通販について 完売の物につきましては、気が乗ったら再販する場合もありですが、可能性はかなり低い事をご考慮下さい。 送料: 1冊120円 / 2冊140円 / 3冊200円 / 4冊240円 支払方法:郵便振替 口座番号00110-9-397192 口座名義 RACE JAM ※注意:手数料はご負担下さい。 振り込まれる前に必ず 1.名前(本名で) 2.発送先住所(郵便番号も) 3.E-Mailアドレス 4.希望の本の名前と冊数 をメールにてご連絡下さい。発送の予定や合計金額等を折り返し返信させて頂きますので、それをご確認の上振り込むようにお願いします。 尚、返信は1週間以内にするよう努力致しますので、連絡が無い場合は申し訳ありませんが再度請求して下さい。 メールはこちらへ (★を@に直して下さい) 青年の主張(改訂版) ある昼下がり。書類を提出しに軍部へと訪れたエルリック兄弟だったが、部外者が度々中に入るのは良くないからと言って遠慮したアルフォンスは、司令部の前庭にあるベンチでぼんやりと腰掛けていた。 じっとしていれば、その大きな身体も幾らか目立たずにいられる事を知っている彼は、兄がいない間は極力動く事を制限していた。元からの性格もあって、例え鎧の姿であっても物腰の柔らかさが幸いして『恐ろしい』とか『冷たい』とかいった印象をあまり受けさせはしなかったが、それでも最初は大抵驚かれてしまう。そんな相手の反応にも大分慣れたアルフォンスだったが、それが煩わしく感じる時もある。 今のように、思い悩む事柄がある時には尚更。 建物から出て来た一人の軍服男性が、何やら慎重に且つ自然な振る舞いで辺りの様子を窺う。誰も自分に注目していない事を確認すると、ふ、と安心したように小さく息を吐き、襟元を正して歩き出す。少し歩を進めた所で視線の先に見知った鎧姿を見つけた彼は、再び用心深く足を止める。隣にいつも居る筈の人間がいない事を不思議に思い、もう一度周りを窺って見るが、他に見知った人間は見当たらなかった。声を掛けようかどうか逡巡迷い、とりあえず近付いてみる事にする。至近距離迄近付いて、がしかし何を話したら良いのだと我に返って、やはり止めておくべきかと踵を返そうとしたその時。ふと零れた小さな…けれど深い溜息を聞いてしまい、好奇心が先立って思わず口走っていた。 「何か悩み事かね?」 「え? あ、大佐! こんにちは、ご無沙汰してます」 慌てて立ち上がり丁寧にお辞儀をするアルフォンスを見ると、微笑ましさと共に『彼の兄にももう少し己を年長者として上司として敬う態度があれば良いのだが』と密かに願う。 あれもあれで悪くは無いのだが…等と内心思っている事は、勿論見て見ぬ振りをする。 「ああ、久し振りだね。元気そうで何よりだ。しかし何故君が一人でこんな所に居るんだ? 鋼のを待つなら中で待てば良いものを」 此処まで連れておきながら外で一人待たせるような事をする性格で無い事を知る大佐は、先程思った疑問を口にした。それに対してアルフォンスは困ったように大きな身体を縮こませると、遠慮がちに答えた。 「いえ、部外者が気軽に出入りしてはご迷惑がかかりますから…」 良識有るこの弟は、自分の立場とそれに対する影響を考慮した結果この場に残る事を選んだらしい。そう理解はしたが、他ではどうあれ自分の居る所ではこの二人は自由に出入りして良い立場だと既に主だった部下達はそう思っているのだったから、逆に弟を疎外していると思われたら実は自分の身が危ういと大佐は思った。警戒されないように、なるべく軽い調子で遠慮は無用だと告げてみた。 「完全な部外者と言う訳ではなかろう? 国家錬金術師の家族なのだからな。それに、君が訪れれば中尉や他の連中も喜ぶ」 「…そうでしょうか?」 大きな鎧が首を傾げて考える様子は、一見不似合いなようだが彼がやると何故か微笑ましく感じる。彼がまだ子供だと知っているからだろうか。 「ああ。きっと今頃君の兄は、擦違う連中一人一人に弟はどうしているのかと聞かれている事だろう」 「……」 自分の言葉を少々疑っている様子のアルフォンスに、二人の存在がどれ程自分達に影響を及ぼしているのか自覚の無い事を知り、その微笑ましさに苦笑を漏らす。 その頃の兄エドワードは、大佐が本来居る筈の部屋の椅子にどっかりと座って、不機嫌そのものの顔で唸っていた。 「ごめんなさいね、エドワード君。ちょっと目を離した隙に何処かに行ってしまったらしくて…」 「中尉が謝る事無いって。あんのクソ大佐がサボり魔なのは今に始まった事じゃないしな!」 苦笑いしながら「中尉もお守りが大変だよな」等と言って気を使ってくれる少年に、自然笑みが浮かぶ。 この兄弟は、まだ子供であるのに本当に周りに気を配るのが上手い。人一倍苦労しているからと言うよりは、元々の性質なのだろう。本人は…特に兄の方はそれを認めようとしないだろうけれど。 