いまなぜ、核拡散防止条約なのか(1993.11) 

  原水爆禁止日本国民会議事務局次長(当時)坂本国明 


 「核兵器の不拡散に関する条約」(NPT)が国際政治の上で大きな問題となってきている。この条約をどうするかは、核兵器の廃絶にとって極めて重要であると思われる。そこでNPTの現状と課題について論じてみたい。

「無期限延長」の問題点
 NPTは、一九九五年三月に二五年間の有効期限を終了する。その際、「条約が効力を無期限に有するか追加の一定期間延長されるかを決定する」ために締約国の会議が開催される。
 去る七月の東京サミットでのG7諸国の宣言は、条約の期限の終了を念頭において、NPTの無期限延長を主張した。NPTは、世界の国々を「核兵器国」と「非核兵器国」とにわけて、核兵器国には核兵器の委譲をしないように、非核兵器国には核兵器の製造・取得をしないように義務づけている。それ故、現行NPTの無期限延長は、実質的に核兵器国の核兵器の独占的保有を、無期限に容認することを意味する。従って、NPTの改正・強化を通じて、少なくとも今世紀末までに核兵器を廃絶する道筋をつくろうとの機運が世界の反核運動の中で大きくなってきている。
 しかし、NPTの改正・継続に失敗し、NPTが無効になれば、核保有国に「全面的かつ完全な軍備縮小」(第六条)を義務づける国際条約がなくなるだけでなく、核の無秩序拡散といった最悪の事態にもなりかねない。

NPTの歴史的性格
 NPTの起源は、一九五〇年代末の中央ヨーロッパにおける「非核兵器地帯」設置の議論に端を発する。例えば、一九五八年に西ドイツへの米国の核兵器配備を背景にして、最初の非核兵器地帯構想である「ラパツキー・プラン」(ポーランド提案)が討議されたが、その際には、核兵器の拡散の防止が強調されていた。つまり「全面軍縮の長い交渉の期間に核兵器拡散の防止に失敗すれば、それは全面軍縮に関する交渉も失敗させるであろう」(アイルランド提案)という主張や、「核兵器の拡散を防止するための『非核クラブ』の創設のような追加的措置が、もっとも包括的な軍縮協定が締結されるまでの間にとられるべきである」(スウェーデン提案)との主張がそれである。
 実際、第三世界諸国の多くは、経済発展のために、平和的な環境を欲していた。核軍縮による「平和の配当」も必要だった。そして核の脅威から自国を守るためにも、核軍縮をめざす一方で、域内を非核地帯化するという「消極的安全保障」の道を選択したのであった。他方、大国の核威嚇に対抗して、中国は核兵器を保有し、キューバはソ連の核基地を受け入れ、日本はアメリカの「核の傘」を選択した。
 NPT成立以前の一九六〇年代初期には、南極条約(非居住非核地帯)が発効し、アフリカの非核化地域宣言やラテン・アメリカ非核化決議が国連で採択された(トラテロルコ条約の署名は一九六八年)。「部分的核実験禁止条約」(PTBT)も一九六三年に発効したが、それらは「消極的安全保障」を求める国々の努力として、理解すべきであろう。しかし、「非核兵器地帯」の設置は、域内での核兵器の生産を禁止するばかりでなく、直接にあるいは間接に、核保有国の核兵器の配備や展開を制約しようとするものでもあった。
 そのため、米ソ両国は「非核兵器地帯」の地位を遵守したがらない。なぜなら、核戦略上、核兵器の配備や展開を制限されたくないからである。そこで、非核兵器地帯の要求の一部を取り込み、NPTを作成したのである。その点でいえば、NPTは、米ソ両国と第三世界諸国の要求との間の、妥協の産物だともいえる。
 以上のような第三世界諸国の核軍縮への努力の底流をみるとき、非核兵器地帯はNPTの具体的な展開過程であるとの議論は認めがたい。むしろ逆に、NPTは、非核兵器地帯構想の上に成立したものなのである。こうした視点を欠落させると、NPTはただ単に米ソなどの核兵器国が非核兵器国に押し付けた不平等条約だから否定すればよいとの短絡した主張になってしまう。
 NPTが不平等であるにもかかわらず、多くの第三世界諸国が加入したのは、NPTの第六条の「全面的かつ完全な軍備縮小」を求める「核軍縮」条項や、「まったく核兵器の存在しないことを確保する地域的な条約を締結する権利」を主張する「地域的非核化」が条項として結実された結果である。

