ずっと、一緒に


「理恵」

スタジオを出た所で名前を呼ばれる。誰に呼ばれるより優しくて嬉しい声。振り向くと、そこには想像していた通りのいつまでも変わりない格好良くて綺麗な朴さんが立っていた。

「朴さん」

自然に笑みを浮かべてみせる。同じ番組に出演していたとしても絡む事は殆ど無く、すっかりご無沙汰していたから久し振りに声を掛けられてとても嬉しかった。けれど、なるべく顔には出さないように努めた。
だって知られたくない。――寂しかった、だなんて。


「相変わらず忙しそうだね。痩せた?」

首を傾げてそう問う釘宮に、朴は呆れた顔をした。

「それはあたしの台詞。何よ、この目の下のクマ」

あたしの理恵の顔が~!と大袈裟に嘆く朴に、相変わらずだなと苦笑する。

「出来やすいんですよぅ、クマ。ちょっと睡眠時間が減っただけで直ぐ出来ちゃうからホント困っちゃう」
「判ってるならちゃんと寝なさい。嫁入り前の娘がクマなんか作ってちゃ駄目でしょ」
「嫁に行ったら良いんだ?」
「それも駄目!」
「どっちが駄目?」
「どっちも!」

きっぱり断言する朴に思わず笑ってしまった。本当に変わらない。こんな風に変わらない調子で話してくれるから、まだ一緒に仕事をしているかのように錯覚してしまいそうになる。現実は、こうして会って話す事など滅多に無いというのに。

「でも本当に元気そうで良かった。この間の収録現場で見掛けた時元気そうだとは思ってたけど、朴さんって無理も平気でしちゃうから心配だったんだ」
「え? 収録って…あの日来てたの?! 気付いてたなら声掛けてよ~」

大袈裟に嘆く朴に困った顔をする。違う番組で会っても一番愛してるから、と大勢の人前で宣言した彼女がスタジオで釘宮の存在に気付いたら、果たして回りにどんな影響があるのか。度々会っていたあの頃ならともかく、余裕の無い今ではちょっと不安でもある釘宮だった。

「だって朴さんの周りっていつも人が一杯なんだもん」
「そう言っていつも遠慮してる風に言うけど、実は話したくないんじゃないの?」
「そんな訳無いって言ってるでしょ、もう」

判ってる癖に、と頬を膨らませて拗ねた顔をした釘宮に、朴は満足そうな笑みを浮かべた。そういう顔は反則だ、と釘宮は思う。ドキドキしそうになる自分を抑える為に、朴に気付かれないよう小さく深呼吸をした。

「あたしさ、今住んでるトコ引っ越そうかと思ってて」
「え? どうして?」
「ん~、もうちょっと通勤に便利なトコ探そうかなってさ」
「ふうん? 大変だね。でもそんな暇あるの? ただでさえ朴さんてば忙しいのに」
「そうなのよ。まぁ今直ぐって訳じゃないしね。決まったら手伝いに来てくれる?」
「うん、行く行く」

楽しそうに無邪気に笑って頷く釘宮を優しい目で見詰めていた朴は、慎重にさり気無く話題を切り替えた。

「あんたは相変わらず実家住まいだっけ」
「うん。楽させて頂いてます」
「出る気無いの?」
「ん~、今の所。だって楽だし、理恵がいなくなるとお父さん寂しがっちゃうだろうし」
「家族仲良いもんね、ホント」

視線を逸らして思わず漏れ出てしまった溜め息を聞いて釘宮は首を傾げる。

「…どうしたの? 朴さん」
「あー…、えっと、ね」
「?」
「…今直ぐって訳じゃないんだけど」

先程までのテンポの良い会話とは打って変わって歯切れの悪い朴の様子に、釘宮は益々不思議そうに見詰める。

「出来れば…ってか良かったら、い、嫌で無かったら…いつか…その」
「?」

こんなに言葉を詰まらせる彼女は初めて見るかもしれないと、黙り込んでしまった朴をじっと見詰めて待つ釘宮の視線が痛かった。

(勇気出せあたし! 何の為に何度も暇を見つけては眞弓に相談しに行ってたんだよっ)

拳を握り締め、自分の言葉を大人しく待つ釘宮に視線を戻すと、本日は控え目にフリルのついた白の可愛らしいブラウスに淡いピンクのミニスカートという姿だったという事に初めて気付いた。そうだ、このスカートは絶対似合うから穿いてくれと半ば強引にプレゼントしたんだっけ、と思い出す。本当によく似合ってるなぁと一瞬見惚れてしまい、最近漸く可愛らしい服装をしてくれるようになった彼女に手を出そうとする不埒者の増加を考えて、やはり此処は一つハッキリさせておかねばと息を大きく吸うと、一大決心して真っ直ぐ見据える。眼差しは超真剣だ。

「あたしと一緒に暮らさない?」
「…は?」

(私が朴さんと?!)

