メディエーション場面における法的介入の在り方



目  次


1.はじめに

2.中立性維持に関するこれまでの論議

3.中立性維持のための二つの論議の問題点

4.利用者のニーズと調和可能なMediatorの応答基準を解明するために
    (1) Mediationの意義と中立性維持の目的の再確認
    (2) 利用者ニーズを分析、分類
5.Mediatorの応答基準とは
    (1) 結 論
    (2) Mediatorの基本的な立場とは
    (3) 情報提供を求めるニーズ類型の応答について
    (4) 専門家の力や判断を頼りとするニーズ類型の応答について
6.実践的な応答行動についての論議

7.応答(情報提供)の時期と注意点

8.最後に

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 《神奈川県司法書士会会員  野田 順一》



1.はじめに
 司法書士がMediator(調停人)になる場合、Mediation(調停)の実施場面で当事者から投げかけられる法的な質問やある事実の法的評価、判断を求められた場合、これにどう答え、どう対応したら良いかが悩みの種である。
 もし理想的なシステムとして、Mediation設営場面以外に両当事者にそれぞれ法的助言を行える人員を常に確保し、必要に応じて直ちに法律相談が受けられる体勢を確保でき、そこに委ねることができればそれに越したことはない。しかし、現実問題としては、人員不足や運営面でそのような設営は困難である。また、たとえそのような人員と相談機関が別に確保できたとしても、次のような事態に遭遇してしまうのである。すなわち、当事者の話し合いは、相互関係のうえに成り立っていることから、当事者から法的な助言、判断、評価を求められる場面は、話しの成り行き上いつでも生起してしまうのである。もしMediationの理想型を追求するとすれば、そのような事態が起こるたびにMediationを一時中断し、別の相談機関にいちいち助言や判断を受けるよう求め、再びMediationを再開するという運営の仕方にならざるを得ない。しかし、手続実施者側としてそのようなMediationの理想型を追求する運営の在り方そのものが、果たして円滑なMediation手続と言えるのか、疑問が湧いてしまう。他方、利用者の立場からみると、法律問題を持ち出す都度、右往左往させられる羽目になる。
 このように考えると、Mediationの実施場面で、当事者から投げかけられる法律問題に、実際にどう向き合い、どう対応したら良いかが重要な課題となっているのである。
 ところが、この課題は容易ではない。その背景として、この問題を考察するに際しては、Mediationの基本理念を尊重しつつ、Mediatorの中立性をいかに維持するかとの命題とも抜き差しならない関係に立っていることを重視する必要がある一方、更にやっかいな問題として、他方においてMediationを利用する当事者の立場からみると法律に明るい筈の司法書士Mediatorは、法律問題が絡んだ事案について法的助言や交通整理をしてくれるだろうとの当然の期待を寄せているニーズを、Mediationの基本理念及びMediatorの中立性との関係でどう受けとめて応答すべきかについて、法律家の使命と役割との関係でどう理解し整合性を保つことが必要かという側面も同時に問われているからでもある。
 そこで本稿では、このような紛争当事者のニーズ(期待)は、ごく当然であるとの認識で受けとめつつ、他方Mediationの中立性を維持しなければならないという命題のもと、司法書士Mediatorはこれら依頼者のニーズとの関係でいかに整合性を保ちながらMediationの手続実施者としての役割に応えることが可能となるかについて考察してみたい。


2.中立性維持に関するこれまでの論議

レビン小林久子助教授(注1)は、Mediatorの中立性を貫くために、紛争の要因となっている事実や事柄について当事者から評価や判断を求められた場合でも、これらは一切行わないとする調停人としての姿勢を貫くべきとしていた(注2)。  当委員会内部においても、この中立性維持の問題について司法書士はどう対応すべきかが大きなテーマになっている。平成15年〜16年頃の議論としては、同助教授の講座を受講した影響もあるためか、ある委員もレビン先生と同様の見解で、そのような事態が生じている場合は当事者に一度持ち帰ってもらい、別の機関で他の司法書士や弁護士に相談を求めるべきではないかとの見解が述べられていた(注3)。  その理由としては、法律相談の役割とMediationの役割はそれぞれ異なっていること、法的評価・判断を下したり助言をしてはMediatorの中立性が崩れMediation自体が成り立たなくなるので、それらは別の機関で行ってもらうことが必要と考え、それに応ずべきでないとする見解である。  これに対し、利用者の司法書士に寄せるニーズを単に中立性維持という理念をもって切り捨てるのではなく、利用者のニーズを踏まえて総合的に考察することが必要との観点から、「社会規範としての公正さの保持」と「中立性保持の問題」とは別問題ではないかとの指摘がなされ、肝心なことは「その調停において求められる中立性とは何なのかを常に事案ごとに把握・認識しながら調停を進めることであろう。」と述べられていた(注4)。
 これら二つの立場は、委員会内部でも未解決のまま今日に至っている。

