可愛さの基準


「兄さんって可愛いよね」

人気の無い閑散とした駅のホームのベンチにて列車を待っていた二人だったが、だらしなく凭れて空を見上げていた兄を暫く見詰めていたアルフォンスは、何を思ったか突然爆弾発言を呟いた。弟のいきなりの暴言(と彼には思えた)に、エドワードはズルリと身体を滑らせたかと思うと立ち上がって思い切り憤慨する。

「おまえなぁ! 兄に向かってそういう事言うか? ってか、オレの何処が可愛いってんだ?!」

ムキになって怒る兄をじっと見詰め、カシャンと音を立てて首を傾げて悪気無く追い討ちをかける。

「…そういう所とか?」

実は何故アルフォンスがこの様な感想をもたらしたのかと言うのには訳がある。
エドワードは喧嘩っ早くて生意気だと思われがちだが…事実その通りなのだが、知り合った人々と大概上手く交友関係を築き上げる事が出来ている。それはアルフォンスのフォローの賜物のお陰でもあるのだが、本人は至って兄の功績によるモノだと思っていた。そして先程も昨晩泊まっていた宿屋の旦那にいたく気に入られ、娘を嫁に貰わないかと言われて真っ赤になって断っていたのを隣で見ていたアルフォンスは、そういう素直に反応する姿を言葉にして現すなら『可愛い』のかな、と思ったのだ。

「ふざけんな! 可愛いのはおまえの方だろ」
「ボク?」
「おまえの方が絶っっっ対、可愛い!」

力一杯はっきりきっぱり自信を持って断言されてしまい、アルフォンスは複雑な気持ちになる。男として『可愛い』と言うのは確かに褒め言葉にならないのかもしれないが、まだ自分達は子供だし、大好きな兄に『可愛い』と言われるのはアルフォンスにとっては照れ臭いけれど嬉しい事だったから問題は特に無い。特には無いが…。

「う〜ん。兄さんにそう思って貰えるのはとても嬉しいけど、世間一般ではボクを可愛いと言う人はいないと思うよ」
「何でだ」
「何でって…」

本気で訊ねる兄に、アルフォンスは眩暈がしてきた気がする。…気がするだけだ。だって鎧の身体は何も感じないのだから。けれどいつもエドワードは鎧の姿の弟を昔のままと同じ様に接するから、何も感じない筈の身体でもアルフォンスは普通の人間と同じ気分を思い起こして味わう事が出来る。でも、例えエドワードにとってアルフォンスは昔の小さな子供と同じく映っていても、他の人から見れば自分は大きな鎧を来た人間にしか見えないのだ。とても可愛いと思える筈がない。

「普通、鎧を見て『可愛い』と思う人はいないじゃないか」
「そんなの関係無いだろ。アルはアルだ」
「ええっと」

困り果てたアルフォンスを他所に、エドワードは名案が浮かんだとばかりに弟の腕を取る。

「え? 何、兄さん」
「予定変更。イーストシティに行くぞ」
「何しに?」
「そこでおまえの方が可愛いってのを証明して来てやる!」
「ええっ?!」

突拍子もない行動をとる兄を止める事も出来ず、エルリック兄弟はイーストシティへと向かう列車に乗り込む事となった。







「で? まさかそれを聞きに、わざわざ此処まで来たと言うのか? 鋼の」

呆れた顔で問い返すマスタング大佐に、エドワードは胸を張って大きく頷く。隣でアルフォンスは頭を抱えて縮こまっていた。
確かに此処ならアルフォンスを外見だけでなく理解してくれている人間が多いから、公平な判断を下して貰えるだろう。だがしかし、何も常に忙しいであろう大佐に聞かなくても良いんじゃあ?と思いはしたが、言っても聞いては貰えないだろうと諦めて見守る事にしていた。
小さく「仕方ないな、兄さんは」と呟かずにはいられなかったが。