原子力の「平和利用」
 NPTのもう一つの側面は、原子力の「平和利用」(非軍事利用)にかかわるものである。NPTは、非核兵器国に対し国際原子力機関(IAEA)の「保障措置」(査察)の受け入れを条件に、原子力の平和利用のため核物質と技術を提供するとした。
 アイゼンハワー米大統領は、一九五三年に国連で、いわゆる「アトム・フォー・ピース」演説をしたが、それには、原子力の「平和利用」を促進するために濃縮ウランや技術を各国に供給するとの約束と、国際原子力機関(IAEA)設立による、国際的な原子力利用の協力と推進が含まれていた。ソ連もほぼ同じ立場にたっていたとみなせる。例えば、この年に中国に対して原子力関係の資材や技術の提供が始められている。米ソ両国とも、同盟国の原子力の平和利用に協力していたのだ。
 従って、原子力関係の資材や技術の提供は、NPT以前に二国間の協定などを通じて進展していた。NPTの「原子力平和利用の権利」(第四条)は、こうした原子力に関する個別の協力関係に「保障措置」という枠組みを与えるものだった。
 しかし、そこにはいくつかの問題がある。NPTには核兵器国に対する「保障措置」が明記されていない。核兵器国が核兵器を開発しても、条約上、なんの制約も受けない。しかも、原子力の資材や技術の移転は、NPTにもとづいてよりも、むしろ原子力産業によるビジネスとして行われてきた。当然、NPTに加入していない国々−−例えばすでに核兵器を保有しているイスラエルや原爆を保有したことのある南アフリカ−−に対しても、原子力関係の資材や技術が提供されてきた。ビジネスだけに不透明性もつきまとう。しかもインドのようにNPTに加入しなかった国々に対する−−例えばカナダとインドの間での−−「保障措置」は、NPTの「保障措置」よりもゆるやかになる傾向があった。
 その上、インドなどと比較して、ヨーロッパ諸国に対する「保障措置」はもともとゆるやかなのである。つまり、NPTは構造的な不平等性をもっている。原子力の開発を目指す第三世界の国々が公平なサービスを得ようとする場合、「保障措置」を緩和するよう求めることになる。NPTの不平等性は、「保障措置」を空洞化させる要因をはらんでいるのである。
 こうして、原子力施設や核物質が世界に拡散してしまった。その結果、NPTに加入しているか、いないかに係わりなく、核兵器の保有に接近できる国々が生まれてきた。結局、NPTでは、核物質や技術の移転を防止することもできなければ、核兵器の開発を禁止することもできない。例えば、イラクはNPTに加入していたが、原爆の開発を進めていた。朝鮮民主主義人民共和国も核兵器開発の疑惑がもたれている。NPT体制がかろうじて保たれているのは、条約の「保障措置」であるよりは、むしろ核兵器を持たないという第三世界諸国の理性的な「政治的決断」にもとづいているのである。無責任な国家が出てくれば、NPT体制は崩壊してしまう。
 現在、アメリカなどからは新たに核兵器を開発する国が生まれてきた場合は、対第三世界用に小型核兵器を開発して、核施設を破壊すべきだとの主張すらだされている。そうなればNPTは、自らの死を宣告することになる。

核分裂物質の生産停止
 NPTのすべての規定は、「一条(核兵器国の義務)及び二条(非核兵器国の義務)の規定」に従うことになっている(第四条)。つまり、厳密にいえば、原子力の平和利用以外の研究、生産及び利用は禁じられていると解釈することができる。
 ところで原子力の平和利用に際して生産されるプルトニウムや高濃縮ウランといった核分裂性の物質は、平和利用と軍事利用との区別ができず、すべて軍事利用ができる。実際、軍事利用かどうかは、資材や技術の問題ではなく、為政者の判断の有無に属する。しかも、実際上、プルトニウムや高濃縮ウランを大量に備蓄すれば、「潜在的核保有国」となり、周辺諸国との緊張を高める。つまり核威嚇を行使しているのと同じになる。従って第四条を厳密に解釈するなら、プルトニウムや高濃縮ウランなどの(兵器への転用が可能な−以下同様)核分裂物質の生産や備蓄は、NPT違反ということになる。日本の場合も、これに該当する。
 こうした核分裂物質は、「灰色」の領域に属するので、核分裂物質の生産そのものを禁止することが提案されてきた。いわゆる「カット・オフ」と呼ばれるもので、核兵器の開発にいたる階段の最後の段を無くす、というものである。その最初の試みは、核分裂物質の世界的な拡散と増加を背景に、原子力供給国グループ一五カ国が一九七七年に決めた、いわゆる「ロンドン・ガイドライン」であろう。ガイドラインは、ウラン濃縮およびプルトニウムの再処理施設の輸出を抑制するよう勧告している。次いで、同年にはカーター米大統領の提案による「核燃料サイクル評価」(INFCE)が開始される。これは、プルトニウムを生産する再処理工場の禁止をめざしたものであったが、日本などプルトニウムの利用を推進する国々の反対によって、実現しなかった。しかし、プルトニウム利用を放棄する国々が増えてきている現在、早晩、これらの核分裂物質の生産は禁止されるだろう。

