「おっはよ〜、ユッキー!」

学園の玄関先でにこやかに挨拶してくるのはクラスメイトの前田慶次。

「おぅ、オメエら遅ぇぞ。とっとと教室に行きやがれ!」

廊下で笑いながら注意するのは生徒会長の長曾我部元親。その後ろで不機嫌そうに黙って睨んでいるのは副会長の毛利元就。

「廊下を走るとは許すまじ! 貴様等のその所業を悪と心せよ!」

始業ベルの鳴り響く中、隣の教室に入ろうとしていた足を止め叱責するのは教師の浅井長政。

「An? 随分とのんびり屋さんのお二人が到着したぜ」
「騒がしい教室…これも市の所為…」

ニヤリと意地悪く笑うのはクラスメイトの伊達政宗であり、教卓に立って嘆く女性は担任の織田市である。

「申し訳ござりませぬ! 某、廊下にて反省致す所存!」
「いやいや、ギリギリ間に合ってるって…イッテッ!」

大袈裟に反省して即座に廊下に出ようとする幸村と対照的に、机にへばりついてだらけきっている慶次の頭を政宗が容赦なく丸めたノートで叩いた。

「アンタは間に合ってねぇだろが。コイツは日直で走り回ってただけだが、アンタは単なる遅刻だろ?」
「いやいや、まだ間に合ってるって!」
「Ha! この軽い頭は、剣道部の早朝練習があったって事をすっかり忘れちまってやがんのか? An?」
「……あ」

今気が付いたとばかりに呆けている慶次の頭をペシペシとノートで何度も叩き、それに堪らず顔を上げて政宗を睨んだ。

「ちょ、痛いって! うわ、すっかり忘れてたよどうしよう…」

焦る慶次の様子にニヤリと笑う政宗は、ふんぞり返りながらも優しく告げた。

「だがな、親切なオレが島津のオッサンを誤魔化しといてやったからな。昼の焼きそばパンとカレーパン、任せたぞ」
「うげ。一番競争率の高いもんじゃん、それ…」
「それ位ですむんだ、感謝しろよ?」

嫌そうに顔を顰めた慶次の反応を完全無視し、政宗は携帯を開けてメールを読み始めた。学生の身でありながらも父の事業を手伝っている彼は、学校に通っていようとも仕事のチェックを怠らない。

…それが如何にホームルームの時間帯であろうとも。

そんなメンバーを他所に(というか無視)ホームルームは滞りなく終わり、教室の中はガヤガヤと喧騒を取り戻していた。

「せめて食堂のメニューにしてくれればまつ姉ちゃんに頼めるのに〜」

メールを確認し終わった政宗は、恨めしそうに呻く慶次を笑い飛ばす。そんな二人のやりとりを後ろの席から見ていた幸村は、不思議そうに首を傾げて問うた。

「政宗どのは、今日は弁当ではござらぬのか?」
「Ah? 勿論作って来たぜ。だが、あんなもんじゃ足りねぇだろ普通」

結構な量の弁当を持ってきている筈だが、食欲旺盛な少年にはまだまだ不服なようだ。

「だからってオレにたかるのは筋違いって奴じゃねぇかい? マー君は金持ちなんだから、こうパァッとさぁ!」
「Ha! 金は幾らでも払ってやるぜ?」
「うわ、益々嫌な感じだね!」

顔を顰めて膨れる慶次を楽しそうにからかう。

「おい幸村。アンタも何か欲しいのがあるならついでにコイツに頼んでおけよ。たまにはオレが奢ってやるぜ?」
「え? いや、某は…」
「お! 奢ってくれんの?!」

慌ててワタワタと首を振る幸村と反対に、慶次はパッと目を輝かせてその言葉に飛びついた。それに政宗は呆れた顔で肩を竦めた。

「An? 誰がアンタに奢ると言った? オレに奢って欲しけりゃ、勝負でオレに勝ってみせな」
「おっと、言ったね! 喧嘩だったらオレも負けないぜ?」
「私闘はご法度でござるよ」
「No,Problem. 要は見つからなきゃ良いんだろ?」
「そうそう。んじゃいっちょ抜け出して勝負と行きましょうか!」

意気揚々と立ち上がった慶次を見上げ、政宗は顔を顰めて片手を上げた。

「Wait. 授業を抜け出すのは不味い。後にしろ」
「ええ〜? あ、そうか。サボると片倉サンに叱られるからか」
「喧しい!」

そんな風に和気藹々とジャレ合う面々は、幸村が夢で見た人物そのものであった。

そう、幸村の周りには、いつも夢に見る“戦国の世界”に現れる人々が多数存在していた。夢の中の登場人物は一般的に『現実に見た事のある人間』だと言われるが、知り合う前から見ているので単なる夢なのだと捨て置く事も出来なく、しかもその夢を共有していたりするのだから、彼らには笑い飛ばす事は出来なかったのだ。



昼食時間は屋上に集まって食べるのがいつの間にか習慣付き、学年問わず屯って居た。勿論、それぞれ“戦国の夢の記憶”を持つ人々である。

結局政宗との勝負は決着つかず、当初の予定通り購買でボロボロの姿になりながら買ってきた慶次から受け取ったパンを当然のように頬張る政宗は、隣で溜め息を零している幸村に眉を顰めて顔を覗き込んだ。