「ふむ。君達のどちらが可愛いか、と言う質問だが……中尉。君はどう思う?」

追加書類を渡す為に入室していたホークアイ中尉は、突然話題を振られても動じる事無く無表情なまま二人を見詰める。冷静な視線を向けられ、兄弟は何となく姿勢を正して緊張気味になってしまう。その微笑ましい様に、中尉はふと口元を綻ばせる。そうすると途端に優しげな表情になるのだが、残念ながら滅多に拝む事は出来ない。ましてやその視線を向けられる当事者になれる等と言うのは、この軍部内では不可能に近い。それは常に側に居る大佐でさえも例外では無かった。

「そうですね。私はどちらも同じ位可愛いと思いますよ」
「……」
「……」
「……」

エドワードは頬を赤く染め、アルフォンスは表情こそ変えられないが指で頬をポリポリと掻いて照れ、大佐は自分で振っておいて少しばかり面白くないと眉間に皺を寄せる。

「んで、大佐はどうなんだよ」

照れ隠しにエドワードがぶっきらぼうに再度問うと、気を取り直した大佐はコホンと咳払いを一つ吐き、しらじらしくも気難しげに言った。

「そうだな。弟君は内面である性格が素直で可愛いと思うし、鋼の。君はその身長と頭の中身が可愛いと思っているよ」
「なっ……何だとぉ〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!」
「兄さん、落ち着いて!」

「誰が見えなくて踏み潰しそうな位ちっぽけな豆粒だっ!」と激怒して叫びながら殴りかかろうとする兄を、弟は必死になって両腕を掴んで引き止める。ジタバタと身動き出来ずに悔しそうに怒鳴っているエドワードを眺めやり、腕を組んで高らかに笑う大佐の大人気ない態度に中尉は頭痛を感じて頭を抑える。

「精神年齢なら大佐も負けていない位可愛いですよ」

ドサリと書類の束を机に置いて中尉がそう呟くと、愉快そうに笑っていた大佐の表情は固まった。





怒り覚めやらない兄の様子に、アルフォンスは溜息を吐いて一歩後ろを歩く。ずんずんと歩いて行くエドワードの足が少し緩んで来た頃、アルフォンスはポツリと呟いた。

「あのね、兄さん。さっきボク、兄さんが可愛いって言ったけど…」
「何だよ、撤回する気になったのか」

足を止め、不機嫌な表情のまま振り返り、ジロリと弟の顔を睨む。

「撤回はしないよ。やっぱり今でも可愛いと思うし」
「おまえな!」
「でもね、それ以上にボクは兄さんの事、格好良いと思ってるんだよ」
「……」
「ボクの自慢の兄だもんね。兄さんがボクの兄で嬉しいって言いたかったんだ」

だから怒らせるつもりなんて無かったと、ごめんなさいと謝るアルフォンスに、エドワードは苦虫を潰した様な顔をして俯き、小さく呟く。

「……だって」
「え?」

聞き取れなくて顔を近付けて問い返す。すると、キッと顔を上げてアルフォンスを睨み、大声で叫んだ。

「オレだって、おまえが弟で嬉しいって思ってるよ!」

顔を真っ赤にして肩で息をしながら言い切ったエドワードを呆然と見詰め、アルフォンスは固まったまま身動きしなかった。そして暫く二人で睨み合ったあったまま、経つ事数分。

「…ふふ」
「くっ」

あはははは

二人で笑い合う。結局どちらが可愛いかなんてどうでも良かったのだ。ただ、お互いがお互いを大切に思っているという事実があれば。
思い切り笑い合った後、再び歩き出した二人は先程の険悪な雰囲気はすっかり無くなって、いつもの穏やかな空気が流れていた。

「でも、やっぱり可愛いのはおまえの方だよ、アル」
「まだ言ってるの、兄さん」

呆れた様に言うアルフォンスに、エドワードは満面の笑顔を向ける。

「だってオレにとって、おまえは誰より可愛い弟だからな!」

それは何より、アルフォンスが一番喜ぶ言葉だった。

「うん。ありがとう、兄さん。大好きだよ」

そしてこれもエドワードが一番喜ぶ言葉。



可愛いのはあんた達よ



後日、その話を聞いて呆れた幼馴染のウィンリィはそう呟いた。




END


何書きたかったんだ?! つか、これが鋼初書き小説ですか…かっはっは(乾いた笑い)。



20040422