進展願い


机に上半身を突っ伏したまま顔を上げて、無言で部誌を書き留めている花井の顔を田島はじっと見詰めていた。

「なー、はないー」
「なんだ?」

視線は動かさず、けれどきちんと返事は返してくれる。そんな律儀な所が田島は気に入っていた。花井当人としては、其処でじっと見られていると居心地悪いっつか集中出来ねんだけど、と思っていたのだが。

「やっぱさー、今日イれさせてくんね?」
「…………は?」

何の話だと動かしていたペンを止め、顔を上げてまじまじと田島を見た花井は、その言葉の意味に気付いてみるみる顔を真っ赤にした。

「ちょっ?! おまっ…! いきなりこんなトコで何言ってんだ!」

中腰に立ち上がって慌てて部室の中をキョロキョロと見回すが、部員は皆着替え終わってさっさと帰ってしまったので、今は二人だけしかいないのだった。その事に花井はハーっと大きく息を吐き、再び椅子に座り直して心の底からほっとする。

「何だよー。部活ん最中よりマシだろ? それより」
「却下だ」

自分を落ち着けるように眼鏡を指の腹で上げ、気を取り直した調子で断言した。当然のように相手はブーイングを始める。

「えー! 何でだよ!」
「何でだよ、じゃねぇ! 前から言ってるだろ? んな事したら部活に差し障りが出るし、そもそもあれで十分だってお前言ってたじゃないか」
「そうだけどさ〜、やっぱ物足んなくなんだよ。だってオレ花井のコト愛しちゃってるし」
「あ…?!」

益々真っ赤になった我らがキャプテンに、田島は身体を伸ばして頬にキスをした。

「たっ…田島!」
「なんだよー。花井だってオレの事好きだって言ったじゃん。それとも嫌いになった?」
「んな訳ないだろ。嫌いな奴とあんな事出来っか!」

相手は同じ男だ。そういう感情を持ってなければ冗談でも勘弁願いたいと花井は思う。

花井にとって、田島は憧れであり好敵手でもある。それだけならば問題無かったのだが、いつの間にかそれ以上の感情を持つ自分に気がついて、そして相手も同じように想っていた事を知り、転がるように関係が進んでしまったのだ。
まぁ、健全なる青少年であれば、好意を持つ相手が目の前にいたら色々思う事がある訳で…いわゆる『ABC』の『B』まで経験済みの二人だった。
だが、最初は触れるだけで満足していた田島も、想いが募れば欲が出る。元々我慢は苦手な性分なのだ。


「だったら良いじゃん。愛し合ってるコイビト同士だったらヤりたいと思うのが普通だって」
「お前な…。大体何でオレが――その、される方なんだよ」

ゴニョゴニョと小さくだが確実に不満を述べる花井の台詞をアッサリ一刀両断する。

「え? だってオレ男だもん」
「オレだって男だ!」

いきり立つ相手を澄んだ黒い瞳がじっと見詰める。その田島の視線が苦手な花井は思わず後ずさる。

「花井、オレにイれたいの?」
「…うっ」
「オレは花井にイれたいよ?」
「…あのな」

明け透け無く発言する相手にガックリと項垂れる。こいつに情緒云々を言っても無駄なのは身に沁みて判っているが、それでも常識は訴えたい。

「とにかくそれは駄目だからな」
「何でだよ!」
「確かにオレはお前が好きだけど、野球はもっと好きなんだ」

だから支障のある行為は出来ないとキッパリ言う花井に田島はポカンと見詰めた。怒るか騒ぐかするかと気を引き締めた花井に向かって、田島は嬉しそうにニカッと笑った。

「うん、オレも野球好きだぜ!」

こういう時、同じ男同士で良かったと思う。相手が女の子だったなら、私より野球の方を選ぶのね!と呆気なく破局を迎えていただろう。実はそんな過去を持っていた花井は修羅場にならずにホッと胸を撫で下ろしていたのだが、一筋縄ではいかない田島は無邪気に追い討ちをかけた。

「じゃあ翌日に野球の無い日にやろうな花井!」
「え? ええっ?! ちょっと待て田島!」
「それなら良いじゃん、約束♪」

勝手に右手の小指を絡めて指きりをしようとし始めた田島に慌てて己の指を取り戻す。

「勝手に決めんな!」
「何だよー! やっぱオレの事嫌いなのか?!」
「違う! けど駄目だって!」
「ワケ判んねぇよ」

剥れた顔をする田島の表情が僅かに寂しそうな陰りを見付けて花井は困った顔をする。自分だって彼の事を好きだから、そういう気持ちが無い訳は無いのだが如何せん彼と違って常識に囚われている自分はそう簡単に思い切れないのだ。

