LAST NIGHTMARE


目を、覚ます。

自分の所為で命を失った友人の遺影が目に入り、誰もいない部屋がシンと静まり返っている。

――ああ、そうだ。オレは弟を置いて一人この世界に戻って来たんだった。

そうして自分を元の世界に帰す為に犠牲になったハイデリヒを弔い、門を閉じた。もう二度とあちらの世界には帰れない。二つの世界を繋げてしまった責任をとるつもりで戻って来た筈だったが、既に今は全てがどうでもよくなっている。勿論、最初に来た頃とは違って理解はしていた。生きている限り誰でも世界と無関係ではいられないという事は。そうして未だこの世界の人間を巻き込んでしまう危険性のあるウラニウム爆弾を探し出して葬り去らなければならない責任を放棄する気は毛頭無い。
だけど…今は動けない。身体に力が入らず、無気力状態だった。何が足りないかは判っている。そう、

――アルがいない………。

本当は無理矢理にでも連れて来てしまいたかった。だけどそれは出来なかった。今のあの弟には鎧だった頃の記憶がない。幼い少年は、自分の穢れた気持ちを知らないのだ。
彼には綺麗なままで居て欲しかった。禁意を犯した記憶を…そして更なる過ちを含んだ想いを持つのは自分だけで十分だ。けれど……

――あれ以上一緒に居たら、多分オレの理性が持たない。

愛しさを隠し通せる自信は無い。結局の所、自分の欲望から弟の身を守る為にこちらの世界に逃げて来たのだった。何て自分勝手な理由だと、己を嘲笑う。そして自分でそうしておきながら、深い後悔の波に浚われ海の底から這い上がる事が出来ずに居る。

――後何年、こうして一人で生きていれば良いんだ。

誰かと関わらずに生きていける筈も無いと判っている。此処がこれから自分が生きて行く世界だという事実も。果たしてこの世界でいつか自分にも他に大切な誰かが出来、この気持ちを忘れて幸せになる事が出来るのだろうか。

「出来る、訳がねぇ…」

諦められるものならば、最初から求めたりしなかった。自分の命より世界より大切な弟。全てを捧げても構わないと心から思える唯一の存在。嫌われても憎まれても良いから攫って来てしまえば良かった。
いっそ狂ってしまいたい、とエドワードは目を閉じ、両手で顔を覆った。








「兄さん?」

愛しい声が自分を呼ぶ。何て幸せな夢。そして何て残酷な。

「兄さん、兄さんってば!」

身体が大きく揺さ振られ、エドワードはハッとして目を開けた。
そこはハイデリヒと共に住んでいる部屋で、自分に宛がわれた寝室だった。ハイデリヒの遺影は其処には無く、置かれているのは鎧だった弟の兜一つ。そして今寝ているベッドの隣には、まだ幼い姿の弟が心配そうに覗き込んでいた。

「……アル?」
「大丈夫? 何か魘されてたけど…」
「あ、ああ…。夢、か」

大きく息を吐いて汗を拭うエドワードの様子に、アルフォンスは顔を顰めて腕を伸ばすと兄の乱れた髪を優しく掬い上げる。

「夢? 夢見が悪かったの? どんな夢?」
「ん? ……そうだな」

柔らかく撫でてくれるアルフォンスの腕を掴んで引き寄せると、その身体をぎゅっと抱き締める。暖かい体温に安堵する。
兄の突然の行動にアルフォンスは目を丸くした。

「兄さん?」
「もっと」
「え?」
「もっと、呼んで。オレを」

甘える様におねだりをするエドワードに、一瞬呆れつつも抵抗をする気は起きなかった。

「…兄さん」
「うん」
「兄さん」
「うん」
「兄さん」

抱き締められたままの体勢で些か困っていたアルフォンスだったが、求められるまま兄を呼び続ける。優しく安心させるように両手を回して抱き締め返して。
何度か繰り返し呼んでやると、エドワードはゆっくりと腕を放して弟の身体を解放する。照れ臭そうに笑う兄にアルフォンスは戸惑うが、直ぐに柔らかく微笑み返した。

「何か、兄さん子供みたい」
「……るせ」

クスクス笑って「そう言えば旅してた頃にも似たような事あったよね」なんて意地悪く言う弟に、エドワードは少し拗ねた顔をする。そんな兄のいつも通りの様子にアルフォンスは安心する。

「大丈夫だよ、兄さん」
「え?」
「ボクはここにいる」
「……!」

何もかもを見透かして、そして自分が一番欲しいと思っている言葉をいつでも惜しみなく与えてくれる弟。世界中何処を探したって、こんな風に自分を完璧に理解してくれる存在等居やしないだろう。

――どうしてこいつは何も言わなくてもオレの考えている事が判るのだろう?

不思議に思ったが、口に出して問えば「兄さんは顔に出過ぎるんだよ」と軽口を叩くのだろう。それすらも全て愛しい。

「不安なら、何度でも確かめて。それは恥ずかしい事でも何でも無いから。…ボクだって、兄さんの姿が見えないと不安になる。これはボクの都合の良い夢の続きなんじゃないかって。目が覚めたら一人で旅をしているのかもしれないし、元の姿に戻ったのすら夢で、実はまだ鎧姿のままなのかもとかね」
「……!」

不安を感じているのは自分だけでは無い。そんな簡単な事に気付かなかった己を恥じ、愛しい弟を不安にさせたままだった事に自分の不甲斐無さを痛感する。同じ様に弟の事を理解し支えてやりたいし、その為にはどんな事でもしてやると決意しているけれど、いつも気付いてやれない自分を歯痒く感じて苛立つ。何時だってどんな時も笑っていて欲しいと願っているのに。出来れば自分の傍らで、ずっと。

「だから確かめさせて。ボク達は一緒に居るんだって」
「アル…」
「…これからも…ずっと…一緒だって」

エドワードの服を掴んだ弟の腕が僅かに震える。その手を握り締め、もう一度引き寄せて強く抱き締める。

「ああ、何度でも確かめてくれ」

もう二度とこの手を離したりはしないから。ずっと、永遠に。



――ソバ ニ イテ――





END


門を壊し終わって旅立つ間の話…かな? 一日やそこらじゃあれは壊せないだろうし〜と。まだアルの髪は長いです。旅立つ時にバッサリ切ると良いなぁと勝手に妄想してみたり。そして兄はショックを受けると良い(笑)。
それにしても、映画の…と言うかアニメのアルはエドに優し過ぎます。つか甘やかし過ぎ!と自分のアルにも突っ込んでみたりしてます。まぁお母さんだから仕方ないよね(爆)。反動で鎧アルが書きたくなる…ウズウズ。



20060115