■ Vol.4 | 2007年1月7日号 ■
≪ 札幌の音楽カフェ『パリアッチ』店主 蔵 隆司さんのエッセイ Vol.2 ≫
LP ・・・ 兄に内緒で
 その日も、ニコニコとふくよかな笑顔を見せながら来店。G婦人は拙店がクラシックを聴かせる喫茶店と、開店間もない頃からのお馴染みさんから聞いてお馴染みさんになってくれた方である。カウンター越しに見える原始林もお気に召したらしく季節の移ろいについて多弁になる方でもある。
 特筆すべきは、じつに行動力に溢れかつ好奇心旺盛な婦人でもある。仕事を引退され、自宅にこもり、箸の上げ下ろししかしないご主人を支えるため自由時間はきわめて制限される由。したがって好きな音楽を聴く、画廊に行く、陶磁器の掘り出し物といえば脱兎の如く自宅を飛び出すなどなど、自家用車は必需品である。だから少し距離のある拙店にも来れるのだと、のたまわる。そんな彼女に対し、それまで僕としては特に意識したわけではないのだが、来店のときにはCDを掛けていたらしい。時に、お喋りのほうが得意といった素振りが多いからかもしれない(失礼)。

 その日、「シベリウス、この演奏いいですよ」と、なにげなくLPを取り出しヴァイオリンコンチェルトに針を落とした。僕は、あまりお客のご機嫌取りが得意でない。要は自分の聴きたい音楽を掛け続けることが多いのだ。その日もそんな調子だった。
 その途端である。婦人が椅子から飛び上がった。次の瞬間、背筋をピンと伸ばし(座位ならば正座である)座りなおした。「この音は違う!!」と叫ぶのだ。
 僕のほうがビックリしたことはご想像いただけるでしょう!!
そして婦人曰く、「レコードの音だわ!!」すっかり感激、陶酔しきった声である。しばらく無言。そして2楽章に入ってからだ。「学生時代、兄のレコードを内緒で聴き入っていたことを思い出していました。いまのCDの音と何かニュアンスガ違って聴こえます。」恐れ入ったのは僕のほうでした。CDとの音の違い、そしてLPの持つ人間感情への鋭い刺激効果。婦人は、3楽章を聴きおわると、目を潤ませながら退店された。

 次回、G婦人が来店された際には、もう、CDは掛けられないなと僕は自分に言い聞かせた。オッと、シベリウスの演奏はどうだったのか聞き漏らしてしまいましたが。


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