「この件については話を伺っているから、私でも確認出来るわ。今中身を確認して来るから、もう少し待っていてくれる?」 「ああ、助かるよ。宜しく」 済まなそうに、そして明らかにホッとしたように笑うエドワードを見て、ふと違和感を覚える。 「そう言えば、アルフォンス君は一緒じゃないの?」 中尉の言葉に、エドワードは苦笑の色を濃くする。 「中尉も聞くんだな。…うん、一緒なんだけど、外で待ってるって入り口で別れた。だから早く帰りたいんだけど」 「あら、遠慮なんてしなくて良いのに。そうね、じゃあ急いで確認するわ」 「うん。ありがとう、中尉」 「どう致しまして」 退出して行く中尉を見送ったエドワードは、一人きりになると背凭れに寄り掛かって深く溜め息を吐き、そのままぼんやりと天井を見上げる。 最近弟との間に距離が出来てしまっている。それは自分の態度が原因だと自覚はあったものの、どうすれば良いのか今のエドワードには判らなかった。 「まさか本当の事言う訳にいかないしな…」 二度目の深い溜め息は、らしくもなく熱が篭っていた。 〜続く 七色の花 アルフォンスが鎧の姿から元の身体に戻って五年後。失ってしまった記憶を取り戻し、離れ離れになってしまったエドワードと再会してから漸く手に入れた平穏な日々。一つ違いの兄と外見上では五歳も離れてしまったアルフォンスは現在十五歳になり、エドワードは二十歳になった。 エドワードを捜す手段として手に入れた国家錬金術師の資格も、まだ取り戻せていない彼の手足の為に反対する兄を押し切って返上する事をせず、それに怒ったエドワードは再び得た特権を利用してアルフォンスを自分の副官として無理矢理配属させてしまった。 エドワードの側に居て少しでも役に立てる事は、アルフォンスにとって素直に嬉しかった。実情を知らない人から子供扱いされる事にも慣れ、知り合いも友達もエドワードが不在であった時より格段に増えた。五年の間に伸びた髪の所為で時々女の子に間違えられるのは未だ不本意ではあったが、兄を探す目印と言うだけでなく願掛けでもあった為に切るのも憚れ、何よりエドワードが大層気に入っているので暫くはこのままで良いかと自分を納得させていた。 毎日が嬉しくて幸せで楽しかった。最近特に親しくなっていた、エドワード直属の部下であるロイス少尉に兄への手紙を頼まれるまでは。 エドワードに異動命令が出た事で、嘆く女性が多いのは知っていた。兄は魅力的な人だから、それも当然だとアルフォンスは思う。でもまさか、普段気の強い、少し幼馴染に似た彼女までが同じ想いを抱いているとは予想していなかったので、アルフォンスは頭が真っ白になっていた。 結局、必死で頼む少尉の健気な姿に断る事も出来ず。憂鬱な気持ちのまま遅い時間に家に辿り着くと、数日前から挨拶回りをする為に家を留守にしていたエドワードが出迎えてくれた。 「おかえり、アル」 「……兄さん」 驚いた顔をしているアルフォンスを見て、エドワードは悪戯めいた笑みを浮かべた。そんな表情は昔のままで、兄も自分と同じだけ時が戻った気がする。再会した後、まだ母が居た頃と同じ長さに惜しげも無くバッサリと切ってしまったエドワードの髪の所為かもしれない。 「ただいま…って、帰って来るのはまだ暫くかかるって言ってなかったっけ?」 数日振りに兄と顔を合わせて、今朝迄の自分だったら笑顔で歓迎していた筈だ。けれど今はまだ心の準備が出来ていなくて、誤魔化すようにさっさと家の中に入って上着をハンガーに掛けながらそう問う。そんなアルフォンスの動揺には気付かず、先程まで座っていただろうソファにどっかりと腰掛けて隣に座る様促す。 「お前がいないのに、そんなのんびりしてられるかよ。適当に流して帰って来た」 「……」 そんな簡単にそんな事をしないで欲しいと、自分の立場を相変わらず自覚しない兄に呆れて声も出ない。 そのまま側には行かずに、お茶を淹れる為にキッチンへと向かう。 「こういう根回しは大切だって、マスタング准将が言ってたじゃないか。適当になんて何考えてるんだよ」 「何って、お前の事に決まってんだろ。文句があるならアルも一緒に来れば良かったんだ」 隣に座るどころか目も合わせないアルフォンスに、不満げに唇を尖らせてだらしなくソファの背にもたれる。 「ボクにはボクの仕事があったんだから仕方ないだろ。それにブロッシュ曹長が一緒に同行してくれてたから問題無かったでしょ? …どうしてもボクが行かなきゃならない理由なんて無いし。そもそも一人で出来るだろ、そんな事」 「そういう問題じゃねぇだろ」 「そういう問題でも無いよ」 振り向かないままつれない態度を取るアルフォンスを訝しげに見詰め、両手をテーブルの前に組んで真面目な顔で低く問う。 「早く帰って来たらいけないとでも言うのかよ。…良いからこっち来いよ」 「今、お茶淹れる為にお湯を沸かしてるから嫌」 「後にしろよ」 「今飲みたいの」 「アル」 あくまでも振り返らないアルフォンスに苛立ったエドワードは、勢い良く立ち上がって自分から彼の側に近付いた。