いつか王子様が


ボク達兄弟は、元の身体に戻る方法と賢者の石の手掛かりを探す為に旅をしている。出来うる事なら一刻も早く元の身体に戻りたいと思っているし、兄さんの腕と足も戻してあげたい。

けれど…。

「アルフォンスお兄ちゃん!」
「ニーナ」

タッカーさんの資料室から出て来たボクを見付けると、ニーナは満面の笑顔を浮かべて駆け寄って来た。仲良しのアレキサンダーと一緒に足元まで近付くと、嬉々とした笑顔で見上げてくる。そんな期待の目を向けられると、素気無く断る事などボクには出来ない。

「ええっと、じゃあ、ちょっとだけだよ?」
「うん!」

一度肩車をしてあげたらそれが彼女のお気に入りになったようで、ボクを見付けると一目散に駆け寄ってせがんでくる。懐いてくれるのは嬉しいけど、無理言って個人の資料を見せて貰いに来ている身としては、兄さんを手伝って早く目当ての資料を探し出したいのだけど。

「わーい、高い高い♪」

嬉しそうにはしゃぐニーナの様子に、まぁいいかと思ってしまうボクは単純なのだろうか。でもさ、やっぱり子供は笑っている方が良いもんね。かと言ってこんな所見られたら、又兄さんに「遊びに来てるんじゃないんだぞ」って怒られるだろうなぁ。

「アレキサンダー!」
「ワンッ」

ニーナに呼ばれてアレキサンダーは喜び、ボクの身体に勢い良く前足を掛けた。考え事をしていたボクはそれによってバランスを崩し、よろめいたボクにニーナが慌てて縋りついた…までは良かったんだけど。

「うわっ」
「きゃっ」

その縋り付こうとした先は鎧の頭で、子供の体重を支えられる程それはしっかりと嵌められている訳では無い。だからボクは落ちそうになったニーナを慌てて支えようと両手を上げ、ニーナの身体を無事支える事は出来たけれど…。

ガランガランッ!

縋りつかれていたボクの頭は、首から外れて見事な音を立てて足元に転がり落ちていった。

「あ……」
「………」

辛うじて肩に縋り付いているニーナには、取れてしまった頭部から鎧の中身が丸見えになっている…筈。そう、何も無い鎧の中身を。小さな子供だって、それが不自然だと言う事は理解するだろう。最悪、恐怖心に苛まれるかもしれない。

ど、どうしよう…。

黙ってしまったニーナの身体をそっと下ろし、今更ながら慌てて鎧の顔を拾い上げて元の首の上に乗せる。いや、そんなコトで誤魔化されはしないと判ってるんだけど。

怖がらせちゃったかな? 嫌われちゃった…よね?

もうどう言い訳したら良いのか判らず、ボクはその場に立ち尽くす。泣いてしまっていたりしないだろうかと心配し、でも自分が近付いたら余計怖がらせちゃうだろうかと悩んだけれど、とりあえず怪我してたりしていないか様子を見なくてはと思い、膝を折って屈んで恐る恐る顔を覗き込んだ。すると…。

拒否される事を覚悟して覗き込んだその先には、全く予想もしなかったニーナのキラキラ輝いた瞳がボクを見詰めていた。

「アルフォンスお兄ちゃん、悪い魔女に魔法を掛けられちゃったの?」
「え?」

何を言われたのか咄嗟に理解出来ず、ボクはとぼけた声を出した。

「そうなんでしょう? それでそんな鎧の姿にされちゃったのね」
「え…いや、その」

子供特有の突拍子も無い発想に、ここはとりあえず頷くべきなのか悩んでしまう。そんなボクの困惑した様子に気付かず、ニーナは益々期待を込めた目でこちらを見た。

「可哀想…。きっとお兄ちゃんの美しさを妬んで意地悪したのね」
「う…美しさ???」

あまりにも自分とかけ離れた言葉を言われて、頭が真っ白になる。美しいって…美しいってどういう意味だったっけ?

