白桃の匂い


某所から桃を頂いた。
岡山の白桃である。
おお! そうそう、これを桃というのだ。
お品のないサーモンピンクのではなく、
淡いベージュピンクの神々しいオーラだ。
サーモンピンクの桃のざらついた食感ではなくて
なんと緻密な味だろう。
とろりと繊細な果汁が体に染みわたる。


私の父は 岡山の白桃の名産地のそばの出で、
毎年、母(私の祖母)から、立秋の声を聞く、じんじんうるさい蝉の鳴く頃、
どっさりと、桃が送られて来た。
私の子供の頃のことだけれど。


「あっかんて! 冷蔵庫なんか入れたら めちゃまずなるわ。」
「食べる前に ちょっとだけ入れんねん。」
「包丁? そんなんいらん。手で剥けるがな。」

なんだか、大騒ぎで忙しかったな。

祖母が亡くなってからは、食卓にのるのは
あの赤い桃になってしまったけど
私には、どうしても同じ桃とは思えなかった。

父のあの元気な桃奉行ぶりもでてこなくなったし、
少し歳をとったような気がした。
(その父も今は亡く。)


その後、しばらくして、私は東京に独り住まいをはじめ、
びんぼな暮らしではとても買えもせず、
今、20年ぶりの白桃の匂いは
父と祖母の思い出を幻灯のほのかな映像のようにして私にみせてくれる。