■ Vol.10 | 2009年3月8日号 ■
≪ 札幌の音楽カフェ『パリアッチ』店主 蔵 隆司さんのエッセイ Vol.3 ≫
汗かきチェリスト
某日、二年振りくらいだろうか、札響のチェリストY君が顔を出してくれた。東京でのリサイタルを終え、久々の休日だそうである。チャーミングな奥様とご一緒だ。その二年間の時間を埋めるのが大変だったが、それはともかく、ひさびさLP の話題について書くことにする。

彼はコンチェルトの経験も豊富、最近ではショスタコの熱演が札幌では話題になっている。僕もチェロ好き人間だから、当然話に熱が入り、いつの間にかロストロヴォーヴィッチの演奏について語り始めたとたん僕は思い出した。「Y君、ロストロのドボコン(わかりますよね、ドボルザークのチェロ協奏曲の略)、レコードで聴いたことある?」「いいえ、CDだけです!」「聴いてみる?」「是非聴いてみたい」というやり取りになった。

その前にひとつ付言。僕のLP棚にはドボコンだけで12枚ある。若いY君の知らないチェリストの盤もある。もちろんコレクターにとってはたいした枚数ではないだろうが、貧しい僕の棚に同曲の演奏が12種類というのは異例である。だからそもそも僕のコレクションではないのだ。こんな店をやっていると、たまさか、「もう、プレーヤーを手放したのだから、捨てきれないLP貰って下さい」と申し出がある。そんなコレクションの中のひとつなのである。その方はブラームスのヴァイオリン協奏曲10種類を同時に持ち込んだ。続いて『新世界』が15枚。僕は申し訳ないけれど苦笑を堪えつつ「ありがとうございます」と言うしかなかった。そんな収集法(癖?)もあるのだ。

さて、ロストロのドボコン、指揮はカラヤン、ベルリンフィル。1968年ベルリンはあのイエス・キリスト教会(なんとも素敵な音響空間)での録音である。レコードに針が下ろされた。じつに深い、低音の深い広がりと高音の繊細さ、ロストロは自在に音楽を作り進み、カラヤンは余裕の伴奏をつける。カラヤンに?の僕もやはり名盤という外ない。じつに大きな音楽がスピーカーを震わせる。

そしてY君、疲れを癒しに珈琲を飲みに来たはずなのにやっぱりチェリスト、次第に没入していくのが良く分かった。奥様もこうなっては耳を音楽に集中せざるを得ない。

僕は、「悪いこと勧めちゃったな」と半ば後悔、でも嬉しくも楽しい40分だった。

3楽章が終了、さて彼の顔を窺った。ナント、額に汗ビッショリなのである。奥様が笑いながら「この人、他人の演奏を聴きながらよくこういう事あるの!」。

最も嬉しかったのは、Y君「レコードって、CDで聴こえない音が聴こえるんだ!」と言ってくれたこと。LPくん、ありがとう!!


それにしても一言反省の弁。音楽を生業としている人が来店した場合、僕は、原則その人の専門にする分野の音楽は流さないことにしている。今日はその矜持を破ってY君を疲れさせてしまった。ゴメンなさい。

PAGLIACCI 蔵 隆司

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