    注1 レビン小林久子助教授(九州大学大学院法学研究院助教授、紛争管理論)
    注2 平成15年1月10日から4日間にわたって九州大学大学院法学研究院の紛争管理研究センター
     において開催された紛争管理研究セミナーの「司法関係者紛争管理セミナープログラム」における
     同助教授の質問に対する解説。
    注3 平成15年度神奈川県司法書士会定時総会「別冊資料集104頁」
    注4 前掲「別冊資料集106頁」

3.中立性維持のための二つの論議の問題点
  確かに、前段の立場に立つとしても、一般人(非法律家)がMediatorを行う場合であるなら、「そのような法律問題が絡む事柄はここではお答えできません。ですから別機関で相談してから再びお越し下さい。」と、利用者のニーズを一時回避するような応答でも許されるかもしれない。ところが司法書士Mediatorが設営するMediationにおいて、同様な理由でそのニーズを忌避するとしたら、果たして利用者に納得できる忌避理由と映るであろうか。
  よって、この立場は、法律家職能であるがゆえの応答矛盾を常に抱き続けることになる。
 他方、前記後段の立場である「社会規範としての公正さの保持」と「中立性保持の問題」とは別問題であるとの認識に立ち、「調停の中立性とは何かを事案ごとに把握・認識しながら調停を進める」との見解は、観念的に理解できるものの、では実際の場面でどのようにそのニーズに向き合い、これを受けとめて行動すべきかの行動基準としては、今ひとつ具体性に欠けるのではないかと思われる。したがって、この立場は更に掘り下げて具体的行動基準を明らかにする必要がある。

 かくて、司法書士Mediatorの元における中立性維持の課題は、利用者ニーズを正面から受けとめつつ、法律職能であるがゆえの、応答行動とその応答基準はどうあるべきかが次の課題となるのである。


4.利用者のニーズと調和可能なMediatorの応答基準を解明するために
 さてそこで、本稿の課題を解明するためには、次の観点から検討を加えて応答基準の結論を導き出す必要があると考える。
 ひとつの観点は、Mediationの意義と中立性維持の意義を再確認すること。もう一方の観点は、利用者のニーズの特質を把握して分類化したニーズの側面から前記Mediationの意義概念と矛盾しない整合性のある応答を探ることである。

(1) Mediationの意義と中立性維持の目的の再確認
  さて、Mediationの意義と中立性維持との関係についてである。まずMediationの基本理念を復習すれば、Mediationとは第三者が譲歩を強いたり裁断して解決するのではなく、話し合いによって、当事者自身が紛争解決にとって一番良い方法を自分で発見し、紛争解決を自分で下すことがMediation理念の中核である。換言すると、この自己決定による自主的解決によって人はトータルな面で納得して真の満足を得ることになる。Mediatorは、この自主的な話し合いを促進する(Facilitate)ために不可欠な存在であり、話し合いが有効に成立し存続するためにMediatorに中立性の維持が求められているのである。
  これらの関係は、話し合いが自発的な任意の意志によって成り立っている以上、一方が中立ではないと認識した途端に話し合いが崩壊する運命にあることから導き出される。レビン小林助教授は、この微妙な話し合いの均衡を維持させる調停人の役割と当事者の立場について、中立性との関係で次のとおり指摘している(注1)。
    ア.調停人は、一方ではなく当事者双方に奉仕義務を負っている
    イ.調停とは、両当事者が対等に話し合うことで問題を解決する方法である
    ウ.その人が相手との問題の解決方法として調停を自由意志で選んだ以上、(略)調停人から個人的支援を受けることを期待すべきではない
  ところで、同助教授の右見解は、一般人がMediatorに就任した場合に求められる役割であるなら頷ける。しかし、本稿の目的は、それに留まらず利用者ニーズとの関係で、上記にプラスαして、司法書士職能としての能力資源を活用する余地は無いのかについて検討し、更にもしそれが可能であれば、その場合の応答基準を探ることにこそある。
 次に、もうひとつ要素である中立性の維持という観点についても確認しておきたい。
さて「中立性の維持」という意味を考えた場合、そこにどんな概念が浮かんで来るのだろうか。そこで中立性について考えている場面は、恐らくそれまでの自身の経験や観念からご自身が基準となってあれこれ想像を巡らしているに違いない。ちなみに、筆者自身もそうであった。しかしレビン小林助教授によれば、調停における中立性とは調停人が「中立(平等)でいる」と思っていることと、当事者から「中立(平等)だ」と判断されることは同じではなく、調停人は、当事者の眼から見た中立(平等)を保つことが求められている、と指摘されている(注2)。