それでも視線を合わせようとしないアルフォンスに、途端困った表情になる。 「さっきからヤケに突っ掛かるな。どうしたんだ? 何かあったのか」 「…別に何も無い」 瞬きもせず無表情のままポットに視線を注ぎ続ける弟の横顔を暫し見詰める。年齢より幼く見えるその顔は愁いを帯び、外見とは釣り合わない本来の十九歳の雰囲気を醸し出していた。 「何怒ってるんだよ?」 「別に怒ってないよ」 「怒ってんだろ。そんな不機嫌な顔してる癖に」 手を伸ばしてアルフォンスの頬に触れる。途端、ぐっと下唇を噛んで何かを耐える表情をし、エドワードの手を振り払うように顔を背けてコンロの火を止める。 「いつもこんなです。目障りならボクもう部屋に戻るよ、明日も早いんだし。兄さんも長旅で疲れているでしょ?」 「おい、アル」 「おやすみなさい」 畳み掛けるようにそう言って、アルフォンスは立ち去る為にクルリと身体を反転させた。 「待てよ、アル!」 素早く寝室に向かおうとしたアルフォンスの肩を慌てて掴んで引き止める。自分の方に無理矢理振り向かせるが、即座に俯いて決して目を合わせようとしなかった。弟のいつに無い頑なな態度に、エドワードは焦りを感じる。 「何だよ。言わなきゃ判んないだろ! 何かオレ、気に障るような事したか?」 「何もしてないよ」 「でも何かあるだろ」 「何も無いって」 「嘘付け。だったらオレの顔を見てみろよ」 肩に置いた両手に力を込めると、アルフォンスの俯いた顔を覗き込むように近付ける。慌てて瞼を閉じて顔を背けるアルフォンスは、兄の腕から逃れようと腕を上げる。 「離してよ。兄さんだって明日早いんだろ」 「話逸らすなよ! 何が不満なんだ?」 「何でも無いって言ってるだろっ!」 「何ガキみたいに拗ねてんだよ!」 「子供で悪かったね! どうせボクは見た目と同じ子供だよっ!」 「!」 エドワードは驚愕に大きく目を見開いて、暫しアルフォンスの顔を見詰める。何かを言おうとして何度か口を開きかけたが、痛みを――悲しみを堪えるように唇を噛み締めて黙り込んでしまった。それに気付いたアルフォンスは、兄にそんな顔をさせてしまった自分の発言と行動にショックを受けた。 ―――傷付けたかった訳じゃないのに。 「……っ」 自分が情けなくて、悔しくて泣きそうになった。これ以上醜い自分を見られたくなくて、アルフォンスは捕まれた手を振り解いて寝室へと駆け込んだ。閉めた扉を背にしてズルズルとへたり込む。 (あんな顔、させたくなかったのに。兄さんは悪くない。今のは只の八つ当たりじゃないか。これじゃ、本当に子供だよ…) ポロポロと零れる雫を拳で拭っても、それは直ぐには止まりそうも無かった。 〜続く Sweet Sweet Story 「アル」 「嫌」 「アル〜」 「嫌だってば」 「アルフォンスぅ〜〜」 「嫌だって言ってんだろ!」 バキッと音を立てて後頭部を殴っても、倒れた身体を言い訳にして抱き着いて来る。 ああもうこの兄は…と殴った方の自分の頭が痛い気がするのはきっと気の所為では無いと思う。 漸く真理から元の身体と兄の手足を取り戻し、そしてお互いの気持ちを確認しあってコトに及んで今の関係に至ってしまったのは…不本意ながら同意の上なのでこの際良いとして。今朝も疲れ果てて一日中寝ていていたいと思う気持ちを無理矢理抑え、軋んで悲鳴を上げる身体を無視してベッドから抜け出し、食事の準備をしがてら洗濯をしていたのだ。 (良かった。今日は一日天気が良いとラジオで言ってたから、シーツとか大物も直ぐに乾いてくれそうだ。最近天気悪くて洗濯物溜まってたんだよね) そんな事を考えながら手際良く第一弾の洗濯物を干し終え、キッチンに戻って再び料理の続きをしようとしていたアルフォンスの背後に突然現れたエドワードは、目覚めた時に隣に弟が居なかったのが不満だったのか、はたまた「おはよう」の後にキスをしなかったのが不満だったのか知らないが(多分両方だ)、やたらまとわりついてきては低い甘い声で弟の名を呼び猫のように懐いて来る。 一見ジャレているようだが、魂胆はミエミエだ。 「あのね、兄さん。朝から晩まで一日中ヤってたら、幾らなんでも不健康だよ! 節度というものを少しは学んでみたらどうなの?!」 既にこのやり取りは毎度の事になっていた。いつもそう簡単に流される訳にはいかないとアルフォンスは決意し、彼にしては珍しくオブラートに包んで発言する事を諦め、直球勝負で叫びながら腰に巻きついたエドワードを引き剥がそうと懸命になる。が、取り戻して幾らも経たないその身体は、身長こそ兄と変わらない高さだったが(それがエドワードには不満だったりする)力の強さでは未だ彼には及ばない。いつも良いようにあしらわれてしまうのが悔しいアルフォンスだったが、けれど本気で嫌がればエドワードは無理強いしたりはしないので、結局拒否しきれないのは自分が兄に甘い所為なのだろうと思う。 