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■軍艦島(正式名:端島)のご紹介

 ※R4/5/20誠に勝手ながら、当光隆丸の軍艦島クルージングは一旦業務終了とさせて頂きました。
        これまでのご愛顧、本当に有難うございました。

 2015年「明治日本の産業革命遺産」が世界遺産として登録され、その一つが軍艦島(正式名称 端島)
です。
 軍艦島は、光隆丸が通常、お連れしている釣り場”三ツ瀬”から東北東に位置し、外観が戦艦「土佐」に
似ていることからそう呼ばれます。
 1810年に漁民が露出している石炭を発見して以来、明治23(1890)年、三菱社の買収により、本格的な
炭鉱施設として採掘が開始されました。もともと浅瀬であった部分が、炭鉱の採掘で運び出させる土砂や
”ボタ”等で周囲が順次埋め立てられ、現在の広さ(長尺480m、短尺160m、周囲1.2km)にまでなりまし
た。
 最盛期の昭和30年代には5000人以上の人が住み、現在でも形を残す鉄筋コンクリートマンションが処
狭しと立ち並び、当時の東京の約9倍という世界最高の人工密度をを誇っていました。
 水道や電気はもちろん、学校、病院、プール、体育館、映画館、パチンコ店、戦前〜戦後には遊郭まで
存在し、お寺に神社、各お店、また付近の野母半島などからの頻繁な行商など、当時のまさに近未来都
市でありました。
 国内最古とされる鉄筋コンクリートマンション(30号棟)も存在し、ここにはなんとマンションにかまどがあ
り、時代の交差点が感じられます。
 しかし、国のエネルギー政策が、石炭から石油に移る中で、産業的な役目を終えて昭和49(1974)年1月
閉山となり、以降は灯台だけが機能する無人島となりました。

 参考文献:軍艦島「全景」/2008年12月/オープロジェクト/三才ブックス

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