    注1 レビン小林久子著「調停への誘い」80頁 日本加除出版
    注2 前掲同書 18頁
  以上の観点は、利用者のニーズに対し司法書士Mediatorが応答する場合の応答基準を考える場合において、Mediationの理念と調和し、且つ当事者の目線からみて「中立性が保たれている」と認識されるような行動や応答をする為には、どのような応答基準が考えられるかを探るときに忘れてならない視点である。

(2) 利用者ニーズを分析、分類
  さて、もう一方の観点としては、利用者の側に立った観点である。利用者のニーズとしては、法律問題が絡んだ事案については、司法書士Mediatorが何らかの法情報の提供をしてくれたり、混乱しているときは交通整理をしてくれるだろうとの期待を当然のことながら寄せている。そこで、応答基準を考察するに際しては、利用者ニーズの特質を分析して、分類整理することが必要となる。その理由は、もしMediatorが利用者のニーズを分析する視点を欠き、ごちゃ混ぜにして受けとめていたのでは、Mediator自身混乱を招くばかりで的確な応答ができないし、きちんと応答するためにはニーズの内容と特質を把握してはじめてそれに的確に応答することが可能になるからである。
  そこで、先ず当事者から投げられるニーズの中身を想定してみると、次のようなふたつの類型のニーズを含んでいることに分類できるのではないだろうか。
 すなわち、利用者は、司法書士Mediatorに、
    @類型 「的確な助言をしてもらいたい。ある行為や事実について法的評価や判断をしてもらいたい。自分にとって有利な方向で相手方を説得してもらいたい」などの、専門家の力や判断を頼りにしようとする類型のニーズ
    A類型 「法的に不明な点がある場合は情報提供をしてもらいたい。自分の抱えている問題は法的にどう見るのが妥当か。その事実関係はどう法的評価されるのかについて教えて欲しい。もし混乱が生じているようであれば整序(交通整理)をしてもらいたい。」など、利用者にとって自己決定や判断の指針となる情報提供を求める類型のニーズ
  これら@、A類型のニーズは、ある局面において片方だけであったり、二つの側面が同時に顕現してくる場合もあり得るだろう。また当事者にしてみると、この性格の異なる二つの類型のニーズの特徴を明確に意識化できているわけでもないことを押さえておく必要があると思われる。   ここで一点付言しておくと、実はMediation委員会内部においても、これら二つの側面を持つニーズ類型を、従来どちらかと言えばごちゃ混ぜにし「法律相談」というジャンルでひとくくりにしてきたきらいがある。その影響もあってか、Mediatorの応答と中立性の維持はどうあるべきかについての論議をする際に正しい理解を困難にする障害になっていた点があったことを、ここで反省しておきたい。
  かくして、この第二の観点からは、Mediatorの応答基準を解明する鍵は、前記利用者ニーズの区分に応じてそれぞれ応答策を考察する必要があることが浮き彫りになった。


5.Mediatorの応答基準とは
 さて、前記二つの観点からの示唆をふまえたうえで、Mediationの理念と中立性の維持に調和するMediatorの応答基準、すなわち司法書士のMediation場面における法的介入の在り方について私見を述べてみたい。
 (1) 結論
  私見としての結論は、司法書士Mediatorが行う応答行為の基準は、「法規範や法律常識一般の情報提供に留める原則を貫くこと」にある、と指摘したい。
  この基本原則を貫く応答をすることにより、司法書士Mediatorが中立性を維持しつつMediation理念に反することのない手続実施者として職能の能力資源を提供することが可能になると考える。
  以下、司法書士Mediatorとしての応答基準の考え方について述べてみたい。