「だってお前可愛いんだもん。健康な男子たるもの、元気になっちゃうのは自然の摂理ってもんだろ」 反省の色も無くヘロリと言いやると、躍起になっているアルフォンスの腕をいとも簡単にヒョイと掴んで後ろに押さえつけてしまう。 「かわっ……何言ってんだよ、もう。まだ寝惚けているんじゃないの? ほら、ふざけてないでさっさと顔洗って来る!」 呆れ顔で言い放つと、掴まれた腕を取り戻してさっさと食事の支度に戻ろうとする。が、今度は背後から抱き付かれてしまい、放してくれない兄の様子に慌ててもがいてみるが、エドワードは首筋に顔を埋めてその柔らかい項に啄ばむ様にキスをした。 「やっ…」 途端に発する甘い声。慌てて口を塞ごうとするアルフォンスの手を取って、掌にも同じくキスをしてやる。 「兄さん!」 「何だよ?」 そのままペロリと舐めてやると、アルフォンスは息を詰めて身体を竦ませた。調子に乗って左手をシャツの裾から滑り込ませると、服の上から腕を捕まれ止められる。不服そうにアルフォンスの顔を覗き込むと、頬を染めて涙を潤ませた状態で己を睨む姿に余計に煽られ、――実は半分冗談だったのだが、それではすまなくなりそうだった。 このままヤっちゃってもまぁ良いかな、等とアルフォンスが聞けば憤慨しそうな事を考えながら、ヒョイと抱き上げて近くのソファに座らせ即座に押し倒す。アルフォンスも負けじと体を起こそうとするが、エドワードに体重を掛けられては簡単には抜け出せない。 「いい加減にしてよね! そんなに盛って、子供でも出来たらどうするんだよ?!」 「そりゃ、好都合……いてっ」 思い切り頭を殴られ、痛そうに頭を手で擦る。その隙にエドワードの身体を力一杯押し出してソファから突き落とし、何とか身体を起こす事に成功したアルフォンスは「はぁ」と大きく息を吐いた。 〜続く Another Eden 「やっぱりさっきの方が絶対良いって」 金の髪を後ろで束ねて三つ編みにした、標準よりはやや低い身長の青年がそう呟く。珍しい金の瞳には力強さが潜んでおり、意思の強さを窺わせる。それが原因かは不明だが、目つきは悪かった…けれども非常に端正な顔立ちで、街を歩く女性達がちらちらと視線を送る中、全く意に介する様子は無い。きっと自分が注目を浴びる外見をしているという自覚が無いのだろう。 「嫌だよ。あんなの選んだら、ボクのセンスまで疑われちゃうだろ」 隣を歩く彼も同じく金髪金眼だったが、少し茶色の混じった蜂蜜色の髪を首筋まで短く切り揃えていて、その落ち着いた色合いは全体的に柔らかそうな印象を受けさせる。優しげな顔立ちは青年というよりはまだ少年のあどけなさを残していた。 「どういう意味だよ」 「兄さんが変わって無くて安心するよ。…出来ればそういう所は変わっててくれても良かったんだけどね…」 ワザとらしく肩を落として大きな溜め息を吐かれ、兄と呼ばれた青年は不満そうに口を尖らせて目の前の少年――弟を睨む。 「お前なぁ」 「あれ? 兄さん、あの子…」 足を止めて明後日の方向に視線を注ぐ弟に、全く相手にして貰えていない兄は益々不貞腐れる。 「…何だよ」 文句を言うタイミングを逸した兄は、不機嫌な様子のまま渋々と同じ方向に視線を移す。するとそこには小さな赤ん坊がよちよちと道端を這うという、普通あり得ない光景が展開されていた。周りに親らしき人物は見当たらなく、自分達と同様に戸惑った様子で遠巻きに見ている人が数人居るといった状況の中、そのまま放置出来る性格では無い少年は持っていた荷物を兄に押し付けると素早く赤ん坊の近くに駆け寄って行った。 目の前まで来て膝を折って少年が手を伸ばすと、赤ん坊はそれに縋り付いてじっと顔を見詰めたかと思うと嬉しそうに笑った。 「うきゃあ〜」 両手を広げて抱き着くその赤ん坊をそっと抱き上げる。小さな手が頬に触れるその柔らかい感触が酷く心地良い。思わず少年の顔もふにゃりと崩れて笑顔になった。 「可愛いねぇ、兄さん」 慌てて少年を追い掛けて来た兄が、ヤケに嬉しそうに同意を求めてくる弟の様子に肩を落として呆れて深い溜め息を零す。 「お前な…。どうすんだよ? 猫だけじゃなくて子供まで拾うなんて御免だぞ」 「ボクだって幾ら何でも子供を飼いたいなんて言わないよ。両親は何処に居るんだろう? 誰かおまわりさんに預けた方が…」 「あうー」 ぎゅっと服を掴んで離れたくないとばかりに大きな目を向け見上げる赤ん坊に、少年は困った顔をする。随分懐かれてしまったようだ。 そこにバンッと大きな音を立てて近くの店の扉が開き、勢い良く飛び出して来た男が左右を慌てて確認していた。 「エリシアちゃん! エリシアちゃんは何処だっ!」 大声でそう叫ぶと、少年の腕の中に納まっている赤ん坊に視線が止まる。たちまち泣きそうな顔になり、飛び付くように走り寄って来たかと思うと、あっという間に少年の腕から奪い取った。 