「行くぞ幸村ぁ!」
「うおおおお、お館さまぁ!」

馬に乗って颯爽と駆け抜け、敵陣に突入して次々と兵を薙ぎ倒していく主君の熱い戦いぶりに、幸村も呼応すべく熱い雄叫びを上げて槍を振るっていた。

時は戦国。
群雄割拠の乱世を生きる真田源二郎幸村は、敬愛する師を主として傍らに仕える己が身の幸福を感じていた。

「この熱き魂、燃え滾る力を受けてみよっ!」

血煙を巻き上げながら駆け巡る紅き炎と化した幸村に、恐れをなした敵兵が我先にと逃走を図り撤退するのだった。その活躍振りを満足そうに眺めやりつつも、主である信玄は激を飛ばす。

「幸村! よき戦い振りじゃ! だが慢心するでないぞ!」
「は! この幸村、全力で戦い申し上げまする!」

褒めて貰うのも叱って貰うのも嬉しかった。彼に気にかけて貰える事が何より幸村の心を高揚させる。そしてその心酔する主君に上洛を果たせるのが自分の使命だと信じていた。

――この命果てようとも、お館さまのお傍に…!

「天覇絶槍っ! お館さまぁあああ!」

辺り一面燃やし尽くす勢いで二本の槍を軽々と振るいまくった。




ハッとして目を開ける。天井の木目が視界に映り、握り締めていた布団からそろそろと手を離す。寝起きの頭は思考が回らず、今の自分の在るべき姿が暫く理解出来ない。

「源二郎坊ちゃま。朝でございます」

戸口で家政婦の老女に声を掛けられ、ムクリと起き上がりつつ起床の意を伝える。

ここは自分の部屋で、都会の一軒家に父と二人で暮らしていた。歳の離れた兄は現在大学の寮に入っており、他は住み込みの家政婦がいるだけだった。

――夢、か…。

またあの夢だ、と溜め息を漏らす。幼い頃から時々見る、戦国時代を生きる己の夢だ。繰り返し見るそれは現実ではあり得ないと思える内容で、けれど妙に生々しく感じる。
ただの夢だと思えば良いのだが、そうはいかない理由があった。それは…。

「おはよう、源二郎。よく眠れたか?」

ニコリと笑って挨拶をするその人は己の父・昌幸だった。夢の中でも幸村の父として存在し、その時と同じ姿と同じ性格を持ち合わせていた。

「おはようございます、父上。これから出社でござりまするか?」

いつもであればとうに家を出てしまっている父の珍しくのんびりとした姿に、幸村は首を傾げる。

「ああ、昨日はかなり遅くまで働いていたからな。今日は昼から出社する。ほら源二郎、久し振りに作った父の弁当だ、有り難く食せよ!」
「ぬおおお?!」

どん、と置かれた大きな包みに幸村は驚き、夢現だった意識がハッキリとした。
料理は父の趣味であり、時間があれば家政婦に任せず自分で作ってしまう癖があった。しかし最近は仕事が忙しく、作りたくとも暇が無いという状況が続いており、此処に来てとうとう我慢の限界が来たという所であろうか。

「あ、有難うございまする。しかしこの為に折角の睡眠時間を失われては…」
「気にするな、これはオレの趣味だ。それに今回はついででもあるしな」
「ついで…?」

言われてみれば、テーブルの上には包みが四つ置かれていた。
一つは幸村ので、もう一つは父の分。後の二つは何であろうと幸村は再び首を傾げた。

「それは誰の分でござるか?」
「ん? ああ、これは今日車で迎えに来てくれる佐助の分と…」
「佐助が?」
「ああ、今日は大学が休みだそうでな。忙しい時だからアイツが働いてくれると助かる」

若いのに優秀な男よと褒める父に頷きつつも、残る一つの行方が気になった。

「父上。ではもう一つは…」
「お坊ちゃま、今日はお急ぎではございませんでしたか?」
「……あ! そうでござる、今日は日直でござった!」

朝食の準備をしてくれていた家政婦に言われ、幸村は慌てて身支度を整え始める。
父に見送られて家を出た幸村は、昼の弁当を開けるまで、もう一つの弁当の行方を聞き逃した事に気付く事は無かった。




愛父弁当。きっと和食満載でしょう。
もう一つの行方は言わずもがなです。…夢は膨らむ…(爆)。






20080217