■ Vol.6 | 2007年10月29日号 ■
クラリネットの名匠
 栗満月を過ぎた日曜午後 カール・ライスター70歳記念演奏活動50年記念コンサートを聴いた。大阪のザ・シンフォニーホール。 10.28.(sun) 07

 前半は、ピアノ伴奏で。
  ・R. シュトラウス ロマンス(ピアノ版)
  ・ベートーヴェン アデライーデ op.46 (編曲 イヴァン・ミュラー)
  ・マスネ 「タイス」の瞑想曲 
  ・シューベルトの歌曲集「美しき水車小屋の娘」 D.795から
  ・好奇心の強い男/どこへ 
  ・涙の賛美 D.711  
  ・セレナード「聞け聞け、ひばりを」D.889
   (以上4曲編曲:カール・ベールマン 〜当日のプログラムより〜)
  ・おまけ マックス・レーガーの ロマンス 
   〈 ピアノ伴奏 土居 知子 〉

 久しぶりに聴いたライスターのクラリネット。と言ってもそんなに何度も生演奏を聴いた訳ではなのですが、何年か前、関西フィルハーモニーで、北欧の作曲家のコンチェルトを聴いて以来。
 そのころ、もうたしか60を越えていて、座って演奏していた。年齢には勝てないのかと思っていたら、いやそんなのは早計で、ものすごく感動した。

 茶道、華道という言葉があるように“クラリネット道”とはこういうものだと、心技一体のものだと目から耳から入って来た。押しつけではない、立ち居振る舞いの美しさが音楽に表れているのだ。クラリネットと言う楽器は、管楽器であるから、吹いているうちに本体(黒檀でできている)の穴に水滴がたまり易い。黒檀の本体には金属のキーがたくさんついている。本体の穴と接触する部分の水分をとって置く動作もまるでお茶の作法のようだった。水を打ったような楽章の間に胸のポケットから小さな吸取紙を取り出して、すうっと一回、音もなく拭き取り、すっと胸ポケットへ。無駄なく。動じるという言葉はこのひとにはないと思われる程、「名人の所作だ」と今もはっきり記憶がある。

 今回も裏切られない。期待通り。今回はピアノ伴奏のソロは立ち演奏。
 カール・ライスターはクラリネットの名工中の名工だなと、また改めて思う。もちろんベルリンフィル首席時代のパワフルさとは違う。しかし、年輪を重ねて湧き上がるものの、なんと豊穣なことか。
 音質がとくになめらか。音と音とがどんなに高低があっても管楽器とは思えない、どこで切れ目があるか分からないビロードのような感触である。楽器としてのクラリネットという次元を超えて歌うように吹いているというと大げさかしら。
 シューベルトの歌曲を持って来たのもさもありなん。なるほどなるほどと夢心地にさせてもらう。曲も暗くなくて今日の私にはちょうどいい。

 休憩を挟んで、
  ・モーツアルト クラリネット五重奏曲 イ長調 K.581
   〈 加藤 知子 Vn. 三浦 章広 Vn 川本 嘉子 Vl. 山崎 伸子 Vc.〉

 ファーストヴァイオリンと対峙する席順ではなく、ヴィオラとセカンドヴァイオリンの間に囲まれるスタイル。
 この曲は、夢見心地には、聴けない。1楽章の終わりで拍手がぱらぱらとあった。
 2楽章は、最も美しい曲想。エンディングに彼は吹いているかどうか分からないほど長いフェルマータで、音と沈黙の世界へと一本のエボニーに聴衆を引込む。
 3楽章 メヌエット これもビロードのごとく。涙がでて来そうなくらいにテンションが高くなっている。
 4楽章(アレグレット・コン・ヴァリツィオーニ)は、緩急変化に富み、弦との絡み合いの中、曲想は果てしなく、美しいけれど、クラリネット演奏そのものは、何度も緊張を強いられると思われるにも関わらず、ごつごつやおずおずでもなく、まさに磨かれた璧の品格。すごいなあ。幸せ感! 会場では、30代くらいであろうか細身の落ち着いた若い女性がスタンディングしていた。

 職人という言葉を決して芸術家の下という意味ではつかわない意味において「クラリネットの名匠」という冠をきっと喜んで受け止めているように思えた。


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