偶然と言う名の必然


町で偶然、本当に偶然出会った。お互い不規則な時間の仕事をしている為、収録が終わった後でも自由な時間が重なる事は滅多に無く、個人的に一緒にプライベートを過ごす事が今まで無かったから、この偶然は神に感謝したい朴だった。

「何? これから仕事?」
「いえ、今終わった所で、これから家に帰る所です。朴さんは?」
「あたしも帰ろうとしてた所。ねね、時間があるならちょっとお茶してかない? たまには二人でゆっくり話そうよ」
「あはは、良いですよ~」

少し歩いた先にお洒落な喫茶店を見付けて二人は入る。
ショートケーキのイチゴを美味しそうに頬張る釘宮を微笑ましく見詰めると、コーヒーに口を付けた。

「これ美味しい! 美味しいねぇ、朴さん」

満面の笑顔が眩しいなぁと朴は思う。彼女の一挙一動を何故か全て可愛いと思ってしまう自分を不思議に思う。歳が離れている所為もあるのかな、と思うけれど、それだけでは無さそうだ。自覚し始めた症状は、エスカレートするばかりで持て余す。

「理恵ってさぁ」
「ん?」

紅茶のカップに口を付けたまま上目遣いで返事を返す仕草も愛しく感じる。…かなり重症だと自分でも思う。心の中で苦笑した。

「スタジオとかで、理恵からあたしに近づいてくる事って無いよね。何で?」

今まで気になっていて、でも聞くのも憚れて先送りしていた疑問を投げ掛ける。気の所為ならば良いが、意図的に避けられていたのだとしたらかなりの衝撃だ。なるべく普段通りの調子で問うが、内心かなりドキドキしていた。

「ええ? そうですか? え~と……そんな事無いと思いますけど」

首を傾げて朴を見詰める。キョトンとした表情が又可愛い。思わず頭を撫でたくなってしまった気持ちを慌てて抑える。最近、衝動を抑える事が多くなっていて困ってしまう。勿論釘宮相手限定で、だ。

「無いよ。そりゃ、挨拶とか仕事の話とかの時はあるけどさ。ほら、個人的にって言うか、他愛ない事とかで話し掛けて来る事って滅多に無いじゃない。大川さんとか置鮎さんにはしょっちゅう声掛ける癖に!」

ちょっとムキになってそう言うと、釘宮は考え込むように指を口に当ててじっとカップを見詰める。

「……あー…」

そうだったかなぁ?と呟いた後、幾分思い当たるのか複雑な表情をして困ったように視線を逸らす。そんな釘宮の様子に険のある顔で見据える。

「……何かあたしに含む所があるの?」
「えー、そんな事無いですよぅ! ヤだなぁ、朴さんったら」

慌てて手をパタパタとさせて否定する釘宮に、朴の表情は益々不機嫌になる。

「…嘘臭い」
「またまたぁ! 考えすぎですって」

明るくそう言われても、この状態で素直に頷く事は出来ない。

「事実でしょ? 何? あたしの事嫌い? …もしかして本気で迷惑?」

自分の必要以上の構い方に抵抗を感じられている可能性を考えなくもない。実際鬱陶しいと思われていたら…と想像して落ち込みかけた朴の様子に、釘宮が目を丸くして驚いた。

「ええっ!! そんな事ある訳無いじゃないですかっ!? 何言ってるんですか、もう朴さんったら…変な事言わないで下さいよ」

吃驚した顔で慌てて首を横にブンブン振って力強く否定する。そんな自然な態度に朴は少しほっとするが、まだ完全に安心は出来ない。こうなったらちゃんと事実を確認しておかないと、眠れない日々が続きそうだ。テーブルの上でジリ、と詰め寄る。

「だってあたしの事避けてるでしょ?」
「違います~! 避けてるって言うんじゃなくって、えーっとですね」
「何?」

じっと睨まれて困った顔で言い淀む釘宮に多少の申し訳なさも出てきたりしてはいたが、此処で引く訳にはいかないと心を鬼にして続きの言葉を待つ。実を言うと、朴自身その返事を聞くのも怖かったりするのだが。
そんな彼女の不安な気持ちに気付いていない釘宮は、諦めたように小さく溜め息を吐いて話し始めた。

「朴さんはあそこではリーダーですよね」
「…? うん。まぁ主役だし」
「理恵は仕事上朴さんと一緒に居る事が多いから、わざわざ呼び止めてまで話しかける必要は無いんですよ」

