そんな事、気にしないで下さい。室井さんの役に立てて嬉しいし、今朝は手料理迄食わせて貰っちゃって。逆に得しちゃった気分ッスよ」

ハハハ、と誤魔化し半分、照れ笑いしながら言う青島に、室井も僅かに微笑んだ。

「あ、もうそろそろ室井さん出掛けないと。片付けは俺がしますから、行って下さい」
「…済まない」

二人とも立ち上がって、青島は室井を玄関迄見送る。玄関のドアを開けた室井は、一歩足を踏み出してから立ち止まり、ゆっくりと振り向いた。

「青島」
「はい?」

真剣な顔をして見詰める室井に、青島の表情も真剣になる。

「看病、有難う。……その、」
「?」

言い辛そうな室井の様子に、小首を傾げながらもじっと言葉を待つ。

「君が具合を悪くした時、私にも看病させて貰えるだろうか」

思ってもみなかった室井の台詞に、青島はあんぐりと口を開けて見詰めてしまった。冗談かな?と思ったが、どうやら室井は本気の様で、不安そうな面持ちで青島の返事を待っていた。

「その時は、遠慮なく連絡しますよ」

笑って応えた青島に、室井は極上の笑顔を返し、今度こそ駅に向かって歩いて行った。

「……次は我慢出来そうに無いけどね」

こっそり呟いた青島の台詞は、室井には届かなかった。


END





は、ははは(渇いた笑い)。何かとっても違うモノになった気がしないでも無いんですが。
期待外れで御免なさいぃぃ〜〜!! <<と今から謝っておく小心者。 何でこうなるんだ
ろう? 「普通こういうシチュエーションだとね」とイロイロ言いたい事は山程有るんです
が、私の見当違いは今に始まった事じゃないし…と諦めて頂くしかありませんです。御免な
さい…。(しかし、この設定の時期は何時??)