LOST HEAVEN


カランと音がして、機体から姿を現した人物を見やったハイデリヒとノーアは目を見開いて驚いた。

「エドワードさん?!」
「エド…?」
「…アルフォンス、ノーア。無事だったのか」

二人を見てほっと安心した表情を浮かべたエドワードに、ハイデリヒは複雑な気持ちになる。自分達の安否を気遣ってくれるのは嬉しかったが、それよりも彼には自身の事を考えて欲しかった。その為に自分はあれだけの無茶をしたのだから。
ノーアに支えられて立っていたハイデリヒは、身を離してエドワードの側に近付く。

「あの後へスさんに捕まっていたんですけど、その後ヒューズさんに助けて貰って何とか…。それより何故戻って来たんです? 向こうの世界には戻れなかったんですか?」

失敗だったのだろうかと自分の不甲斐無さに落ち込みかけたハイデリヒだったが、エドワードは苦笑して首を横に振る。

「いや。ちゃんと行く事は出来たよ」
「?! …じゃあ、何故帰って来たんです?」
「え? …ああ……どうしてかな」

あんなに帰りたがっていた世界に戻れたのに、戻す事が出来たのに何故、と僅か責める口調になってしまったハイデリヒに、エドワードの表情が辛そうに歪んで視線を逸らす。ハイデリヒの姿が先程まで一緒だった弟のアルフォンスと重なって見えた所為かもしれない。
今頃、殆ど騙したような形で別れてしまった自分を恨んでいるかもしれない。…寧ろそうであって欲しいと思うのは、捨てきれない弟への独占欲の表れだ。憎しみであっても構わない。自分を忘れないでいてさえくれたら。既に彼は二人で旅した4年間の思い出を忘れてしまっているけれど、せめて兄弟として平和に育っていた10年間を……自分の存在を覚えていて欲しかった。
向こうの世界に居る筈の弟に想いを馳せていると、この場にある筈も無い声が聞こえて来た。聞き間違える事の無い、この世で一番愛しい声が。

「門を壊す為だろ、兄さん」
「!」
「?」

突然の弟の声に、エドワードは驚いてその場に倒れている鎧に顔を向ける。ハイデリヒとノーアは訳が判らず、鎧に近付くエドワードをじっと見守る。

「まだ意識をコピーしてたのか。…そろそろ聞こえなくなるな」

切な気に愛し気に見詰めながらそっと鎧に触れると、兜が転がって弟の顔が現れる。まだ幼い、先程まで一緒に居た愛らしい少年の姿そのままで。

「……!」
「咄嗟に鎧の中に入って兄さんの方に飛び移ったんだ」

驚いて声も無い兄にニッコリ微笑み、身を乗り出して手際良く鎧の留め金を外して外に出る。

「今頃向こうの門は大佐が壊しているよ。こっちの門も壊すんだろう?」

パンパンと服を叩いて真っ直ぐ自分を見上げるアルフォンスを、信じられない思いでまじまじと見詰める。夢を見ているのでは無いかと思った。諦めた筈の、自分の都合の良い夢を。

「…帰れなく、なるぞ?」

不安混じりの兄の台詞に、アルフォンスはフワリと笑う。その笑みは向こうで会った時より大人びた、見た事の無い表情だった。その顔にエドワードはドキリとする。

「一緒に居たかったんだ。兄さんと同じものを見て、兄さんと同じように成長したい。二人で居れば…そこが何処であっても、ボク達は又旅が出来る」

澄んだ金色の大きな瞳と落ち着いた優しい声音は酷く懐かしくて…そして待ち望んでいた、優しさと強さを秘めた掛け替えの無い愛情をその言葉の中に感じた。

「アル…おまえ、記憶が?」
「うん。…戻って来たみたい」

はにかんだ笑顔で頷くアルフォンスに愛しさが増す。


――やっと出会えた。


「等価交換…か」

弟の揺ぎ無い決意を聞いて、エドワードは胸が一杯になった。
抱き締めたい衝動に駆られたが、その前に様子を窺っていたハイデリヒが控え目に声を掛ける。

「…君は?」

自分達を不安そうに見詰めるハイデリヒとノーアに気付いて、アルフォンスは迷いの無い綺麗な笑顔を向ける。

「初めまして、アルフォンス・ハイデリヒさん…とノーアさん? ボクはエドワードの弟アルフォンス・エルリックです」

ペコリとお辞儀をするアルフォンスに、二人は顔を見合わせて驚く。

「君が? …確かに…エドワードさんの言っていた通り、ボクに似ている…ね。でも確かボクと同い年だと聞いたような…?」
「そう、それにエドの記憶では確か弟さんは鎧だった筈じゃ…?」

