えっせいなんておしゃれな文章には、なりそうもないのですが、まあ暇つぶしにでも、お読みいただき、『ふむふむ、心当たりあるなあ』とか「なんだ、そんなことか」お聞き流し(?)頂きますように。


■ Vol.11 | 2009年8月13日号 ■
『かたづけもの』と本
 バザーを開くことになったが、うちには、「引き出物」とか「お歳暮」などのサラッピンの物が、殆どない。いやほとんどという言葉をとったほうがいい。ちょっといきなりはという私の見栄ですね。そんなに非交際人ではないと本人は思っているのですが。でも、ありません。

 本なら、美術関係書籍、美術雑誌、美術全集(それも薄っぺらくて、絵が大きい作歌別のもの)はいろいろあります。

 あとは雑学本、随筆や旅行記などなど。

 大昔。昭和30年後半から40年代は、青春時代。本はお小遣いがあれば買うもの、図書館で借りるもの。乱読、積読の薦めをお書きになっている文学案内書などを読んでは、つんどくも読書の作法なんだとまで思い込んでいた時代もありました。

 最もその殆どは岩波。角川、中公など「新書」や「文庫」と言われる形のソフト製本ものです。

 平成になる少し前に実家に引っ越しをして、環境がかわって、図書館に行く事がなくなったことと、スペースだけは部屋のあちこちに出来たことが災いして、もう読む機会もないだろうと思いつつも、私のちっぽけなコレクションなんていうつもりはさらさらないにしても、やはり密かに自分の思い出深い本は、手放せないものなのです。

 しかし、いつの間にか世界文学全集は、古本屋さんへ。買い取ってもらうような価格がでないことに唖然としたこともありました。世界の文豪の脳みそから、紡ぎ出されて日本で翻訳されて、小説が書かれた当時の著名画家や挿絵画家の銅板画や手描きスケッチ入で美しい装丁箱入の全集本なのに、書店主に苦虫をかみ殺したような顔で引き取っていただいた後、他の段ボールに入れていた、美術書や新刊書のお陰で、千円札が返ってきたので、書店の棚を見回って、めぼしい古本一冊2冊を買っては、ほくほく顔になったものでした。まあ活字から離れられない本好きの人間なのでしょうね。

 ところが、最近は古本屋さんへも行く時間も興味も薄れていたのですね。

 しかし、バザーに本というものが果たしてこの日本で、この街角で手にする人種がおられるのでしょうか?いてほしいと思いますが。人通りの少ない通りで、1時間や2時間の間にどれほどコインに替えられるのか、これは挑戦といった方がよいイベントかもしれませんね。

 さて大阪の有名古本屋さん、まだあったかしら?

 いやあ、極端ないい方かもしれないですが、古本を捨てるのは自分たちの言葉、文化を捨てるのと同じじゃないかしら?   女性が好きなパリのセーヌ川には古本屋さんが屋台を並べています。3〜4年前にも健在でした。本だけでなく古い写真のカードや額なんかも大事に売られています。

 大阪の古本屋さんがんばって下さい。やっぱり本はどんな本でも捨てないで古本屋さんへ持っていってみようと思うこの頃です。



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