「でも大丈夫。こういう時は王子様が現れて、魔女の呪いを解いてくれるんだから」
「ちょ、ちょっとニーナ?」

得意げに話す内容がとんでもない方向に向かい掛けて、既にどこから突っ込んで良いのか判らない。とりあえず、魔女とか王子様とかって何でしょう? それってよくある御伽話の設定みたいだね。え? だとするとひょっとして……


ボクの役割ってお姫様?!


辿り着いた衝撃的な意見に慌てふためく。幾ら何でもそれは酷過ぎるよ。

「あ、あのね、ニーナ。ボク男なんだけど…」
「あ、そうか。アルフォンスお兄ちゃんは『お兄ちゃん』だもんね。男の子が魔法にかかっちゃったらどうなるんだろう? 王女様とかが助けに来るのかな? え〜、でもニーナはやっぱり助けてくれるのは王子様が良い!」
「良いって…えーと」

そういう問題なの? いや、そもそもボクの身体は魔女に魔法を掛けられた訳じゃないんだよね。だから御伽話みたいに王子様のキスで元の身体に戻るなんて事は無いんだ。

「残念だけど、ボクには王子様も王女様も現れないと思うよ」
「どうして?」

不思議そうにキョトンとした顔で見詰められる。純粋な心を持った少女に、真実を伝えるのは躊躇われる。どう言おうか困惑していると。

「アル! おまえ、又サボってたな!」
「兄さん」

何時の間に現れたのか、兄さんが仁王立ちで小さな身体を張って怒りを露にしていた。

「そう何度もタッカーさんに迷惑掛ける訳にはいかないから、二人で手分けして手短に探そうって言ったのはおまえだろうが」
「ご、ごめん、兄さん」

そんなつもりは無かったけれど、事実サボっていた事になるので素直に謝った。兄さんは隣に居るニーナを見て一瞬困った顔をすると、頭をガシガシと掻いた。

「まぁ、気持ちは判るけどよ…。オレとしてはおまえの身体を元に戻す方法を探す方が何より重要なんだ。頼むからあんまり余所見するなよ」
「うん、ごめんね」

一人で寂しそうにしている少女を放っておけと言える程冷たい人では無い兄は、それでもボクの為に資料探しを最優先してくれている事が嬉しく感じると共に申し訳なさも感じる。そんなボク達を目を丸くしてじっと見ていたニーナは、次の瞬間全開の笑顔を浮かべた。

「そうか、エドワードお兄ちゃんだね?!」
「に、ニーナ?」
「あん?」

ニコニコと笑いかけるニーナに、流石の兄さんも怯む。

「エドワードお兄ちゃんは、アルフォンスお兄ちゃんの身体を戻そうとしているの?」
「あ、ああ、勿論」

何だよ、こんな小さな子供に話したのか?と言いたげにボクの方を見る。話したって言うかバレちゃったって言うか……。あ、でも真実はまだ伝えてないか。ええっと、兄さんにどこから何て説明したら良いのか混乱して来たかも。

「やっぱり! 良かったね、アルフォンスお兄ちゃん。王子様はもう側に居てくれてるんだね」
「………王子様?」
「でもそれならどうして魔法は解けないのかな? あ、もしかして王子様が小さいから…」
「うわああーーーーーーー!!!」

王子様発言もそうだけど、『小さい』と言う言葉が兄に聞こえたら大変と慌てて大声を出したボクに、兄さんは驚いて耳を塞ぐ。

「な、何だよアル。いきなり大声出すな!」
「ご、ごめん」
「あ、お父さんが呼んでる」

遠くでタッカーさんが娘を呼ぶ声が聞こえてきた。大人しく座り込んでいたアレキサンダーも立ち上がってそちらを眺め、ニーナは嬉しそうににぱっと満面の笑顔を浮かべてボク達を見上げた。