困惑気味の二人の疑問に律儀に答えようとしたアルフォンスは、エドワードに小突かれて慌てて振り向く。

「説明は後だ。アル!」
「うん」

そう、その前にやるべき事があった。兄弟は同時に門を見上げる。
このとてつもなく大きな入り口を、跡形も無く壊さなければならない。二度と二つの世界を繋がらせないようにする為に。

「錬金術無しでやるのは骨が折れるぞ」
「何とかなるよ。二人なら」

久しぶりの気心知れた掛け合いに、お互い見詰め合って笑う。
そう、二人で居れば何でも出来る。何処の世界に居ても、例え錬金術が使えなくても。















「今まで兄の面倒を見てくれてありがとうございました」

深々と丁寧にお辞儀をしてハイデリヒに御礼を言う弟に、エドワードはムッとした表情をする。

「おまえなぁ」
「だってホントの事だろ? 兄さんも感謝の一言位ちゃんと言ってよね。働かないで世話になりっぱなしだったんだから」

呆れたように両手を腰に当てて少し怒った表情で見上げるアルフォンスの様子に、エドワードは僅かに身を引く。歳をとって大人になったつもりでも、未だに弟に勝てる気がしないのは、やはり惚れた弱みだろうかとエドワードは思う。

「……何で知ってるんだよ」
「夢で見てたから」
「夢で?」

アルフォンスの言葉に驚いたハイデリヒは、首を傾げて問い掛ける。それにアルフォンスは素直に応えた。

「はい。時々アルフォンスさんの魂に寄り添っているみたいにこちらの世界の夢を見ていたんです、ボク。…だからかな? 何だか他人のような気がしないんです。顔も似ているし、もう一人の兄さんみたいだなって勝手に思ってて。ずっと会ってみたかったんです、貴方に。だからとても嬉しい」

無邪気に笑うアルフォンスに親近感を覚えたハイデリヒは、同じ顔で同じように笑い返す。

「ボクも君に会えて嬉しいよ。正直、エドワードさんの話は半信半疑だったんだけどね」
「それは仕方ないですよ。あんな兄の言う事ですから」
「おい、おまえら!」

仲良さ気な二人の会話に、何となく面白くなくて拗ねたように文句を言うエドワードを見て、二人のアルフォンスは顔を見合わせて笑う。

「これから二人はどうするの?」

ノーアの問いに、エドワードはアルフォンスを見て大きく頷くと二人に向き直った。

「こいつと一緒に旅に出ようかと思ってる」
「ボクも兄さんもこの世界の事を全然知らないから。ボク達がこれから生きていく世界をしっかり知っておきたいんだ」

きっぱりと答えた二人の決意は固く、止める事など出来ないのだと察して微笑する。別れ難くはあるけれど、エドワードの瞳に力が戻ったのが何より嬉しい。

「…そうか」
「…寂しくなるわね」

しんみりしてしまった二人に、エドワードはからかい混じりに笑いながら言う。

「近くに来た時立ち寄るからさ。その時までには家族を増やして、賑やかに迎えてくれよな」
「え?」
「エドワードさん!」
「ははは」

意味深な台詞の意味を判っていないノーアと理解して真っ赤な顔で怒るハイデリヒを見てエドワードは声を出して明るく笑う。その屈託の無い彼の笑顔を初めて見た気がして、ハイデリヒは仕方ないなと苦笑する。そんな三人の姿を暖かく眺めていたアルフォンスは、通りかかったワゴンを止めて乗せて貰らえるよう交渉する。その運転席の人物に内心驚いていたが、ともかく乗り込むよう兄を促しつつ別れの挨拶をする。

「今まで本当にありがとうございました。ノーアさんもアルフォンスさんもお元気で」
「ボクの方こそありがとう、アル。君がいなかったらボクは今ここにいなかった。本当に言葉に出来ない位感謝しているよ」

アルフォンスが向こうの世界から持ち込んだ医療知識によって病状が回復しつつあるハイデリヒは、精一杯の感謝の意を伝える。そんなハイデリヒに、アルフォンスは首を横に振る。感謝したいのは自分の方だったから。

「兄さんにとってもボクにとっても貴方は大切な人だから、どうか幸せに生きていって欲しいんだ。ね、兄さん」
「アルフォンス」

先程とは打って変わった真面目な表情でエドワードがハイデリヒの名を呼ぶ。何?と不思議そうに自分を見詰めるハイデリヒに向かって腕を伸ばすと、徐にその身体を抱き締める。限りない感謝と親愛なる情を込めて。