 (2) Mediatorの基本的な立場とは
  当事者は、自分の抱えた生の具体的事実関係や懸案事項について、質問や疑問点を何のためらいもなくMediatorに投げかけてくる。そのようなとき、応答の仕方を誤り、一方の求めに応じて漫然とMediatorが応答してしまえば、中立性を崩壊させかねない事態になってしまう。そのような応答は他方当事者からの目線から見ると、相手を支援しているとも受け止められかねない。そうならないためには、自分の応答が常に「自主的解決に資しているかどうか」、「自主的解決に資する」ことに悪影響を及ぼす応答を行っていないかどうかをポイントにして、そこを基準にして応答することが必要になる。それゆえ、司法書士Mediatorの応答基準としては、先ずこのポイントに着眼し、そこをきちんとおさえておくべきと指摘しておきたい。「自主的解決に資しているかどうか」を応答の基準にすれば、その一線を越えるような応答は、当然自主的解決というMediationの理念に反することになるし、中立性を侵すことにつながってくる。
  ちなみに、「自主的解決に資する」ものかどうかは、Mediatorが紛争当事者の置かれた状況や言動を全体観察していれば、自ずと把握できるものである。そして、その基準に合致させるための応答のタイミングも、応答の射程範囲を如何にすべきかも、自ずと判明する。また、Mediatorは「自主的解決に資する」と称して請われもしていない事柄について率先して過剰に応答(提供)する必要はない。むしろ求めに応じて必要な都度応答すれば良い。他方、「自主的解決に資する」ことに悪影響を及ぼすような応答としては、例えば、一方に有利な情報や他方に否定的な法情報を提供したり、一方を助言・支援していると受け取られかねない応答はすべきではないだろう。また、投げかけられた質問に対してレスポンス良く解答を明示してしまうような応答では、「自主的解決に資する」という本質面から乖離しかねないので、一旦Mediatorの中でニーズを受けとめ、留保する応答姿勢を取ることが必要になる。

 (3) 情報提供を求めるニーズ類型の応答について
 利用者の司法書士Mediatorに寄せるニーズについては、先にみたとおりである。
そこで、A類型の「利用者にとって自己決定や判断の指針となる情報提供を求めるニーズ類型」の応答基準は、いかに在るべきかについて検討してみよう。
  司法書士Mediatorとしては、A類型のニーズに対しては、やはりきちんと応答(対応)することが必要であろう。すなわち、当事者が法情報の不足や自分の置かれた状況が見えていないとき、或いは誤った前提事実の元で自己決定しようとしているときは、Mediatorはむしろきちんと情報提供をすることによって、Mediation自体の進路を誤ることを避けることに手続実施者としての責務があると言えよう。
   問題は、その応答の仕方である。例えば、当事者が自分が抱えている具体的事実に係わる問題について、”その法的評価をどう見ているか”とMediatorに質問を行ってきた場合を想定してみよう。もしMediatorが過去の習性から「はい。それは◎△です」、「▼★となるので、◇★と考えるべきです」などと、レスポンス良く情報提供をしてしまうような応答はいかがであろうか。そのようなご親切な応答は、前述の「一旦Mediatorの中でニーズを受け止め、留保する応答姿勢を取る」という基本姿勢は欠落し、Mediatorとして「自主的解決に資する」という視点が忘却されているため、明らかに誤りである。
 では、具体的にはどのような応答が求められるか、である。

 筆者は、次のように理解している。すなわち、Mediation場面において、もしこれら類型のニーズを突然投げかけられたときは、Mediatorの基本的スタンスとしては、一旦Mediatorの中で受け止め、留保する応答姿勢をまず取ることが必要となる。そして、ニーズの意図や真意を把握したうえ、もし情報提供をするなら事前了承を取り付けたうえで、生の事実や課題から距離を置いた客観性や普遍性を伴った題材に質的変換処理(Transformation)された情報の提供を行うべきと考える。
 つまり、利用者からのニーズに対しては、Mediatorのなかで次のような行程処理を行ったうえ、提供するのである。
 @ Mediatorの意識としては、予め当事者から生の具体的事実や抱えた問題を前提にした質問が出されるだろうとの予測をしておき、そのようなニーズが出たときは常に距離を置くことが意識化されている。
 A その意識を持ちつつ、ニーズが出されたときは一旦Mediatorの中で当事者の意図を受けとめる。
 B Mediatorの中で当事者の抱えている問題や意図をフィルター変換する。すなわち、投げられた質問事項や疑問点などについて、一般化をする作業をして、問題点を要約(Summarize)する。
 C 要約化され、一般化した問題点を普遍性あるものとして脚色処理する。
 D 最後に両当事者に情報提供する。つまり脚色処理された成果物として、「法律常識一般、或いは最近の判例の動向という観点からは、○☆のように考えられている。」という具合に法規範や法律常識一般の情報として提供にする。
 E その提供された情報を当事者がどう受け止め活用するか、判断の指針とするか否かは当事者に委ねる。