「大丈夫かい、エリシアちゃん! 怖かったでしゅよね〜?」 あまりの勢いに呆然としている二人は、我に返った男が赤ん坊を守るようにぎゅっと包み込むと警戒心丸出しでギロリとこちらを睨み付けた。 「お前ら、オレのエリシアちゃんを誘拐しようだなんてよくも……ん?」 ドスの効いた声を出して睨みを入れかけるが、相手が見知った顔だったので思わず言葉が止まる。 「お前、アルフォンス? …とエドワードじゃないか!」 驚いたのは男だけでは無い。二人も揃ってまじまじと男と赤ん坊を見詰める。 「ヒューズさん?」 「エリシアって…もしかして」 「あ、ははははは」 照れ臭そうに笑って赤ん坊を二人に見せる。得意満面な笑顔付きだ。 「可愛いだろ? オレとグレイシアの娘だ」 その顔は、昔もう一つの世界でよく見せた、彼の幸せそうな笑顔だった。 〜続く Platinum insect repellent 「アル〜、久し振り! 元気にしてた?」 玄関の扉からひょっこりと顔を覗かせたその人は、シンプルな淡いブルーのワンピースに白のカーディガンを羽織った清潔感溢れる姿で、長く淡い金の髪をポニーテールに揺らしながら立っていた。そう、兄弟にとって家族同然の、大好きな幼馴染だった。 「ウィンリィ! 何時こっちに来てたの? うん、元気元気。ウィンリィこも元気そうで良かった。あ、中に入って。今お茶淹れるから」 ラッシュバレーのガーフィールの元で修行をしていた彼女だったが、その後ドミニクに認められて漸く弟子にして貰えたのだ。その為、最近滅多に外出が出来なくなっていたので、こちらから出向く以外は電話で時々話す程度だった。突然の訪問に、アルフォンスは嬉しくなって笑顔で迎え入れる。 「ありがとーv そう言ってくれると思ってパイを焼いてきたのよ。一緒に食べよう」 手に持っていた包みを持ち上げてみせる。元の身体に戻ってからアルフォンスの大好物となった、ウィンリィ特製アップルパイだ。 「うわー、凄いや! ウィンリィのパイは絶品だもんね。それじゃホークアイ大尉から戴いた、とっておきの紅茶を淹れて来るよ」 「あ、もしかしてこの間電話で言ってた限定発売の紅茶? 嬉しいぃ〜、一度飲んでみたかったの。そんじゃ、お邪魔しまーす」 ハシャギながら中に入ってテーブルの上にパイを乗せると、ふとキョロキョロと左右に視線を動かして首を捻る。 「ねぇ、アル。あいつはどうしたの? こんな時いつもなら「煩ぇ〜なぁ」とかブツブツ文句言いながらも直ぐ顔出してくるのに。今日は仕事休みだったわよね?」 エドワードの不機嫌口調を真似する彼女に、アルフォンスは噴出しそうになる。 「ああ、兄さん? 注文していた本が届いたからって朝からセントラル迄出掛けたけど」 「そうなんだ」 拍子抜けした様子のウィンリィに、アルフォンスは首を傾げる。 「兄さんに用事だった?」 自分が取りに行けば良かったかなと思い始めたアルフォンスの考えを読み取ったらしい彼女は、ブンブンと慌てて首を振る。 「そういうわけじゃないから。て言うか、寧ろ居ない方が…」 「え?」 「あ、アハハハハ。じゃあエドの分も食べちゃおっか」 笑って誤魔化すようにそう言うウィンリィに、問い詰めるのも気が引けて調子を合わせる。 「アハハ。そんなに食べたら太っちゃうよ?」 「大丈夫。機械鎧技師の仕事は結構ハードなんだから」 明るくそう言ってがさがさと包みを広げるウィンリィに笑うと、紅茶を淹れる為にキッチンへと向かった。その後姿をウィンリィはじっと見詰める。 スラリとした細身の彼。身長は兄と同じく平均値よりは低めだが、好き嫌いの無い彼の事だ。きっとこれからどんどんと伸び始めて兄との差を広げて行くのだろう。その時の悔しそうなエドワードの顔が今から楽しみだとウィンリィは思う。 (まぁ、あいつも機械鎧で無くなった訳だし。少しは伸びるかもしれないけどね) 「何笑ってるの、ウィンリィ?」 「え?」 何時の間にか紅茶を手にして戻って来たアルフォンスが、不思議そうに彼女を見て首を傾げていた。 「んー、何でも無い何でも無い。うわー、良い匂い! パイに凄く合いそう」 「本当だよね。一度兄さんと飲んだんだけど、紅茶なんて皆同じ味だよとか言って…淹れ甲斐が無いよ、ホント」 「あー、あいつはそういう奴よ。こんな良い紅茶は勿体無いから止めときなさい。エドにはその辺の安い紅茶で十分」 「……そうなんだけどね」 加減無く言い放つ幼馴染に苦笑しつつ手早くパイを切り分け、ついでに持って来た生クリームを添えて差し出し向かい側の席に座る。 「「いただきます」」 二人同時に挨拶してから、パクリとパイを口に入れる。 「やっぱりウィンリィのパイは美味しいねぇ」 幸せそうに味わうアルフォンスの姿に、作った本人としてはこれ以上無い程の喜びを感じる。 「この絶妙に冷えた生クリームもパイに良く合って良いわね。