第六条の問題
 NPTは、冷戦構造を反映している。つまり、NPTは、一九六〇年代末から七〇年代にかけての米ソによる核軍拡競争を背景に成立した。NPTの条文も、主として米ソによって作成された。その意味では、第六条の「核軍縮」の義務は、その後の両国の核軍縮交渉の土台となってきたといえる。このようにNPTが、国際法上、包括的な核兵器廃絶計画の柱ないし基礎的な体制となっている事実を見落としてはならない。例えば、戦略兵器制限交渉(SALT)や中距離核戦力交渉(INF)、戦略核兵器削減交渉(START)などの一連の核軍縮交渉も、NPT第六条の「核軍縮」の義務の履行にあたる。
 しかし、米ソ両国が長い間、条約上の義務を十分に履行してこなかったことも事実だ。例えば、「部分的核実験禁止条約」(PTBT)の前文にある「核兵器のすべての実験的爆発の永久停止の達成」は、いまだに履行されていない。確かに一九九三年末の戦略核兵器削減交渉(START2)では、核兵器の大幅な削減が実現した。それでも米ロ両国の核兵器は、それぞれ三五〇〇発も残り、イギリス、フランス、中国の核兵器は手つかずのままだ。それで、NPTの改正の際に、核兵器の廃絶の具体的なプロセスを含めるべきだという議論も生まれてきているのだ。

条約改正の困難
 NPTの抜本的改正・強化が肝要であるにしても、条約の改正という法技術上の問題からすれば、改正はほとんど不可能に近い。「すべての核兵器国の改正の批准書」が前提となっているからである(第八条「改正」)。つまり、アメリカ政府一国が改正に反対すれば、改正することができない。そこでこうした困難を克服する方法がいくつか検討されている。
 一つは、現行のNPTに「議定書」(あるいは宣言や決議)を付け加えるという方法である。しかしこの方法も、そう容易ではない。一般に付属議定書は、ラテンアメリカ非核地帯条約がそうであるように、例外を規定するもので、条約本文の規定をゆるめるものになるのが普通だからである。
 もう一つは、現段階でNPTの改正が不可能なので、NPTの延長期限を一年ないし五年というように、期限を区切る方法である。つまり改正の条件が整うまで、何回も見直しの機会をもてるようにするものである。これまで、NPTの再検討会議は五年毎に開催されてきたという経過からすれば、五年毎の延長というのは現実的な可能性があるだろう。
 あと一つは、部分的核実験禁止条約や核分裂物質の生産禁止条約のような現実に改正が可能であったり、実現の可能性の高い条約をNPTの改正期限に先行して達成することで、実質的に、NPTを改正する方法である。現在、世界の反核運動が追求しようとしているのは、主に後の二つの方法であろう。

核兵器廃絶への道筋
 一九九五年のNPTの有効期限の改訂時は核兵器の廃絶にとって、非常に重要な機会となる。つまり、実質的にNPTを真に有効なものに「改正」できれば、核兵器廃絶の道筋をつけることができる。
 この点で明確にしておきたいのは、核兵器の廃絶とは、現在の核保有国が核兵器を廃棄するだけではなく、新たな核兵器をもつ国が生まれないようにする、ということである。原水禁の主張する「非核社会」とはこれである。つまり、包括的な核兵器の廃絶を達成しようとするならば、核拡散の防止を確実なものにしなければならない。そのためには、NPTの期限切れ以前に、包括的核実験禁止条約や非核地帯の遵守、そして核分裂物質の生産禁止協定などを実現しなければならない。それに成功すれば、核兵器の廃絶は決定的な流れとなるだろう。
 冷戦が終わった今、NPTの改正を求める運動を国際的に巻き起こすことによって、包括的な核兵器の廃絶を目指すべきであり、この機会を逸してはならない。原水禁もまた、原水禁世界大会の国際会議で、世界的な行動を提案した。その提案は、カザフ共和国で開催された「地球的反核同盟」(GANA)の国際会議にも取り入れられた。おそらく一九九四年一〇月には、アメリカにおいて大行動が行われるであろう。その際の運動の柱は、以下のものになると思われる。