 以上の処理過程をもう少し具体的な問題として取りあげてみよう。例えば、法律知識や法情報が足りないためにその人なりの判断が下せずに混乱していたり、或いは間違った前提事実の元で決断をしようとしているような場合には、「少し、専門的な知見から整理してみたいと思いますが、いかがでしょうか。」と口火を切り、事前了承を取りつけたうえで、次のように展開を図れば良いと思われる。すなわち、混乱要因となっている前提事実をわかりやすく分解してMediatorが解説したり、或いは「◎◇のようなケースの場合は、△★と法的評価されることが一般的です。」と解説したり、「このまま放置したり、▲★すると一般的にはこのようなことが問題となります」と情報提供することも有効であろう。更に、「最近の判例の動向では◎○のように考えられています」という具合に、当事者の抱えた生の現実と切り離したうえ又は右例示のようにTransformation(質的変容)することによって普遍化し、脚色された情報を提供することに徹するのである。

 このようなフィルター処理と脚色処理された普遍的情報が提供されることによって、当事者にしてみると、それは専門家から示されたある種客観化された情報源となり、本人が自己決定や判断するときの指針となって受け入れやすくなるのである。ちなみに、このようなフィルター処理、脚色処理された情報は、当初ニーズとして投げかけられた題材そのものではなくなっていて質的変容されているため、相手方からみても中立性を侵すものとは映らず、むしろ自分の行動や自己決定するときの指針にもなると言えよう。

(4) 専門家の力や判断を頼りとするニーズ類型の応答について
  前記@類型の「専門家の力や判断を頼りにした類型のニーズ」に対する応答行為については、いかがであろうか。
  思うに、このニーズをまともに受けとめ、Mediatorがそれに即応する応答行為は、Mediationの理念である「自主的解決に資すること」に繋がらないのみならず、一方を支援することになり、結果として中立性が崩れ、Mediation自体が成り立たなくなることは明らかである。例えば、利用者から投げられた法的評価・判断や助言を求めるニーズボールに対し、Mediatorが「はい。それは◎△です」、「▼★となるので、◇★と考えたほうが良いでしょう」などと、何の疑いもなくレスポンス良く返球を返してしまうような応答の仕方をしていては、Mediation自体が成り立たなくなることは明らかであろう。何故なら、そこには、司法書士Mediatorの判断や評価を背景に相手方を説き伏せようとする一方当事者の期待に沿ってしまっている反面、評価されたり断罪される立場に立たされる他方当事者は、被告人の立場に立たされることになる。その結果、自主的な話し合いによる紛争解決という当初の目的からは、ますます離反して行かざるを得なくなる。ちなみに、そのように判断したり法的評価をする者は、通常Mediator(調停人)とは呼称せず、裁判官、仲裁人と称し、相談者に有利に展開するよう具体的に解決方法を明示する役務を法律相談と称する。したがって、司法書士Mediatorはこのような応答をすべきでないことは明らかである。
  では、@類型のニーズに対してどのような応答行為をすれば、Mediationの理念と中立性の維持の概念と矛盾せず、且つ整合性を持つ応答が可能となるか、についてである。
  筆者の見解は、この@類型のニーズとして投げられたボールは、前述と同様に一旦Mediatorの中で受け止め、留保する応答が必要ではないかと考える。つまり、そのニーズに対して即応せず、違った観点から異質なサインを出して当事者の目の見える場所に大切なボールを扱うようにそっと置くことが必要ではなかろうか。具体的には、例えば、「そのご質問については、ここでお答えすることは中立性を崩すことになり、Mediatorとしてはお答えできません。しかしその問題は、お二人の抱えている重要な関心事ですので、その問題は、一時ここに置き、別の観点からご一緒に考えてみてはいかがでしょう。話し合う過程の中で良い解決案が見つかるかも知れません..。」と。
  以上、検討してきたように、たとえ@類型のニーズであっても、Mediatorの受けとめ方の問題として、フィルター処理され且つTransformation(質的変換)された応答をすることによってMediationの崩壊を予防し、中立性を維持しつつ新たな展開へとつなぐことが可能になることを指摘しておきたい。