それにしても、アルは本当に美味しそうに食べてくれるから作り甲斐があるわ。その点エドってば…」 この場に居ない兄は言われ放題だった。まぁこの場に居たとしても結果は同じだったろうが。 最近あったお互いの出来事を取り留めなく話していると、二人のお腹も一杯になって人心地着く。会話が途切れると、ウィンリィが落ち着かなげにソワソワと視線を彷徨わせた。 「…どうしたの、ウィンリィ?」 「え?! な、何でも無いわよ、嫌ねぇ」 慌てて笑顔を返すが、余計に怪しい。 そもそも口には出さないが、仕事が忙しい合間を縫って突然訪れたのだ。何か相談事があるのだろうと検討を付けていたアルフォンスだったが、いまいちタイミングが掴めなくて時間が過ぎてしまっていた。 (そろそろ良いかな…) 心の中で呟いて、真っ直ぐ顔を上げて彼女を見据える。安心させるように口許には微笑を添えて。 〜続く ボクのタカラモノ 喧嘩を、した。 いつもの如くアルフォンスが猫を拾って来て、当然の如くエドワードが怒って元の場所へ戻して来いと言う。何度も繰り返されるそれは、お互いに妥協出来ない事柄で。猫を飼いながら旅を続ける事は出来ないと理解しているものの、目の前の小さな命を見過ごせない優しい心を持つ弟をエドワードは誇りに思っているし、彼の唯一の我侭と言って良いその願いを叶えてやりたいとも思っていた。 だからつい言ってしまったのだ。そんなに猫が飼いたいならリゼンブールへ帰っていろ、と。 「兄さんはボクが邪魔なの?」 「そんな訳無いだろ」 「じゃあ、どうして帰れなんて言うのさ!」 酷く傷付いたように憤って問うアルフォンスの姿に、困った顔をして目を逸らす。 エドワードだって弟と離れたい訳じゃない。共に旅している間、己がこの弟によってどれだけ精神的・身体的に救われ助けて貰っているのかを、誰よりも理解し実感しているのだから。けれど猫を連れて旅をする事が出来ない以上、他に方法など思いつかなかったのだ。気付かれないようにぎゅっと拳を握る。 「賢者の石を探す旅はオレ一人でも十分だ。おまえはロックベルの家で猫と暮らして…オレの帰りを待っていてくれればそれで良い」 何でもないように強がってそう告げる兄の言葉に、ショックを受けたアルフォンスは肩を震わせた。 「何だよ、それ。兄さんのバカっ!」 ニャアと小さく鳴く猫を抱き締めたまま、勢い良く駆け出して何処かへ行ってしまった弟を追い掛けるべきか一瞬逡巡したために見失い、今エドワードは弟を探す為にあちこち街を歩き回る羽目に陥っていたのだった。 ――参った。あいつ、目立つから直ぐ見付かると思ったんだけどなぁ…。 もう長い時間歩き尽くめで流石に足が痛くなったエドワードは、目に付いた小さな食堂にフラリと立ち寄った。カウンターの席に座ると、気の良さそうな親父に軽い食事を注文する。料理を待っている間、どうしたものかと悩みつつ何気なく周りを眺めると、店には不似合いな可愛らしいモノが目に映った。眉を顰めて難しい顔でじっとソレを見詰める。 「へい、お待ち! …ん? どうしたい、兄ちゃん?」 「あのさ、コレ売ってんの?」 エドワードの指差した物を見て、親父はその存在を漸く思い出したように「ああ、これか」と呟いてヒョイと持ち上げる。 「奥さんの趣味でさ、時々作ってはこうして飾ってるんだよ。可愛いだろ? 意外と人気あってね。売り物って訳じゃないんだが、欲しいって人には譲ってるよ」 手渡されたそれをじっと眺めたエドワードは、よし、と決心して早速交渉し始めた。 〜続く 実写版EdAl 慌しく動き回るスタッフ達に挨拶を交わした後、邪魔にならないように休憩場所代わりに隅に並べてある椅子にそっと座る。 役者が揃う前に準備をしているスタッフの様子を見ているのがアルフォンスは好きだった。暫く眺めておいてから、其処で静かに台本を読むのが少年のいつもの日課になっていた。その日も同じように台本を広げようとしたその時、見知った人影が目に映って顔を上げる。このドラマの収録には常連となった、早朝メンバーの一人である。 「おはようございます、マスタングさん」 「やぁ、おはよう。今日もアル君が一番のりだったね」 にこやかに笑顔で挨拶をしたアルフォンスに、軍服スタイルに着替えたマスタングも同じく爽やかに笑って挨拶を返す。そしてそのままスタッフにも挨拶を交わしつつ、アルフォンスの隣に座った。 「最近なかなかアル君より先に来られないな」 笑いながら、でもちょっと悔しそうにそんな事を言うマスタングの子供っぽい台詞に、ドラマの中ではあんなに気障な台詞ばかり口にしていて格好良いのにと、その対比が可笑しくてアルフォンスは自然笑みが零れる。 「エヘヘヘ。でも実は僕もついさっき着いたばかりなんですよ」 「何だ、そうか。じゃあ後5分早ければ私の方が先に着けるのか」 何となく頭の中で次の通勤時間を計算し始めているようなマスタングの様子に益々笑いが込み上げる。 