恋の行方
- No.4 -



玄関に止まっている車のドアの前で、神田署長と袴田課長(副所長はお休みだったので、残念ながらスリーアミーゴスにはならなかった)は張り付くような笑顔で新城管理官を見送っていた。袴田課長は運転席を覗き込んで、小さな声で念を押す様に言った。

「篠原くん、安全運転で頼むよ。くれぐれも粗相の無い様に」
「お任せ下さい、課長」

にっこりと笑顔で返されるが、何となく不安になるのは青島に対する気持ちと大差無かった。そんな課長の苦労も知らず、新城に愛想を振りまく署長を完全に無視した新城は、さっさと車の後部座席に乗り込んでしまった。

「警視庁迄行ってくれ」
「はい」

視線をちらりとも寄越さず無愛想に言った新城と対照的に、夏美は嬉しそうに笑顔で返事を返してゆっくりと車を発進させた。

「大丈夫かなぁ」

去って行く車を、課長は不安げな面持ちで見詰めていた。

***

新城さんを私が車で送る事が出来るなんて、凄い夢みたい。でも、夕飯を食べる約束破っちゃって、すみれさんに後で誤らなくちゃ。

そんな事を考えながらもさり気なくバックミラーで後部座席の様子を伺うと、彼の人は相変わらず不機嫌そうな顔で捜査資料を読んでいた。

「お忙しそうですね」

夏美が声を掛けても、新城は顔も上げず、返事もくれなかった。それでも夏美は全く気にせずに、上機嫌で話し掛けた。

「今日は湾岸署迄、何のご用だったんですか?」
「君には関係無い事だ」

あっさりと切り捨てられても、めげたりしないで言葉を続ける。

「何か事件でも? あ、でも本店の人達が来る様な事件だったら特捜本部が立ったりするか。そうしたら私達もお手伝いに借り出されたりするのに、まだ言われて無いって事は、そういう訳じゃ無いんですよね。あれ? でもこれからなのかな」

独り言の様に言った夏美に、新城はやっと顔を上げてバックミラー越しに睨みつけた。

「所轄の人間に手伝って貰わなければならない事等無い。大体、君は交通課の人間だろう?」
「はい。……え?」

即座に返事を返した夏美は、その時ハタと気付いて後ろを振り返りそうになった。だが、意識を運転から放してしまったその瞬間、信号が赤に変わり、慌てて夏美は急ブレーキをかけた。その拍子に、新城は書類を落とし、頭を前の座席にぶつけそうになってしまった。恐る恐る後ろを振り返った夏美は、憮然と睨み付ける新城に向かって、申し訳無さそうな顔を向けた。

「……すみません」

溜め息を吐いて書類を拾い上げた新城は、姿勢を元に戻しながら言った。

「前を見て運転したまえ」
「……はい」

しゅん、と項垂れてしまった夏美を横目で見つつ、居心地の悪そうな様子で話し掛けた。

「何だ?」
「え?」

新城に聞かれた事が判らずに、夏美はつい聞き返してしまった。今度はちゃんと前を向いたままで。

「さっき、何か驚いていただろう」

不機嫌な調子で言う新城だったが、夏美は自分の些細な反応を新城が気にしてくれたという事が嬉しくて、少し元気を取り戻した。

「あの、新城管理官が私を交通課の人間だって覚えててくれてた事に驚きました」
「……私はそんなに物覚えは悪く無い」

ムスっとした表情で言う新城を、心の中で「可愛い」と思いながら夏美はこっそり笑ってしまった。そして、ふと数時間前の出来事を思い出して納得する。

「あ、そうか。さっき、お話してた時に、袴田課長が言ってましたものね」

夏美の台詞に、新城は眉間の皺を深く寄せて何かを言おうとしたが、そのまま又書類に視線を戻してしまった。
それ以降話し掛ける事が出来ずに、車は目的の警視庁に到着してしまった。ドアから出てくる新城を、夏美も車から出て来て見送ろうとする。新城は、そんな夏美の様子を一瞥して、背を向けて歩き出そうとした。が、ふと足を止めてそのまま立ち竦んだ。何か言葉を掛けようと慌てていた夏美は、そんな新城の様子を不思議そうに眺めて首を傾げた。

「新城管理官?」

暫し沈黙の後、新城はゆっくりと振り返った。

「篠原巡査」
「はい!」
「勤務時間外だったんだろう。態々運転有難う。……それから」
「……はい?」

少しの間が空き、言い淀んだ新城を夏美はじっと見つめる。

「所轄の、しかも交通課に所属の君に、又、犯人と格闘する様な危険な仕事が来る事は無い。君は君の仕事をきちんとしたまえ。…今度は安全運転で頼む」

憮然と言い放った後、早足で新城は庁舎に入ってしまった。夏美はぼんやりとその後ろ姿を見送りながら、新城の言葉を反芻した。

あれ? 新城さん、あの初夏の事件で私が犯人を捕まえた事、覚えてた?

ぼんやりとそう認識した夏美は、その瞬間、新城が「物覚えは悪く無い」と言った事を思い出し、その本当の意味が判った。

あれって『今日初めて知った』んじゃなくて、『あの時から知ってた』って事? しかも、さっき新城さん、私の事……。

「うわぁ…」

小さく叫んだ夏美は、訝しそうに自分を見ている立ち番の警察官と目が合ってしまい、急いで車に乗り込んでエンジンを掛けた。
存在を覚えていてくれただけでなく、新城は夏美の名前をしっかりと記憶していてくれた。あの新城が、一所轄の、殆ど部外者である交通課の婦警の名前を、だ。
夏美はそれだけで嬉しくて、物凄く幸せな気持ちになった。

「よぅし、頑張るぞ!」

気合いを入れた夏美は、笑顔でハンドルを軽く切った。夏美の運転が安全運転になる日は、まだまだ先の様である。



END
  






やっと新城さんが登場したのは良いけど、どうしてこうキャリアって
のは話さないかなぁ〜(-"-)。会話が続かなくて困りました。まるで
夏美ちゃんの気分……。しかしこの二人もまだまだの様ですね。私が
書くのはこんなんばっかり。良いの、私お子様だから(殴)。