「どうした、幸村? 腹でも壊したか?」

何だったらそれ食ってやろうかと手を出した政宗の箸から、幸村は慌てて弁当を守る。

「これは某の分でござる」

ジロリと睨んで牽制する幸村に、政宗は肩を竦めた。

「まだ食い足りねぇのかよ」

どんだけ底無しの胃袋だよと呆れる元親に政宗は「煩ぇ」と文句を返し、守り抜いたおかずをゆっくり咀嚼している幸村に再度顔を向けて訪ねた。


「今日は久し振りに親父さんの弁当じゃねぇか。近頃は多忙で暇がねぇとか言ってなかったか?」
「今でも多忙に変わりない。今日のは気分転換だと言われたのだが…誰か召し上がって頂きたい方がおられるらしい。この、今まで以上に手が込んだ品々。父上の熱き想いが某にも伝わって来る。どのような方に差し上げるのかは存じ上げぬが、父上のご飯は美味でござるからな。相手方にもさぞ喜ばれている事であろう」

幸村の、天然ながらも心からの賛美に政宗はムッとして、思わず昌幸に対抗心を燃やした。

「Ha! オレの作る料理の方が美味いけどな」
「片倉サンの野菜のお陰じゃないの?」
「何だと!」

茶々を入れた慶次に睨みを入れて、胸倉を掴もうとするもその前にさっさと元親の背後に逃げられて空振り、政宗はチッと舌打ちをする。

「政宗どの。政宗どのは…いつから記憶を取り戻したのでござるか?」

渋々元の位置に戻ってパンをかじろうとしていた政宗は、じっと神妙な顔で訊ねた幸村の言葉に一瞬キョトンとしたが、直ぐ様その意味に気付いて肩を竦めた。

「Ah? …ああ、例の“戦国の記憶”か。オレは小学生の頃、親父が連れてきた小十郎に会った時だな」
「ありがちだな」
「煩ぇ」

間髪入れずに元親に突っ込まれ、政宗はジロリと睨みを入れる。

「チカは?」
「あ? オレは学園で元就に会ってからよ。ま、あっちは全然思い出してねぇがな」

慶次の問いに肩を竦めながら最後はぼやくように呟き、政宗がここぞとばかりに鼻で笑った。

「HA! 現世でも片想いかよ」
「煩ぇ、オメエに言われたくねぇよ!」

本人達はあまり認めたくないようだが、似た者同志故に相手に対する突っ込みに容赦が無い。しかし口では言い争っている事が多いが顔は楽しそうなので、要するにじゃれあっているのであろうと皆放っておいている。傍から見たら正に良いコンビだ。

「ああ、片倉サンまだ思い出して無いんだっけ。オレは此処で秀吉とねねや半兵衛に会ってからなんだけど…記憶があるのはオレと半兵衛だけってのはどうにも納得いかないねぇ」

まぁ秀吉とねねが覚えてないのは良い事なんだけどさ、と呟きながらも、僅かに残る寂しさは否定できない。そんな慶次の心を読み取った元親は、彼の肩をポンポンと軽く叩いてさり気無く慰める。

「前田夫婦も覚えてないんだってな。相変わらずラブラブなのになぁ」
「ホントだよ…。あ、ユッキーは?」

大人しく皆の話を聞いていた幸村は、自分に矛先が向かったので姿勢を正して素直に話した。

「中学の入学式で政宗どのとお会いした時でござる。それまではあれは単なる夢だと思っていた。父上も兄上もあの時の記憶は無いし、その時は佐助も側にいなかった故」
「あの忍とアンタが知り合ったのは最近だろ? あの忍はアンタに会う前から記憶があったって話だが、上杉の忍にでも会ってたのか?」

少し小馬鹿にしたように笑う政宗だったが、幸村は首を振ってあっさりと否定した。

「いや、父上にお会いした時からだと言っておった」
「へぇ〜。忠義厚いねぇ」

感心したように笑う元親の言葉に幸村も嬉しそうに笑ったが、次の慶次の言葉で固まった。

「そう言えば、ユッキーの主はどうしてんだい? あの虎のオッサン…」
「うわ、馬鹿野郎! それは禁句だっ!」

笑顔が凍りついて見る見る落ち込んだ幸村に、元親が慌てて慶次の口を閉じさせる。今はその名は彼にとって言ってはならない言葉だったのだ。

どんよりとした空気を纏う幸村を鬱陶しそうに見やりながらも、気持ちが判らなくも無い政宗は渋々ながら訪ねてやる。

「An? まだ見付からねぇのかよ?」
「……佐助も協力してくれてはいるのだが…」
「ま、まぁ、気にするな! 全員が絶対存在してるとは限らねぇしな!」
「そうそう。折角生まれ変わったんだからさ、そういう柵はいっそ捨てちゃって、新しい恋に生きるってどうよ?」
「Shit! オメエら、少し黙ってろ」

フォローにならないフォローを入れまくる二人をグイと押しやり、政宗は面倒臭そうに頭をバリバリと掻きながら幸村と対峙する。

「仕方ねぇだろ? あっちに記憶が無きゃ、捜すのは手間がかかんだからよ」

慰めというより追い討ちを掛けられて、幸村は益々落ち込みに拍車を掛けた。訳が判らずとも見かねた慶次が政宗に言った。

「マー君、いっちょ捜してあげたらどうだい? 権力あるんだから一肌脱ごうよ」
「嫌だね。又暑苦しい遣り取りを見せ付けられたんじゃ堪らねぇしな」
「とか言って、幸村に相手にされなくなるのが寂しいんだろ」
「何だと、元親!」
「おおっ、やるか?」

いつの間にか食事を終えていた二人は、腹ごなしとばかりに戦い始めた。とは言っても前世のように武器を手にしている訳ではないので素手でやり合っているだけだったが、他の面々は被害の無いようにそれぞれの弁当を持って避難するべく僅かに距離をとって移動する。それもいつもの事だった。


やんややんやと楽しげに騒ぐ仲間達を眺めつつ、一人空になった弁当箱に視線を落として小さく切ない溜め息を吐く幸村だった。




子供達のパーリィ(笑)






20090803