気持ちは判る。一番というのはやはり気持ちが良いものだから。そしてその楽しさを共有できる人がいるのは嬉しい事だった。マスタングとの会話が楽しくて、アルフォンスは茶化すように牽制してみる。 「そんな〜、良いんですよ? 早く来たってする事がある訳じゃ無いんですから。それにボクはまだ着替えてないから、マスタングさんの方が早く着いていたって事でしょ?」 「それはそうかも知れないが…困った事に、素直に勝った気にはなれないらしい」 子供相手にいつの間にか勝負をしていたマスタングは、悪戯を思いついたようにニヤリと笑ってアルフォンスに耳打ちした。 「どうだい? 時間もあるし、次に誰が来るかゲームをしないかい?」 「あ、それ面白そうですね」 今日の撮影は軍内部のシーンが主だったので、主要メンバーが珍しく多く揃うという事で予想し甲斐があると二人は思い、アルフォンスも誘いに乗って早速お互いに予想を始めた。一人、、又一人と現れる仲間の姿に喜んだり悔しがったりする二人を不思議に思い、訊ねて「自分も」と加わる人々で更にその場は賑やかになる。そんな風に気兼ね無い雰囲気が当たり前のように流れるこの場所がとても心地好いと感じる。仕事としてはテーマの重い難しい作品ではあるものの、実力のある役者や優秀なスタッフという最良の人材に恵まれた中、自分がその一員で在る事に誇りを感じるアルフォンスだった。 そろそろスタッフの撮影準備も整い、各々支度を終えた俳優達も段取りを聞いて取り掛かろうとしたその時。バタバタと音を立てて勢い良く走り込んで来た人物に皆の視線が集中する。 「おはようございます!」 元気良く挨拶をしてスタジオに入って来たその人は、この場に無くてはならない人だった。 「エド」 「やはり最後だったね」 予想通りの展開に、二人視線を合わせて笑った。 周りの人々に「遅いよ」「まだ着替えてないのか」とからかわれつつあっという間に囲まれて、笑いながら「今日のオレの出番は後の方だから良いんだよ!」と反撃しているエドワードの姿を自然とアルフォンスの視線が向かう。 ――やっぱり、エドが居ると空気が変わるなぁ。不思議な存在感はあの人の努力もあるけど、きっと本人の資質なんだろうな。まるで主役になる為に生まれて来たみたい。 憧憬を籠めた瞳でじっと見詰めていたアルフォンスの視線に気付いたエドワードは、目が合うと嬉しそうに顔を綻ばせて満面の笑顔を向けた。途端、アルフォンスの顔が引き攣る。 ――どうしてエドは、ボクを見る度あんな笑顔を向けるんだろう? 何故か落ち着かない。全速力で走った後みたいに心拍数が上がった気がする。あんな風にあからさまな愛情を向けられる事なんて、普通早々そんなに無い。心なしか顔まで赤くなった気がして、つい慌てて俯いてしまった。 〜続く もうひとつの錬金術師 吹き抜ける風はまだ冷たく、厚い雲に覆われた空は僅かな陽の光すら差すことを許さない。遮る物の無いこの山の上では、雨でも降られたらひとたまりも無く、たちまちずぶ濡れになるのは必須だろう。 「いい加減にしろよ、親父。こんな山の上を通るなんて聞いてねぇし、雨に濡れた挙句、日が落ちて迷って遭難なんてオレはする気ねぇからな」 不機嫌な口調で言い放った息子の言葉に手を止めて振り返る事もせず、ひたすら熱心に目の前の物体に意識を取られつつ返事をした。 「待ってくれ、エドワード。貴重な資源なんだ。もう少し採取して行きたい」 「……ったく」 仕方ねぇなぁとぼやいて、近くにあった岩の上に腰掛ける。こうなったら梃子でも動かないのは、認めたくは無いが似た者親子と言われるだけあって想像するに容易い。 確かにそれは滅多に見掛けない珍しい物質であったし、こんな場所はそれこそ気軽に訪れる所でも無かったから気持ちは判る。が、だからと言って一度に沢山持ち帰ろうとしても二人で持てる量など高が知れているのだ。ある程度手に入れられればそれで十分だとエドワードは思っていたし、そもそも今回の旅はそれが目的だった訳では無いのだから適当な所で勘弁して欲しいとしみじみ思う。 「これからどうすんだ? 目的の文献は読ませて貰ったし、そんなもん持ち歩いてこの先旅なんか続けられないだろ」 皮肉の篭ったエドワードの言葉を聞いているのか不明なホーエンハイムは、漸く満足したのかパンパンにした袋を二つ掲げて歩いて来てその一つを当然のように息子に差し出した。ウンザリした顔でそれを受け取ると、それはズッシリとした重さを誇っていた。 「ったく、余計な荷物を増やしやがって…」 そう口では文句を言いつつも、結局いつも最後には協力してしまうエドワードはかなりのお人好しの部類に入るのだろう。…母親の躾の賜物であるのかもしれないが。 「今夜は麓近くの街で一泊して、明日の朝に列車で家に帰るつもりだ。随分長い事家を空けたからな。二人共心配して待っているだろう」 「……」 一瞬苦い表情をして押し黙ってしまったエドワードを見て、ホーエンハイムは苦笑を浮かべると思い切りよく背中を叩いた。