包括的核実験禁止条約の締結
 一九九〇年のNPT再検討会議では、非核兵器国が「包括的核実験禁止条約」に調印しないならば、NPTの延長に反対するという強行な意見が出されていた。一九九一年の部分的核実験禁止条約の「修正国際会議」も同様であった。こうした世界の圧力のもとで核実験のモラトリアムが来年の九月までされた。アメリカでは一九九二年一〇月に「核実験停止法」が発効したが、それによると一九九六年まで核実験ができるが、九七年からは他の国が核実験をしない限りアメリカの核実験はすべて禁止される。カナダで行われた米ロサミットでの合意でも、「包括的核実験禁止条約の交渉を開始する」とされている。
 こうした一連の状況をみると、核実験の全面的禁止は、時間の問題となってきている。来年一一月には、アメリカの上院議員選挙が行われるが、核実験の全面禁止を支持する議員が過半数を占めれば(僅差)、包括的核実験禁止条約の交渉へと一気に進む可能性がある。世界の反核運動もそこに焦点をあてはじめている。

非核兵器地帯の遵守
 NPTでは、「地域的な条約を締結する権利に対して、影響をおよぼすものではない」(第七条「地域的非核化条約」)と消極的な規定を見いだすのみである。しかし、NPTがもともとは非核地帯設置の提案から生み出されたという経緯を考慮するとき、NPTの加入国は「非核兵器地帯」を遵守し保証する義務を負っているといえよう。
 冷戦構造が崩壊したいま、「積極的安全保障」の道を進んでいた国々の安全保障政策も非核地帯の設置を促進する方向へと転換しつつある(日本は例外)。非核兵器地帯を設置しようという動きは、世界中で今後ますます大きくなってくるだろう。とりわけ、国連海洋法などを踏まえて、核のゴミの海洋投棄やプルトニウムの海上輸送なども非核地帯構想の中で論じられるようになってきている。NPTの改正・強化をめざす運動の一環として、太平洋諸島サミットなど、太平洋地域の運動も活発化してきている。

核分裂物質の生産禁止協定
 すでにみたように「特殊核分裂性物質」の「処理、使用もしくは生産のために特に設計されもしくは作成された設備もしくは資材」(第三条「転用防止のための保障措置」)の禁止も提案されている。つまり、プルトニウムなどの核兵器用物質とその生産設備(再処理工場など)を禁止しようというのである。これはNPTの運用についての五年毎に開かれる再検討会議でもしばしば問題となってきた。例えば、スウェーデンは、IAEAを拡充すれば「兵器用核分裂物質の生産禁止に関する将来の条約に関する作業は、確固とした基礎の上に技術的な理由による遅滞なしに進展しうる」として、核分裂物質の生産禁止に踏み切るように求めている。しかし、米ソ両国などの核保有国は核軍拡競争の最中にあったため、これらの提案を真面目に取り上げてこなかった。
 現在では、すでに米ロ両国とも、プルトニウムなどの核分裂物質の生産を停止している。核軍縮交渉の枠内でいえば、相互了解事項となっている。従って、米ロ両国の間で核分裂物質の生産禁止協定を締結し、それを他の核保有国に広げ、最終的には多国間条約にするという方法が考えられる。実際、アメリカの天然資源防衛協会(NRDC)などの八の団体が核分裂物質の生産禁止協定の締結を求めている。

核分裂物質の国際管理と査察
 核分裂物質がすでに大量に世界に拡散しており、今後も増加するとみられている。そこでプルトニウムなどの核分裂物質を国際的に管理する必要が生じている。START?を促進するのは当然であるが、膨大な核兵器の解体のプロセスを制度化することが大切であろう。地球上にあるすべての核兵器をコード化して登録することによって、核兵器の移転や流出を防止し、あわせて、核兵器の解体にともなうプルトニウムなどの流出も防止しなければならない。こうした核兵器の廃絶過程の明確化は、当然のことながら核兵器保有国の核兵器や核物質、そして核施設の査察を含むものとなるであろう。つまり条約を平等なものにすることになる。

(『月刊社会党』93年11月号掲載) 


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