「何騒いでんだ、お前ら」
「え、阿部!?」

突然扉を開けて現れた不機嫌面の捕手に心底驚く主将に怪訝げな表情を向ける。

「お化けに会ったみたいに驚くなよ、失礼な奴だな」
「い、いきなり現れるからだろ。さっき三橋達と帰ったんじゃなかったのか?」

スタスタと中に入って自分のロッカーを開け、何やらゴソゴソと探しながら阿部が答える。

「ああ、忘れ物を取りに戻って来ただけだ。…で、何喧嘩してたんだ?」
「け、喧嘩なんかしてねぇよ」

焦った様子で言い返す花井の努力をアッサリと無に返して、田島が不満そうにムクれた顔で言った。

「花井がオレのお願い聞いてくんないんだもん」
「田島!」
「お前のお願いなんて碌でも無さそうだもんな」

あ、あった、と探し物を発見した阿部は、それを鞄に押し込みながら花井に同情するように呟いた。田島は益々頬を膨らませる。

「何でだよー、真剣に頼んでるのに。あ、阿部なら知ってるよな!」
「? 何を」
「えっ…待て田島っ!」

嫌な予感がして慌てて止めようとするが、スルリと腕から逃げ出して阿部の両腕をがっちりと掴んで、田島は神妙な顔で阿部の顔を見詰めた。

「尻に突っ込むのと突っ込まれるのとどっちが痛い? てか、男同士のセックスって気持ち良くなる事って無いのか?」
「………はぁ?」
「田島ぁあああ!」

真っ赤な顔で頭を抱え込んでしまった花井と、真剣な眼差しで返事を待つ田島を阿部は呆然と見詰める。

――何でそんな事をオレが知ってると思うんだ、田島。つか、そういう事を堂々と聞いちゃうトコが田島の田島たる所以だよな。

可哀想な位頭を抱えて項垂れている花井を同情の目で見やってから、ふうと大きな溜め息を吐いて目の前のキラキラと目を輝かせている少年の質問に答えた。

「んなの常識で考えれば突っ込まれる方が痛いに決まってんだろ、馬鹿。本来出る所に入れるんだからな。…でもまぁ、お互い慣れて上手くやれるようになったら気持ち良くもなるんじゃねぇ?」

正直に、しかしかなり無責任な意見を言い出したクラス兼チームメイトに花井は慌てた。

「あ、阿部?!」
「そっか! じゃ、練習あるのみだな!」

散歩に連れて行って貰えると思った飼い犬みたいに嬉しそうな顔をした田島に、見えない尻尾が大きく振られている幻覚が見えるようだ。

「ああ、但しやるんならお前はやって貰う方にしとけ」
「えー! 何でだよっ」
「お前だとゼッテー無茶するだろーが。受身の方が体力消耗するし怪我だってし易いんだぞ。お前、そんなの気にしながらやれるのか?」
「うっ…」
「相手傷付けて自分だけ気持ち良くったって仕方ないだろ? 花井の身体の事も考えてやれ」

ポン、と肩に手を置いて説得してやる。花井の立場からにしては大いに迷惑な見当違いな気の遣いようである。

「う〜…でもオレだってやりたい」
「その内させて貰えば良いだろ。受身を経験すれば自ずとやり方も判ってくるだろうし」
「あ、そっかー。流石阿部だな、詳しいぜ。何、経験談?」
「殴られたく無かったらそういう冗談は言わない事だな。じゃあオレはもう行くぜ」
「おう、ありがとな、阿部!」

上機嫌になった田島と、我関せずといった雰囲気の阿部の会話をそのままにしておく事も出来ず、花井は慌てて弁明しようとする。

「待て、お前ら! 勝手に人をのけ者にして話を進めるなっ!」
「まぁ頑張れよ、主将」
「頑張ろうな、花井!」
「バカヤロー!」

どう考えても、花井に勝ち目は無さそうだった。




END




可哀想な主将ラブ。でもやるときゃやるよ!みたいな?(爆) 多分ヤられる前にヤるのだと思われます(そんな理由…)。そして私は酷い阿部が好き!(聞いてない) この後阿部はきっと自分達の関係についても検討するものと思われます。成果あるかは別ですが(酷)。



20080830