愛しいと想う気持ち




「オマエが『週刊囲碁』の社員で、しかも担当になってるなんて驚いたな」

正確には助手だけどな、なんて呑気な調子でそう笑うヒカルに、あかりは可愛らしい口を尖らせた。

「ヒカルはいつだって対局のコトで頭が一杯だもんね」


だから私の事なんて思い出しもしないよね。


言外に籠められた想いを、きっと彼は気付いていない。そう思うから、あかりは小さく溜息を漏らした。

片想いをし続けてもう何年になるだろう。自分でも呆れてしまう程一途だと思う。そんな彼女に周りの友達も皆口を揃えて言うのだ。「他にも良い男は沢山居るよ?」と。

「そうか?」

とぼけた様に首を捻る、そんな仕草は昔と変わらないのに。

「……そうだな」

突然大人びた表情で微笑んでみせるから。そしてそんな顔をする時は、自分を見ていないのだと言う事も…嫌と言う程知っているけれど。どうしても魅かれてしまう。


ヒカルが好き。



昔から伸ばしていた長い髪を、未練がましい想いを断ち切るつもりで切ろうと思っていた。勿体無いと皆に反対されていたけれど、絶対切る!と固く決意していた気持ちは一瞬にして崩れ去った。彼のたった一言で。


――何で? 綺麗なのに、勿体無ぇ。


嬉しかった。綺麗だと褒められた事が。例え身体の一部であろうと、彼の好みであるのならそのままでありたい。そんな一言で自分を舞い上がらせてしまうのは、彼以外存在しない。諦めるなんて無理だ。

ただの幼馴染だった彼が、今はプロの囲碁界で大活躍している。女の子にも人気がある様で、噂が出た事は無いけれどあかりは気が気では無かった。


私はヒカルにとって単なる幼馴染だもん…。


目を伏せて黙り込んでしまったあかりを、ヒカルは静かに見詰めた。

ずっと昔から自分にくっついてきていた幼馴染。囲碁をやり始めて、特にプロになってからは疎遠になりがちだったのに、気が付くと側に居るのは…彼女が必死になって追い掛けて来るから。
彼女の言う通り、自分は囲碁と――の事ばかり考えている。振り返りもしない己を、それでもずっと想い続けてくれる彼女を大事に想っているのは確かだ。
幸せになって欲しいと本気で思っている。




あかりちゃんを、大事にしてあげて下さいね?




鬱陶し気に彼女をあしらっていた幼い自分に対して、彼が困った様に微笑んで言っていた言葉を思い出す。


本当に自分が大切にしたいのは…幸せにしたいのは、失ってしまったその人だけれど。もうそれは叶わないから。代わりにその願いを叶えたいと思うのは、彼女を傷つけてしまう事になるのだろうか?

ヒカルには判らなかった。


じっと無言で見詰め続けられ、あかりはドキドキする心臓の音がヒカルに聞こえてしまわない様にと慌てて両手で胸を押さえる。

「な、何?」
「…あのさ」

言い難そうに眉を寄せて口籠るヒカルを不思議そうに見詰める。そう言えば、彼もよく自分をそんな風に見ていたなとふと思い出して…小さく苦笑した。

「結婚するか?」
「……え?」

何でも無い事の様に、けれど突然のヒカルの台詞に、あかりは呆気にとられる。まさか彼が自分にそんな言葉を発する筈が無い。そんな、都合の良い台詞なんて。

「な、何言ってんの。誰が、誰と結婚するって言うのよ」
「誰がって。オレとオマエ以外に、今誰もいないじゃん」

おかしなコト言うなよな、と、いかにも心外だと言わんばかりのヒカルの態度にあかりは益々疑いの思いを濃くする。

「……からかってるの?」
「何で」
「だって! ヒカルが私にそんな事言う訳無い!」
「何だよ、それ」
「ヒカルは私の事、何とも思ってないでしょ!」

目を丸くして驚くヒカルを前に、あかりは自分で言った言葉に自分で傷付く。


そう、ヒカルが私に振り向いてくれる筈なんて無い。だから諦めなくちゃいけないのに。どうして…どうしてそんな事言うの?


泣きそうな顔で責める彼女を、ヒカルは困った様に見詰める。

「そんな事ねぇよ。……オマエの事、好きだぜ?」
「嘘!」
「嘘じゃねぇ。大事だと思ってる。……………“一番”は他に居るけど」
「……っ」

言葉に詰まって唇を噛むあかりに、ヒカルは胸の痛みを覚える。
酷い言葉を言っていると自覚はある。でも、嘘を吐いてはいけないと思うから。騙し続ける事など不器用な自分には出来ないし、彼女を大切だと思うなら尚更。

「忘れられないし忘れるつもりも無い。…それは譲れねぇ。でも、いつもオレを見ていてくれるオマエを大切にしたいって気持ちも本当で。…って、そうだよな、勝手な話だよな。オマエなら幾らでも良い男を捉まえられるだろうし、オマエが幸せになれるんだったら他に……」
「他なんていらない」

遮る様にきっぱりと言ったあかりに、ヒカルは驚いて顔を向ける。

「あかり?」
「ヒカルに好きな人がいるの、知ってた」
「……」
「一番じゃなくても良い。好きなの。……側に居たいの」

震える肩が、やけに細いと感じた。いつも元気に笑ったり怒ったりしていたから気付かなかった。こんな風に頼りなげで、自分が支えてやらなければ、などと彼女に対して思うなんて。

「……これからも囲碁のコトばっか考えてて、オマエを顧みないかもしれないぜ?」
「それでも良い」
「……オレじゃ、幸せにしてなんてやれないかもしれないんだぞ?」
「良いの! それでも…側に居させて」
「……うん」

細い身体をそっと抱き締める。しがみついてくる柔らかい存在に、ヒカルは静かに目を閉じた。
彼が自分に望んでいた事は、言葉にはされなかったけれど。ずっと側に居た自分には判る。


神の一手を極める事以外に、…オレの幸せを願っていた筈。
誰よりも優しいアイツならきっと。


彼が残していった全ての事を愛しく感じる。ありふれた日常が大切なモノだと教えてくれたのは彼だったから。

「大切にする。絶対」




いつか再び出会ったその時に、笑って話せる自分になる為に。






END



他所様のヒカあかを読んでモヤモヤし、何となく自分も書いてみたりしてみました。
あのヒカルが結婚出来るなんて佐為以外(…)ならあかりちゃんしかいないだろうと思ってはいたのでこんな感じかな〜、と軽い気持ちだったんですが、しかし所詮ヒカ佐為の私が書くモノなんて…なぁ(遠い目)。ごめんよ、あかりちゃん。幸せになって欲しかったんですけどねぇ…ある意味これも幸せになれ…ないかしら(泣)。


これはもう、この一言につきますね。


ヒカル最低っ!!!!←超濡れ衣(爆)



20040717