その勢いに思わず前に倒れこんでしまいそうになり、何とか体勢を整えると父親に向き直って怒鳴った。 「何すんだ、クソ親父!」 「親に向かってクソとは何だ、クソとは。さぁ、グズグズしていると日が暮れる。宿を探しに行くぞ」 「おまえがグズグズしてたんだろーが!」 文句を言っている息子を置いて、暢気に歌を歌いながら歩いて行く。暖簾に腕押しと判っていても、この父に突っ込まずにはいられないエドワードの表情には、先程浮かんだ憂鬱な影は消えていた。 〜続く 鎧★舞踏会 軍部司令室に呼ばれていたエドワードは、手渡された書類を不機嫌な様子を隠しもせず、ソファに凭れながら目を通していた。上司であるマスタングはその不遜な態度の部下を咎める様子も無く、机に向かって黙々と筆を取っている。 暫くその沈黙は続いていたが、キリが良い所に差し掛かったのか、マスタングは持っていたペンを下ろして軽く伸びをする。 ふう、と息を吐くと、微動だにしないエドワードを面白そうに眺めてから、世間話をするように声を掛けた。 「随分集中しているようだが、その書類はそんなに興味をそそるものかね?」 問われても、まるで聞こえなかったかのように視線すら動かさないエドワードに、相変わらずだと苦笑する。気にせずそのまま話し続ける事にした。軽く腕を回すと、ボキボキと良い音が鳴る。 「全く、ここ暫く休む暇も無く働かされて肩が凝る。今日は中尉も外出していてお茶を飲む余裕すら無いのだから、役所勤めなんぞに就くものじゃないな」 「…税金で賄ってんだ、真面目に働けって事だろ」 嫌味を籠めてボソリと零したエドワードの台詞に、マスタングはおや、という顔をしてからニンマリと笑みを浮かべる。視線はそのまま書類に固定されていたので、マスタングの様子に彼は気付かない。組んだ両手に顎を乗せ、調子を崩さず、あくまでも世間話のように話を進める。 「成る程、それもそうだな。それはそうと、近々軍で行われる舞踏会があってね。我々錬金術師もこぞって参加せねばならないとあって、時間を工面するのに苦労しているよ」 「へぇ〜」 気の無い相槌を打つ程度には気が逸れたらしい。そもそも、渡していた書類は賢者の石の手掛かりを秘めている可能性が僅かにあるかもしれないという非常に曖昧なものであり、そんなにいつまでも集中して読む代物でも無いのだから、実際彼も飽きていたのだろう。 判っていて退出許可を出さない自分もどうかと思うが、自分から言い出す事をしない負けず嫌いな部下の反応が面白くて、どうにも意地悪をしたくなってしまうのだ。だから嫌われるんですよと忠実なる腹心の部下に言われても、直すつもりは毛頭無い。 「沢山の魅力ある女性からたった一人のパートナーを選ぶというのは、実に難しい事だとは思わないかね?」 「別に」 興味なさげに肘を付いたまま、もう何度も見直している書類をペラリと捲るエドワードに、マスタングは少々芝居じみた驚きを見せた。 「何を他人事みたいに言っているんだね。君も参加するんだぞ」 「……え? な、何でだよ!」 余程予想外だったのか、見向きもしなかった顔を漸く向けて不平を露にした瞳を向ける。元々綺麗な顔立ちをしている彼は、怒った表情をすると鋭さが増す。まだ子供だが、後数年もしたら強力なライバルになるだろうと内心気が気でないマスタングだった。 それはともかく、当然の如く非難するエドワードに、さも呆れたような視線を注ぐ。 「当然だろう。君もまがりなりにも国家錬金術師なのだからな」 「冗談。そんな面倒な事、オレはごめんだぜ」 ふいと顔を背けて再び書類に視線を戻す。そういう所がまだまだ子供だとマスタングは思うのだ。それは微笑ましくもあるけれど、国に殉じるべき人間としては少々…いや、かなりイタダケナイ。 「そうはいかない。最年少国家錬金術師として名の通っている君が参加しなければ私の面目にも傷が付くだろう」 「オレが知った事か」 ケッと吐き捨てるように言うエドワードに、いつになく神妙な顔をしてジロリと睨んだ。 「良いか、これは命令だ。従わなければそれ相応の処罰があると言う事を忘れるな」 「……っ」 暫し睨み合った後、思い切りよく立ち上がったエドワードはツカツカと出口に向かい、無言のまま閉じられていた扉を勢い良く開ける。そのまま握り締めた手に力を籠め、強く音を立てて扉を閉めて出て行った。 一人取り残されたマスタングは、ヤレヤレと苦笑を浮かべながら机の引き出しにしまわれていた一枚の紙を取り出した。それを眺めて微かに眉根を寄せる。 「……やはり、来ない方に賭けた方が良いだろうか」 暫し唸って悩んだ末、結局何もせずに用紙を再び引き出しの中へカタリとしまったのだった。 〜続く 20060302
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