突然の誘いに、驚きで声が出ない。目を丸くして自分を凝視する釘宮に、一度決心した気持ちが揺らぎそうになる。しかし此処で冗談にしてしまっては意味が無い。てか絶対「あんたバカ? バカなの?」と悪友に言われ続けそうだ。せめて嫌われませんようにと願いながら、目を逸らしつつ言い難そうに朴は続けた。

「だから、その、今直ぐじゃなくって…ほら、家を出たくなったら、で良いんだけど」

しどろもどろに繋げる言葉は内心の焦りがそのまま出ていて、ポカンと見詰めていた釘宮は反対に落ち着いてしまった。

「出たくならなかったら?」
「う…」
「出ようとする頃にはお嫁に行っちゃうかもよ?」
「うう…」

追い詰められた動物のように汗を流して耐えている様子の朴に、釘宮はクスリと笑う。

「そんな中途半端な誘いじゃ、理恵、返事出来ないな」

小悪魔みたいな釘宮の言葉に、朴は勝てずに頭を抱える。意地が悪過ぎると思うけれど、それが可愛いと思ってしまう時点で勝負は決まってしまっている。

「あー、もう! 判ってる癖にあんたってホント腹黒いんだから! 判ったわよ! 一緒に暮らして下さい!」
「うん、良いよ」
「え?!」

ヤケになってプロポーズした朴に、あり得ない程あっさりと頷いた釘宮に驚く。そんな簡単に返事して良い内容だった?

「り、理恵? マジで?」
「うん、マジで。でも直ぐは無理だからね。家族に許可貰ったりとかしなくちゃいけないし、お仕事もあるから…」
「良い! 待つ! 幾らでも待つよ!」

ガシッと抱き締めて喜ぶ朴に、釘宮は驚く。

「ちょ、ちょっと朴さん?!」
「嬉しい! 理恵、ありがと~」

擦り寄って喜びを表す朴に、どう対応して良いか判らずなすがままになる。

「ホントのホントによ? 嘘みたい。理恵と毎日会えるんだよね」

心の底から嬉しそうに笑う朴に、釘宮も照れ臭そうに笑う。

「まだ先の話だよ。…でも私も楽しみ。そうしたら朴さんの側に居られるんだよね」

はにかんだ顔が愛しくて、朴は釘宮の頬に手を添える。

「朴さん?」

突然視界が暗くなり、唇に柔らかいものが軽く触れた。

「ぱ、ぱぱぱぱぱぱ朴さん?!」

頬や額にキスされる事はあっても、唇にされたのは初めてだった。真っ赤になってパニックに陥った釘宮をぎゅっと抱き締める。

「撤回は無しだからね。愛してるよ、理恵」
「~~~~~!」

恥ずかしさに居た堪れなくなる。何処まで本気なのだろう? 正直戸惑ってはいるけれど、でもきっと自分も同じ気持ちだから。

「うん…理恵もだよ。だから浮気しないでね、朴さん?」

可愛らしく上目遣いで告げられて、朴は大きく頷いた。


その後、釘宮家に挨拶に出掛けた朴を家族が歓迎したかどうかは不明だった。




END



ええと、多分最終回です…多分?(爆) 先日実写版エドアルとして設定を変えてオフで発行したのですが、やはり本家本元の方がしっくりきます。てか書き易い…!(当たり前だ) 今はラジオも無ければトークも無く、果たしてこの二人は会ったりしているのかしら~と寂しく思いつつ妄想故のハッピーエンドにしてみました。しかしナマモノは細々した情報を手に入れるのが大変です…。大阪のソニーでは何かやってくれたのかしら…情報求みます(笑)。



20060614