「じゃあね、お兄ちゃん達。又遊んでね」

タタタッと走り去って行くニーナを二人して見送ると、兄さんが再び眉間に皺を寄せたままボクを睨んで言った。

「さっきの、何だよ? おまえ等、何話してたんだ?」

疑問は尤もで、でも何て言ったら良いのか判らない。だって……。

兄さんがボクの王子様だとニーナに誤解されちゃって、なんて言える訳が無い。

「な…何でも無いよ」

笑って誤魔化そうとするけど、やっぱり目が彷徨っちゃうのは仕方なくって。どっちにしても鎧じゃ見掛けは変わらない筈なんだけど、何故かこの姿でも兄さんにはバレバレなんだよね。案の定、

「嘘吐け。ニーナがさっき何か言ってたろ? 王子様が何とか…」

ああ、やっぱり聞こえてたのか。それでも全部聞こえてた訳じゃなさそうだから、とりあえず白々しくも惚けてみせるけど。…いっそ聞き流してくれないかなぁ。

「き、気のせいだよ」
「いいや、絶対言ってた。王子様って何だよ。おまえがニーナの王子様だとでも言うのか?」

不機嫌そうにボクを睨んで見上げる姿は、何故か不安そうにも見えるのは何故だろう? ともかく、かなり飛躍し過ぎだよ、その考え。大概兄さんの発想は、突飛も無い事多いよね。ボクはいつも驚かされてばっかりだ。

「ええ?! 何でそうなるの? ボクじゃないよ」
「じゃあ誰だよ。おまえじゃなきゃ、誰が王子様だってんだ」

どうしても引いてくれないらしい兄さんに、ボクは半ばヤケになって答えた。
もう、笑いたければ笑って良いよ。

「…兄さん」
「は?」

何を言われたのか咄嗟に判断出来なかったらしい兄さんに、ボクは再度口に出す。

「だから兄さんが王子様だってニーナが」
「オ…オレ?」
「うん」

呆然とした顔でボクを見上げる兄さんの頭の中は、きっと物凄く混乱しているのだろう。そりゃそうだよね。いきなり自分が王子様扱いされたら、誰だって驚く。特に兄さんなんて、イメージ遠すぎる事甚だしいし。…いや、今回はボクの方がイメージかけ離れてるけど。

「ニーナの?」
「違う。ボクの」
「…………は?」

何度も聞き返さないでよ。何か悲しくなってくるじゃんか。
……そうだよね、普通自分が王子様だって言われたら相手は可愛い女の子だって思うよね。そんなのボクだって判るけど…でもやっぱり傷付くんだよ。

「ボクの王子様だって…」
「……………」

呆けたまま黙られてしまったボクは、居心地悪くて思わず焦って言い訳を付け足す。

「に、ニーナが言ったんだよ! 空っぽの鎧の中身を見られちゃってね、そしたらボクが悪い魔女に呪いの魔法をかけられたんだって誤解しちゃって」
「……………」
「それで魔法を解いてくれるのは王子様だから、ボクの身体を元に戻そうとしている兄さんが王子様だってそう思ったみたい」
「……………」

まだ呆然としている兄さんの様子に、訝しげに掌を目の前にヒラヒラとさせる。あれ? 瞬きすらしないよ。大丈夫かな、この人。

「兄さん? 兄さ〜ん、聞いてるの?」
「…え? あ、ああ、聞いてる」

我に返ったらしい兄さんは、動揺を隠す様に俯いてしまった。そんな様子を見て、ボクは無い筈の胸が痛んだ気がした。

「王子様のキスで元の身体に戻れるなら、そんな簡単な事無いよね。でもボクは男だし、この姿になったのは呪いの魔法の所為じゃないし」

後ろ向きになりそうな自分を誤魔化す様におどけてそう言えば、俯いていた兄さんは徐に顔を上げて悪戯小僧の笑顔を浮かべた。

「試してみるか?」
「え?」
「キスしたら元に戻れるんだろ?」
「…! それは御伽話の場合だろッ!」

ニヤリと笑う兄さんに、からかわれているんだと察して憤慨する。気持ち悪いとか思われてたら悲しいなとか、どうせならウィンリィみたいな女の子相手の王子様って言えよとか言われたら寂しいなとか考えてて……ああ、一瞬でも落ち込んだ自分に腹が立つ。

