とても気まぐれ



「…に行って来る」

そう言い残して幸村を置いて行ってしまった人を、引き止める権利など自分には無い。どんなにそれが自分にとって嫌な事でも、快く送り出さねばならない。

しかし。彼が傍にいない日々は、何と味気の無い事か。

「ちょっと、旦那。幾ら戦が無いからって、部屋でゴロゴロしてばっかじゃ身体鈍るよ?」
「……佐助か。ちゃんと鍛錬は怠っておらぬ」

少しだけ顔を上げて見やるも、直ぐに背けてゴロリと転がる。己が不貞腐れている理由を重々承知で、けれど心配して叱ってくれる存在を有り難いとは思う。が、浮上出来ない感情はどうにもならないのだ。
やがて頭上から溜め息が一つ零される。

「この機会にさぁ、旦那も他の誰かとお付き合いしてみたら?」
「なっ…!? 何を言う!」

ガバリと起き上がって赤い顔で佐助を睨む。相手は呆れたように見下ろしていて、徐に手に持っていた包みを差し出した。

「って言ったって旦那には無理でしょうから、これ食べて少しは気を紛らわして頂戴な。アンタが落ち込んでると、周りも暗くなるの自覚してよね」
「…む。う、うむ、すまない」


それは幸村の好物である老舗の団子だった。暖かいお茶を受け取り、団子を口にする。その絶妙な甘さが好きだったのだが、今は味気の無い物として租借するだけである。

「今頃…お館さまはどうしておられるであろうか…」
「さぁ? 三条氏のトコか、側室の姫さん達の何処かでしょ?」
「………」

ぐっと歯を食い縛り、痛みを耐える。頭で判ってはいても、言葉にされるとかなり堪える。
ズン、と沈み込んでしまった幸村を、佐助は呆れたように眺めて茶を啜る。

「たまには許してやんなよ? 旦那は戦の間ずっと大将を独占出来るけど、あの人達は待ってる事しか出来ないんだから」
「許すも何も、オレにそのような権限は無い」

ギュッと唇を噛み締めて、勢い良く団子に被り付く。湯飲みに注がれるお茶の熱さが、幸村の冷えた心を僅かに温める。

――やれやれ、大将も罪なお人だ。ま、結構気まぐれな所があるし、そろそろ……。

佐助がぼんやりと思いに耽っていると、駆け足で走り寄って来た家来に視線を向ける。

「幸村どの! お館さまがお戻りになられましたぞ!」
「お、お館さまが?!」

あ、やっぱし?と佐助はニンマリ笑い、幸村の背を押して促した後、広げたそれらを片付けて早々に退却した。

幸村が家来に連れられ慌てて出向くと、会いたくて求め続けていた信玄の姿が其処にあった。

「お館さまっ!」
「おお、幸村。今帰ったぞ」

ニカリと笑うその顔が可愛らしくも憎らしい。きっと離れていた間、彼の頭に自分の存在が在った事など皆無に等しいのであろうと思うけれど。
自分の主君には正室及び幾人かの側室がおり相手に不自由などした事は無く。戦場ではともかく、平時では気の赴くまま相手を求めるその姿が恨めしい。
…けれど、会えた喜びの方が何にも勝る。

「暫く戻らぬと思っておりました」
「何じゃ、戻らぬ方が良かったと申すか?」

拗ねたように言った幸村の言葉に気分を害する事もなく、意地悪げにからかうように訊ねる。そのあからさまな恍け振りを悔しいと思ったが、久し振りの彼との会話に弾む心は止めようも無く、ただひたすらに縋るように己の想いを訴えた。

「そのような事を、この幸村が思う筈ありませぬ! 一日千秋、お館さまのお戻りをお待ち申し上げておりました」
「愛い事を申す。今宵は儂の部屋へ来るが良い」
「はい!」

頬を染め、キラキラと輝く表情で大きく返事をする幸村を見て、信玄は満足そうに頷いた。



END



英雄、色を好む。
しかし微妙にお題に合ってない気が…。つか、猫?(オイ)


20080217