
熱視線
(何ですか?)
「え?」
気が付いて見れば、先程まで何をするでもなくぼんやりと部屋の窓から見える月を眺めていた筈の佐為が、いつの間にか不思議そうにオレを見ていた。そんな状況に内心焦りつつも、それを押し隠して空惚けてみせる。
「何って何?」
(何、じゃありませんよ。ヒカルったらさっきからずっと私を見ていたでしょ? 何か用事があるのじゃありませんか?)
ドキリ、とした。又オレは無意識に佐為を見ていたらしい。どうも最近気が緩むとコイツを見る癖がついている。
まぁ、それがどうしてなのか何て事は、オレの中では既に今更だ。
「……別に無ぇよ」
(そうですか?)
首を捻りながらも深くは追求せずに再び外に顔を向ける。その動作一つで微かに聞こえる衣擦れの音。肩に流れる艶やかな長い黒髪。澄んだ瞳に被さる長い睫毛が愁いを帯びていて、どこか現実味を失わせる姿だと思った。
幽霊なんだから現実味なんかある訳ねぇか。
そう思うが、僅かに見える肌の白さとか柔らかそうな薄いピンク色の唇とかを見ていると溜息が出る。
……触りてぇ。
(又、見てる)
眉を顰めて何時の間にか再度オレを見ている佐為に、内心の動揺を押し隠して不機嫌さを装う。
――開き直りとも言うかな。
「見てちゃ、悪いかよ?」
(別に悪くはありませんが……何か悩み事でもあるのですか?)
ふと、心配げな表情になってじっと見詰めてくる佐為を、心から愛しいと思う。
オレを大切に思ってくれて、心を許してくれているコイツに“まだ足りない”と思う自分が酷く浅ましい人間だと自覚はあるけど…それでも望まずにはいられない。
愛して欲しい、と。
「悩み…か。そうだなー。悩みと言えば悩みだよな」
(? 悩みならば聞きますよ?)
大きく目を見開いてパチパチと瞬きするその仕草すら(畜生、可愛いじゃねぇか…)と思う自分に呆れ果てる。てか、言えるもんなら言ってるよ、この鈍感幽霊が!
そんな愚痴も心の中でしか言えない自分にいっそ誰か褒めてくれと言いたい。深く溜め息を吐く事で、それを何とか飲み込んだ。
「オマエに話したってなぁ」
(あ、酷い。そりゃあ、私は幽霊ですから役には立たないかもしれませんけど、話せば少しは気が紛れるかもしれないじゃありませんか)
「そうかぁ?」
疑いの眼差しで佐為を見る。
オマエに触りたい、なんて言ったって、オマエが困るだけだろうが。あー、でも見せて貰えるだけでも少しは発散出来る気がするけど……火に油を注ぐだけだと思うから言わないでおく。
だって、そんな嬉しい事して貰ったらこれからオレの理性がもたないし?
「オレもお年頃なんだよ」
(え?)
「何でもナイ」
(又そう言う…)
膨れる佐為も可愛いと思ってしまう自分は、既に終わってるなと自覚はある。けど、もうそんな事はどうでも良くって。
彼が幽霊だとか男だとか年上だとか……
ソンナノ関係ナイ。
「知りたいならオレの心を読めよ」
意地悪くそう言うと、ムッとした顔をしてオレを睨みつける。そんな顔も綺麗だなと思う。
佐為の怒った顔も泣き顔も、驚いたり喜んだりした顔も皆々大好きだから、色んな顔を見てみたいと思う。勿論傍らに居てずっと見ていたいのは――させたいのは幸せそうに笑うその表情だけれど、自分はまだまだ子供なのでそう理想通りにはいかない。多分、今の言葉だって佐為を傷付けると判っていて口に出しているのだから。
(そんなコトしません。ヒカルが伝えようと思わない限り、私は自分からヒカルの心を読んだりしません)
「昔は聞いてたじゃん。今だってオレが強く思った事は判るんだろ?」
(聞こえてくるのだから仕方ありません。でも、今のヒカルは強く思っても無いし伝えようとしてないでしょ? 無理矢理聞きたい訳じゃないですから…もう良いです)
拗ねて顔を背ける佐為に、苦笑が漏れる。又オレは佐為に甘やかして貰っているなと思う。それはもしかしたら子供扱いされているだけなのかもしれないけど、な。
強く思ってはいないけど、強く想ってはいるんだぜ?
(……又見てる)
「良いじゃん、別に。減るもんじゃなし」
悪びれずそう言うと、佐為は深く溜息を吐いて…そして少し照れ臭そうに微笑みを浮かべた。
(仕方ありませんね。もう、好きなだけ見ていて下さい)
あ、見物料として後で一局打って下さいね、と即座に付け足される。にこやかな笑顔付きだ。
やっぱりオレはコイツには勝てないと、本心からそう思った。
END
佐為が消えずにずっと一緒だったら〜バージョンでヒカルが17歳位、でしょうか。
別れの悲しみを味わって無いのでこのヒカルはちょっと生意気なままです(笑)。
20040422