6.実践的な応答行動についての論議
  ところで、過去、Mediation委員会内において実際のMediationの実践面で当事者から投げかけられたニーズボールに対し、どう対応すべきかについて論議が交わされたことがある。その時の論議のやり取りを「資料1」にまとめてあるので参考にしていただきたい。


7.応答(情報提供)の時期と注意点
 以上、利用者の司法書士Mediationに寄せるニーズを踏まえつつMediationの理念と中立性維持との関係でMediatorの応答行為の基準について考察し、具体的な応答について概観してきた。
 そこで、最後にこれら応答を行うタイミングについて触れておく必要があるので、以下、指摘しておきたい。なお、この問題は、前述したMediationの基本理念と密接に関係する重要な問題である。
 すなわち、紛争を抱えた当事者を前にしているとき、法律問題の絡むニーズボールを突然Mediatorに投げかけられた場合の、応答行為のタイミングについての指摘である。
 実は、この指摘は、過去委員会内部において、中立性維持との関係で、Mediatorの法律情報の提供行為はいかにあるべきかを論議しているときにある委員から筆者に寄せられたものである。委員の指摘は、当事者の置かれた状況や感情面を重視して、その提供時期を配慮すべしとの指摘であり、きわめて示唆に富む。

 そこで、その論議のやり取りを「資料2」として添付しておくので、参考にしていただきたい。


8.最後に
 以上、本稿では司法書士がMediator役を担う場合において、Mediationの中立性を維持しつつ、且つ利用者からの法的ニーズに如何に応答すべきかについて検討し、私見を述べてきた。これら検討結果から明らかになった事柄の本質は、Mediationの基本理念と法律家の使命との間の微妙なバランスのうえに成り立っている難度の高い微妙な問題であったことに気づいた次第である。本稿のそもそもの発端は、冒頭の「はじめに」の箇所で述べたように、実は当委員会のメンバーがMediatorとして実際の様々な紛争と向き合い、当事者の生の声に直面し、Mediatorの本来的役割との関係で悩み続けた結果、浮上していた課題であったのである。このような試行錯誤を積み上げた過程を経た結果の結論としては、このような極めて微妙な問題を継続して扱うためには、相当高度な法律知識の修得と共に、人間関係学や心理学的素養を背景とした質問・傾聴のスキル、そして人の能力を引き出したり、促進する関わり方をするFacilitatorのスキルも併せて研鑽する必要性を痛感するに至っている。ところが、これらスキルは、知識や座学で修得できるものではなく、体験学習を通じて失敗を繰り返し身体で会得するものであるので、先ず参加して体験行動することが不可欠となる。
 しかし、これには恐れる必要は無い。参加し行動することによってより多くの「気づき」があり、それがいかに楽しいことかを実感する。そしてMediatorという立場から改めて紛争概念自体を問い直してみると、そこには従来の法律家の発想にはない全く新しい風が吹いていることに気づくであろう。その風には、人間の感情や心理、価値観という深い部分に着目し、そこを大切にするという人間尊重の精神が根幹になっていて、Mediatorの関わり方のスキル(技法)の修得も、その部分に重点が置かれていることに更なる驚きと新たな発見(気づき)が生まれることに間違いない。
 従来型の法律家は、どちらかと言えば要件事実というごく限られた枠の「ものさし」を用いて、もともと感情や価値観と切り離せないトータルな認知枠を有する存在である筈の人間の行動について法的評価を下す役割を担ってきた。その役割自体は、司法制度という社会システムになっている以上やむを得ないのであるが、最近筆者は、この「人間はトータルな認知枠を有する存在である」ということに気づいて、はじめて物事の本質が見えてきたようにさえ思える。つまり法規範や社会規範という「ものさし」で物事の是非を判断したり人の行動に指針を示しても、それ以外の、人として抱えている感情や価値観など、人間的側面(水面下の人と人との関係的過程「プロセス部分」)についてきちんと受けとめ、トータルな面で解決したり指針を示せない限り、人としての本当の納得感や満足感につながらないことに、はじめて気づいたのである。その意味で、従来型の法律家の「ものさし」は、人間の納得度や満足感という「ものさし」に照らすと、もともとは大変な欠陥商品なのである。
 この欠陥商品であるという新しい「気づき」は、実は、逆の面から言えば、人間の感情や心理、価値観という深い部分について配慮しつつ依頼者と関わるという新たな着想に立ってみると、対人関係においてこれまで味わうことの無かった満足感を共感したり、深い信頼関係が構築できたりするなど、様々な場面で依頼者の満足感に直結する法的役務を提供することが可能になるようにさえ思える。
 その意味で、このような新しい風を感じ取れる感性を持った司法書士とっては、新しい発見や気づきがあったり、日常の対人関係において循環型の良い影響関係を及ぼす相互作用によって、計り知れない可能性を秘めた人間関係の資源が待ち受けていることを指摘し、結びとしたい。
(野田 順一)


