『カモシカ発見』編
先程室井から受け取ったアイスを何とか食べ切った青島は、「すっかり冷えちゃったなぁ」と思いながらも口にはせずに、ふう、と軽い息を吐いて背もたれに寄り掛かった。そのまま何気なく正面を見ると、突然車の目の前に飛び出す茶色い物体が彼の視界に入った。が、青島は一瞬何が現れたのか理解出来無かった。室井は即座にブレーキを踏みつつ車のハンドルを切って、その物体を難無く避ける。青島はよろけた体勢を戻しつつ、急いで後ろを振り返ると、道の真ん中に佇むカモシカの姿が目に映った。
「室井さん、あれ……」
「ああ、この辺はよく飛び出してくるのがいて困るんだ」
本当に困った様に、だが、その事柄自体は別段おかしいとも思っていない口振りに、青島は複雑な表情を返した。
「……それじゃ、観光客は危ないですね」
辛うじて返事をした青島の台詞に、室井は「ああ」と相槌をうった。
「その為に、ちゃんと標識も有るんだが」
『カモシカ注意』の道路標識を指してあっさりと言う室井に、「そういう問題じゃ無い様な気がするんスけど…」とは言えなくて、黙り込んでしまった。室井は何となく気配で青島の言いたい事に気付いた様で、苦笑しながら言葉を付け加えた。
「秋田では、カモシカは東京の猫みたいなものだな。只、東京と違って秋田の車はスピードが早いからな。避け切れない車も多くて、問題になっているんだ」
「はあ、…大変なんスね」
そう呟く様に返事をしながら窓の外の景色を見ると、辺り一面畑しか見当たらない坂道を、今にも倒れそうな老人が自転車を押しながら歩いていた。
一一一あれも東京のお年寄りだったら、まず倒れてるよな、絶対。
先程からそんな様子の老人を幾度も見掛けていた青島は、それを見る度秋田と東京の違いを嫌と言う程痛感してしまうのだった。
END
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