あっさりと言い切る釘宮に、朴は思わず憤る。

「そういう問題じゃないでしょ?!」

思わず大声を出して立ち上がりかけた朴に、慌てて人差し指を立てて注意する。ハタと我に返った朴は、此処が店の中だと思い出して肩を縮めて小さくなる。そんな朴にすまなさそうな表情をすると、俯いてしまった顔を覗き込むようにそっと近付けた。

「だからー…。常に一緒に居るのに、それ以上私が独り占めしたら皆に悪いじゃないですか」
「………へ?」

予想外な言葉を聞いたとばかりに、目を点にして呆けた表情を向ける。判りやすい朴の反応に、釘宮は思わず苦笑する。この人は本当に自分の魅力に疎い人だと再認識した釘宮だった。

「それでなくても朴さんは人気者なんですから。ちゃんと周りの人との交流を常に深めて、中心にいなくちゃならない存在なんですよ? だから理恵はその邪魔をしないように、自分からは声を掛けないようにしているんです」
「……そうだったの?」
「そうなんです」

目一杯力を籠めて頷く釘宮に、朴は漸く肩の力を抜いた。

「何だ。…良かった~。あたしの事が嫌いな訳じゃ無かったんだ」

ははは、と少し泣きそうな顔で笑う朴に、頬を膨らませて拗ねてみせる。どうしてそんな考えに到達するのか、釘宮には理解出来なかった。

「もう、当たり前ですよ。大体何でそんな風に思ったんですか?」
「だって理恵ってばあたしに冷たいし」

口を尖らせて訴えるようにじっと見詰められ、釘宮は内心ドキドキするのを悟られまいとニッコリ笑ってみせる。
最近、朴の『構ってオーラ』に弱い事を自覚し始めた釘宮だった。

「えー。冷たくなんて無いですよぅ~?」
「冷たいよ。人の愛の告白を尽く無視するし」

じっと上目遣いでそんな事を言われ、益々動揺しそうになる。そう言う言葉を軽々しく口にしないで欲しいと思わずにはいられない。でないと自分の寿命が幾つあっても足りなくなりそうだ。

「朴さんの愛情表現は激し過ぎるんですー」
「何それ」
「それに理恵から愛情を示しても、朴さん照れ屋だからそういう時って必ず素っ気無くするじゃないですか」

自分からはどんどんアタックして来る癖に、返されると怯むというのが天邪鬼だなぁと思いつつ、そこが可愛いとも思う。けれど素っ気無くされるのはやっぱり寂しいので、無闇に刺激しないようにしようとしていた。全く反応しないと不機嫌になるので適度に調整が必要だったが。

「そ…そんな事してないよ!」
「してます」
「してない!」
「し・て・ま・す。だから理恵から言わないって決めたの」
「ええー!」

かなりショックを受けている朴の様子に、釘宮は思わず噴出して笑ってしまう。そんな彼女に拗ねた態度を取りつつも、けれどそれすらも許して笑みを浮かべてしまうのは、愛しいと思っているから。

そう、愛しいのだ。

「あ~ああ~。ホント、あたしが男だったら絶対理恵にプロポーズしてたのになぁ」

そんな半分以上本気モードで呟く朴の台詞に、釘宮は内心の動揺を全く見せずに両手を組んで頬付けて少しだけ首を傾げてみせる。勿論目線は上目遣いだ。

「ホント? 朴さんがお嫁さんに貰ってくれたら、理恵嬉しいなぁ~v」

ワザとらしく必殺の愛くるしい笑顔でそう言えば、朴は驚いた顔をした後首まで真っ赤になって怒り出す。

「お前! そういう台詞は心を込めて言え!」

ぎゅうと首に腕を巻きつけて締め付けてじゃれる朴に笑いながら釘宮はじたばたともがく。

「朴さん、此処店! 店だから!」

周りの視線を感じても緩めずひとしきりジャレあった後、腕から開放されると深呼吸している釘宮の耳にそっと囁く。お得意の自称エロボイスで。

「ま、女でも離さないけどな?」

悪戯を含ませた極上な笑顔を添えて伝えて頬に軽く口付ける。
伝票を持ってレジの方へ早々に逃げていった朴を振り返る事も出来ない位、釘宮の顔は真っ赤に染まっていた。

「……バカ」




END



バカは私です(爆)。ってかコレ、エドアルでも良いじゃん!と言う言葉が聞こえてきます。……駄目なの、エドアルとは違うんですヨ~。釘宮萌えしている朴さんが大好きなので、つれない態度をされている朴さんに向かって「たまには振り向いて貰えると良いね」といつも生暖かい気持ちで見守っていたりします(余計な世話/笑)。
しかし文字にするとかなり恥ずかしい…。




20060227