補正行為の法的意義



1 はじめに
 補正手続の適正化そして近代化は、司法書士が登記代理の専門職能として安心して登記
手続代理を行う上で、是非とも成し遂げる必要があるものと考えます。
 将来的には、不動産登記法の中に補正手続適正化に向けての立法化が是非とも必要と考
えますが、現行法の枠内においても工夫すれば、もっと仕事がやりやすくなる部分があるので
はないかと考察してみました。

2 書類の不備と補正行為
 日頃、登記代理を行っている司法書士は、依頼者から持ち込まれる登記原因証書等の書類
の誤記に気付かず、訂正.補完をしないまま登記申請書に添付して申請行為を行った様な場合
には、不動産登記法第49条5号若しくは7号の却下事由に該当することになる場合があります。

 多くの場合、ちょっとした記載ミスであったり、申請の直前に地目変更や道路用地の買収など
により物件の表示などが変更になっていたりすることが多いのです。しかし、この様な場合、登
記官や調査係の人柄によっては、訂正補完を許さず、当該申請事件を取り下げるよう勧告を受
けることもあります。
 この様な明らかな書類の記載ミスの訂正補完を許さず、登記申請事件を取り下げて申請をや
り直すように勧告する登記官の行政権力の行使が、果たして正常な市民感覚からみて妥当性
を有するものと言えるかどうかは、読者のご判断に委ねるとして、司法書士の立場からは、そう
簡単に取下勧告に応じる訳には行かないケースが多いのが現状です。何故なら登記申請は、
不動産取引の代金決済と同時履行の関係に立っていたり、銀行などの融資の先履行の条件に
なっている場合が多いのが実状だからです。

3 原因証書の補正行為は可能か
 さて、登記申請の代理権を授与された司法書士は、登記申請が法務局になされた後、先のよ
うな原因証書などに不備があった場合に、その原因証書や委任状などの記載事項を当然の行
為として特別の授権なしに修正、訂正、補完などの行為ができるといえるのでしょうか。

 もし、この補正行為が可能であるなら、日常の司法書士の登記代理も不登法49条第5号や第
7号の却下事由に該当する部分が減少し、安心して職務を遂行できることになるでしょう。
 私は、この補正行為は、依頼者からの特別の授権なくして当然にできるとの解釈には無理が
ある(末尾資料参照)ものと考え、既に10年程前から予め依頼者から「訂正、補完などの補正行
為をする権限」をも受任事項として代理権の範囲として含めております。そして業務を行う上で
は、次のようなゴム印を作成し、定型委任状にも加えてあります。
 商業登記の委任状も同様です。

《登記原因証書及び本件登記申請委任状の訂正、補完に関する件》

法人登記の委任状
《上記登記申請書に添付する付属書類の訂正若しくは
補完に関する件並びに原本還付請求及びその受領の件》

4 補正行為の法的意義
 さて、冒頭にも述べた様に、ちょっとしたミスに対して、申請書に付箋が付いたり、補正箱に申
請書類が入って登記が進行されない場合があります。司法書士としては、誤記に気付かずに書
類を提出してしまったという後ろめたさから、心情的にはお上に補正を許してもらって行っている
という感が強いのが実際のところではないでしょうか。
 しかし、良く考えてみると、そもそも申請人がなす不登法第49条の補正行為(注)は、お上から
恩恵的に許され、認められるものでしょうか。

 
注 【不登法第49条但し書き】 「申請の欠缺が補正することを得べきものなる
 場合において、申請人が即日にこれを補正したるときはこの限りにあらず。」


 そこで、この登記手続における補正行為の法的意義について少し検討してみましょう。
 登記制度は、既にご承知のとおり優先順位確保(不登法第6条)や対抗力の取得(民法第177
条)を通じて、憲法第29条の「財産権の保護」と結びついた法律制度であります。

 仮に、権利者.義務者の当事者が不登法26条に基づき共同申請(本人申請)行為を行ってい
ると想定した場合に、登記官から書類上の不備の指摘を受けた場合、つまり不登法第49条の
却下事由に該当する様なことがあった場合には、この共同申請の当事者は、書類上の訂正補
完をすれば手続上の欠缺がなくなり、却下事由の障碍がなくなる場合でも、常に取り下げなけ
ればならないのでしょうか。

 誰が考えても、その様な馬鹿げたことはない筈です。申請人は、法律上不利益となる却下処
分を免れるため(換言すれば、不登法上の順位保全と民法上の対抗力の付与を得るため)に、
書類の訂正、補完をすることにより、不登法上の欠缺のない書類に補完、訂正して、不動産登
記手続における右法律上の地位を確保できてしかるべきと考えます。
この事は、不登法第49条に前記のとおり補正に関する法文があることから明らかであろうと考
えます。
 つまり、これら申請人がなす補正行為の法的意義は、不動産登記手続における法律上の地
位.権利を確保するために必要な行為であり、憲法第29条の財産権の保護(基本的人権)と結
びついた法律上の権利であると言えましょう。
 従って、申請人がなす補正行為の法的意義をこの様に捉えると、もし登記手続上において不
備があり、書類の訂正や補完で不登法上の欠缺が治癒されるようなケースであるにもかかわら
ず、登記官がこれをさせず、あえて取下を強要したりするような場合においては、申請人の側と
しては、申請人の権利を不当に奪うものとして、違法性(=不法行為)が生じると法律構成する
ことも可能であろうと考えます。また、刑事法の観点から見れば、登記官の補正を許さない行為
の態様如何によっては、公務員職権濫用罪(刑法第193条)に該当すると評価することもできま
しょう。

 翻って、この補正行為の問題を登記代理人司法書士に当てはめて考えてみても全く同様の
理論が成り立つものと考えます。

 補正行為の法的意義をこの様に解釈すれば、日頃、登記代理人として原因証書やその他の
書類に不備があっても、依頼者から「書類の訂正、補完などの補正行為をする権限」の代理権
の授与を受けておれば、法律上の当然の権利行使として補正をすることができるものと考えま
す。

 さて、皆様は、補正行為についてどの様にお考えでしょうか。


参考文献 昭和54年10月号 登記研究 P91 質疑応答

【5706】《添付書面の補正について》
「要旨」 司法書士は、登記申請当事者が作成した登記原因証書、議事録等のいわゆる添付書
面の記載事項について誤記等がある場合、これを訂正して補正する権限は当然にはない。

問 登記申請に関する一切の権限を委任された司法書士は、登記申請当事者が作成した登記
原因証書、議事録等のいわゆる添付書面の記載事項に誤記や変更があった場合に、これを訂
正して補正する権限がありますか。(登記研究生)

答 かかる書面は、作成した者がすべきものであって、登記申請の委任を受けた司法書士の権
限内に、当然には含まれるものではないと考えます。
 以上
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神奈川県司法書士会

司法書士 野田 順一


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