「判らねぇじゃん。ひょっとしたら戻れるかもしれないし」
「そんな訳無いだろ…。バカ言ってないでよ」

怒る気も失せて脱力したボクの様子に構わず、兄さんは良い考えだと深く頷いていた。

「良いじゃん、減るもんじゃないし。昔はよくしてやってたろ?」
「あれは小さい時に寝る前の挨拶で、母さんがボク達にしてくれてたんじゃないか。そりゃ、母さんがいなくなった後何度か兄さんがしてくれてたけど…。や、やっぱり良いよ。大体この歳でヤダよ、恥ずかしいもん」

ぷいっと顔を逸らしたボクを不服そうに睨むと、両腕を組んで偉そうに胸を張って言った。

「オレは恥ずかしく無いぞ」
「恥ずかしがってよ!」

何だか頭が痛くなって来た気がするよ…。どうしよう、このこっ恥ずかしい人は。

「良いから屈めって。……届かねぇし」
「だから良いってば!」
「ほら、兄ちゃんの言う事は素直に聞く。屈めって」
「何だよ、もう…」

深い溜息を吐いて聞き分けの悪い兄の命令に諦めて屈むと、兄さんは両手でボクの鎧の顔を包んだ。
ゆっくり兄さんの顔が近付く。滅多に見る事の無い位近くに兄さんの顔がある。ボクと同じ金色の瞳を間近に捉え、結構睫毛長いんだなぁ…なんて悠長な事を考えてた。

そのまま兄さんは目を閉じて、ボクの鎧の唇辺りに口付けた…みたい。

「……やっぱ戻らねぇか」

間近に顔を寄せたまま少し残念そうに苦笑する兄さんに、ボクの身体は動かなくなっていた。って言うか、動けない。だってそんな目で見詰められてたら、指一本だって動かせないよ。

「まぁ、しゃーねぇか。魔法は解いてやれねぇけど、おまえは絶対オレが元の姿に戻してやるからな」
「………」
「アル?」
「え?」
「どうした?」

一度離された顔が又近付く。ああ、もう、そんなに顔を近付けないでよ!

鎧姿で良かったなんて、今初めて心から思った。

「う…ううん!!! 何でもない!」

ぱっと身を離して首を左右に大きく振る。そんなボクの態度に、兄さんは訝しげにボクの顔を見詰めて真面目な顔で呟いた。

「……顔が赤いぞ?」
「ええ?! …って、赤い訳無いだろ!」

図星を指されて思わず両手で顔を隠そうとしてしまい、ボクの考えは筒抜けになってしまった。ああもう悔しいな。

「ははは。照れてんのか、おまえ」
「もー! 兄さんが変なコトするからだろ!」
「何だよ、変なコトって」
「もぉ知らない! 気が済んだんなら、資料室に戻ろう。早く兄さんの手と足を取り戻す方法を探さなきゃ」
「おまえの身体を元に戻す方法もな。って言うか、おまえが先にいなくなったんだろうが。…まぁ良いや。じゃあ行こうぜ」

ちょっと照れ臭そうに笑って手を差し伸べてくれる。ボクは一瞬躊躇した後、その手に自分の手を重ねてしっかりと頷く。

「うん」

この世界は御伽話じゃ無いし、兄さんは王子様なんかじゃ無くて、ボクもお姫様でも無いし呪いの魔法を掛けられた訳じゃない。でも…。




ボクの身体を取り戻してくれた時、きっと兄さんはボクにとっての王子様になる。





END


確か○ィズニーにこんなタイトルがあったな…と思い出しまして、これなら夢見がちなモノが書けるかも!と嬉々として話を考えてみた訳ですが、違う意味で夢見がちな代物になりました。←おい。
そもそもアルが鎧のままってのがいけないんでしょうか? でもそれ私にとって基本だし(爆)。



20041229