「ありがとう」


出会ってくれてありがとう。
一緒に居てくれてありがとう。
心を寄せてくれてありがとう。


――そして、生きていてくれてありがとう。


沢山のありがとうを今伝える。もう一人の愛しいアルフォンスへ。

「エドワードさん…」

突然想いを伝えられ、ハイデリヒは涙が出そうになった。自分の存在が、彼の中で確固たるものになったのだと実感出来た事が素直に嬉しい。もう自分は彼の中で夢の住人では無いのだ。

「元気で」

見送ってくれる二人の姿が見えなくなるまで元気良く両手を振っていたアルフォンスは、手を下ろすと居住まいを正して兄の顔を見る。エドワードは無表情で流れる景色を見ていたが、内心寂しく思っているのだろうなとアルフォンスは思った。

暫く黙って揺れ動くワゴンから景色を眺めていると、視線を運転席に移して昔出会った懐かしい人に似たその顔をじっと見詰める。鎧だった頃に心を開いたあの人を思い出すと、今でも胸が一杯になる。この世界のこの人は、今幸せなのだろうか? そんな埒も無い事を考える。

「ねぇ、兄さん」
「…何だ?」
「この世界にはボク達の世界と同じ顔をした人が存在しているんだよね」
「ああ、そうみたいだな」

ちらり、とスカーに似た人物を見る。隣に座るのはホムンクルスだったラストに似た女性だ。今までも見知った顔をエドワードは何人も見た。このままだと向こうの世界と同じ顔をした人物と、もっと沢山出会っていくのだろう。

「兄さんと同じ顔をした人はいないのかな?」
「!」

他意も無く思った素朴な疑問に、エドワードは心臓が止まりそうな程驚いた。

「こっちのボク…アルフォンスさんは出会ってないみたいだったから。会ったらどうなのかなーって。仲良くなってくれたら嬉しいなって思ったんだけど…やっぱりそんなうまくは行かないのかな」

えへ、と笑うアルフォンスの無邪気な言葉に、エドワードは逸らしていた罪悪感が蘇る。

「……いつか出会う可能性はあったかもしれない。だけどそれを壊したのはオレだ」
「え?」

俯いて低い声でそう告げる兄の様子に、アルフォンスは首を傾げる。

「オレがこっちの世界のオレを殺してしまったから…アルフォンスはあいつと出会う事は無いだろう」
「どういう意味?」

深刻な話の流れを見て取って、周りを気にしながら顔を近付けた。

「以前魂だけがこちらの世界に来てしまった時、そいつの身体に入り込んでたんだが、爆弾に巻き込まれて…オレは元の世界に戻れたけど、この世界のオレは死んでしまった。要するに…等価交換って奴だ」
「………」
「今回の門だって、親父とエンヴィーの命によって開かれた。今のオレは、沢山の人の犠牲の下で生きているんだ」

自嘲気味に呟く兄の姿は、今迄の辛い日々を思わせる。自分が傍にいなかった間、たった一人知らないこの世界で不安な毎日を送っていただろう兄に、これ以上の悲しい思いをさせたくなかった。アルフォンスは包み込むように優しく微笑む。

「それはボクも同じだよ。向こうの世界で門を開ける為、望まれたからと言ってもラースを犠牲にした。開けた後は更に周りに多くの犠牲を出してしまった。…子供だったから、知らなかったからなんて言い訳にならない。どんなに非難されても仕方ないって思ってる。でも、もし同じ事が今起きたとしても、ボクはきっと同じ事をすると思う。……ボクにはそれが全てだから」
「アル」

驚いた顔で自分を見詰めるエドワードを、アルフォンスは困ったように笑う。

「全てを犠牲にしても、ただもう一度兄さんに逢いたかった。……軽蔑する?」
「いや。…オレも同じだからな」

隠すこと無く本心を明かしたアルフォンスに、エドワードも自分の本心を伝える。それが罪だと判っていても、それだけは譲れない。手に入れてしまった今なら尚更。

「どうしようもない罪人だね、ボク達」
「それでも二人なら前に進める」
「うん」

揺れ続けるワゴンから空を見上げる。何処までも続く青い空は、どちらの世界でも変わらずそこにある。

「アル。ここがオレ達の世界だ。ここでオレ達は生きていく」
「うん。ここは夢の中でも理想郷でもない。…だけど一緒に生きていこうね、兄さん」

立って歩こう。前に進もう。二人には立派な足がついているのだから。



――二人の更なる新しい旅は、まだ始まったばかり。





END


どうにもハイデ君に生きていて欲しくて一部大幅に(どっちだよ)捏造してみました。そしてほんのりエドアル気味で(お約束/笑)。本当は現実世界のエドハイを映画を観る前は考えていたんですが(現実世界のエドが生きていたって言う無茶な設定で…フフフ)、まぁハイノーアでも良いかなーと思ってこんな感じになりました。所詮どちらのアルにも甘いんです、私★


20050812