内面世界





雨:一護編



何も無い世界でただ一人、雨に打たれ立つ男が居た。そいつはただ暗く厚い雲に覆われた空を見上げ、落ちて来る雨粒を黙って見詰めていた。
サングラスの所為で表情は判らない。だが、酷く辛そうな…悲しい空気を纏っている。
どうしてこの男がこんな風に悲しんでいるのかを、俺は知っている。

――私は雨が嫌いだ。

この世界は俺の心だとこの男は言った。空が雲に覆われるのは俺が悲しみを感じているから…雨が降りしきるのは俺の心が泣いているからだと。今この世界は己の心の弱さの所為で、ひたすら降り続ける冷たい雨は未だに止みそうもない。
それが判っている筈なのに、あの男は何処にも身を隠すでもなく真っ直ぐに雨に打たれている。

…たった一人で。

いつも共に在ると言った。望めば必ず力になると。
そう、俺は一人で戦っている訳じゃない。
判っている筈なのに、大切な人達を…大切なモノを護りたくて我武者羅に戦い続ける内に忘れそうになる。そしていつも力が足りなくて、自分の無力さと愚かさに打ちひしがれている。
そんな愚かな俺を待ち続け、今もあの男は雨に打たれている。

強く在りたい。誰も悲しませずに笑顔でいられるように。誰にも負けない強さを、心を手に入れたのならば―――


晴れ渡る空と世界をお前に届けたい。


…あんたはその時、笑ってくれるだろうか?
ほんの一瞬、斬月の視線がこちらに向いた気がした。







雨:斬月編


冷たい雨が降りしきる。容赦なく降り続ける雨にこの身を濡らし、体温を奪っていくが辛くは無い。辛いのは、この雨が止まない―――ただそれだけだ。

仲間を護りきれない己の弱さを憎み、傷付いた相手を見て自分も傷付く。この世界の主は繊細な心故に度々雨を降らし、この世界を濡らしていく。
本当は、その手を差し伸べ求めたのならば、いつでも望んでいる力がそれは呆気無い程容易く手に入るのに、まだ若い彼には私の声が容易には届かない。


この雨が止むと言うのならば、私は私の持てる全ての力をお前に捧げよう。


たった一つの我が願いが届くように、幾度も声を嗄らそうとも主の名を呼び続ける。
彼が成長し、私の力全てを受け止める事が出来るようになったその時、この世界は輝き光に満ち溢れるだろう。
その日が訪れるまで、私はこの世界にただ一人、雨に打たれ風に吹かれようとも待ち続ける。



お前の魂と共に。







逢瀬


無意識に、だが幾度か夢で二人は出逢う時があった。何をするでもなく、ただ同じ空間に居るだけだったが不思議と居心地は悪く無かった。

今日の空はどんよりとした雲が一面に広がっているが、雨が降っていないのは幸いだと一護は思った。何しろこの世界は己の心次第で天候が変わるといった厄介な所なので、此処の住人である彼にはバレバレであろうとも体裁だけは繕いたかった。情けない姿を人に見せるのは、プライドが許さない。
…けれど、その強がりも綻びる時があった。特にこの世界に居る時は。

なぁ、あんたは俺が虚になっちまったらどうする?

漏れる弱音。決して他では見せない本音を告げる。彼は僅かに視線を向けただけで、答えは無い。予想していたのだろう、一護は軽い溜め息だけで再び黙り込む。
斬月は自分の疑問に容易に答えを返してはくれない。口で言っても判らない、と思われているのかもしれないが、回りくどい言い方しかしないこの男もいけないのではないかと一護は思う。
己が虚に完全に支配されたその時、この世界の住人はもう一人の斬月…白い装束を纏った自分と同じ顔のアイツが取って代わるのだと言っていた。

冗談じゃあ無ぇ。

自身の身体が乗っ取られるのも御免だが、この男の存在が消えてしまうのは許せない…耐えられない、絶対に。理由など知る訳も無かったが、本能がそう告げている。

――失くせない、と。

沈黙が流れるその時、ともすれば聞き流してしまいそうな自然さで男が呟いた。

「私はお前の魂と共に在る」
「あ?」
「忘れるな、一護。止まない雨は無い」

サングラスに隠されたその表情は判らない。けれど、淡々と告げるその言葉は一護の胸に深く響いた。

「待っている」

口元を緩く上げるその仕草で、彼が笑っているのだと気付く。一護は目を見張った。

「…斬、」

声を掛けようと手を伸ばしたその瞬間、意識は現実へと突然引き戻される。
草叢に寝転んで一眠りしてしまっていたらしい己が伸ばした手は、宙に浮いたままだった。その手を握り締めて身体を起き上がらせると、深く大きな溜め息を吐く。
あれは夢だけれど夢では無い。

「オッサン……笑ってた、よな」

先程まで目の前に居た男の表情を思い出す。
信じて――くれるというのか。この自分を。

「負けてらんねぇよな、…相棒」

くよくよなどしていられない。彼が信じていてくれるのならば、自分はもっと強くなれる。


止まない雨は無いのだから―――。




END




ショート3本仕立てで書いてみました。私にしては珍しくポエムっぽい(?)です。かなり微妙でしたかねぇ……すいません(苦笑)。
それにしても、斬月難しい…っ! 格好良さと可愛さが上手く表現出来なくてね〜ああ悔しい(泣)。自分的に想像するのはとても楽しかったけれど、書くのが二番目に難しい人でした(一番目は言わずもがな/爆)。



20060415