Copyright (C) 2006 Junichi Noda

資料1


 
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実践的な応答行動についての応答例

  ☆☆☆★☆☆☆☆☆★☆☆☆☆☆☆★☆☆☆☆★


神奈川県司法書士会Mediation委員会


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例1
> 第◎回のMediationの実施場面で、利用者YがMediatorHに対して次のように質問した。

> 質問「私(Y)はすでに夫の債務につき相続放棄していますが、私は賃貸人(X)に対して延滞賃料を弁済する
義務があるのでしょうか?」

応答例: そのような具体的な事実を前提とする判断や、権利があるか無いかとのご質問には、ここでは応じられません。と。
但し、相続放棄についての一般論で申し上げれば、先ず第一に、被相続人が有していた債務も、当然相続の対象と
なります。次の問題としては、相続放棄の法的効果については、放棄した方は、相続人にはならないのですから、
賠償義務を相続することはないのです、と。

…………………………………………………………………………………………
例2
> 上記例では、恐らく相続放棄についての一般的法情報を提供すべきという回答
でしょうか?
しかしながら、それに続いて「それでは、私には賠償義務はありませんね?」
> と、問われたら、回答はしないということでしょうか?

応答例: ここは、そのような義務があるとか無いとかの判断をする場所ではありませんので、原則としてお答え出来ません。と。
   しかし、皆さんのお話し合いについて、法的に混乱があったり法律解釈に明らかな誤りがあると思われるときは、
話しを整理する意味で法的知見を示す場合があります。これは、誤った前提事実を元に合意形成されることを防ぐ意味からです。と。

…………………………………………………………………………………………

例3
> 第☆回のMediation場面で、賃貸人Xが、賃借人の妻Yに発した言葉
> 「いくら別居して離婚の裁判をやっていようが、これまでれっきとした夫婦
だったのだから、妻であるあんたには、法的にも責任があるんだよ」
> という発言に対し

応答例: ここは、Mediatorの交通整理の場面だと思われます。
ちょっと整理したいのですが、宜しいでしょうか。
 Xさん お尋ねします
 Xさんは、奥さんYに夫婦の法的責任があるとご指摘されていますが、そのお考えをもう少し詳しくご説明頂けますか。
 この場面では、当事者の認識の誤りや答え方の内容如何によっては、法的知見を一般論として示しつつも、ここは、
法的論議をする場ではないことを伝える。


…………………………………………………………………………………………

例4
> 第X回のMediation場面で、申立人である妻乙が、M Mediatorに対してなされた質問
> 「パソコンで、幼なじみの同級生の女性と、かなり親密なメールを
> やりとりしているのは、不貞行為になりますか?もしそれが原因で離婚し
> たら、慰謝料はどの程度もらえますか?」



応答例: ここは、Mediatorの交通整理が必要な場面だと思われます。
この場所は、具体的な行為を捉えてそれが不貞行為だと評価したり判断をする場所ではありませんので、
それについては、お答え出来ません。と。
 交通整理の応答: ちょっと整理したいのですが、その件で確認させて下さい。
 つまり、乙さんは、ご主人が幼なじみの同級生とメールのやり取りをしていることを、そのときとても
心配なことだと受け止めたということですね。と。

…………………………………………………………………………………………

例5
> 4,第☆回のMediationで、相手方会社の担当者が提示した解決案
> 「それでは、こうしましょう。問題のB子の、保険積立金が会社で
> プールされ、金○○万円あるので、その分を御社にお支払いましょう」

応答例: ここも、Mediatorの交通整理の出番だと思われます。
 ちょっと整理したいのですが、宜しいでしょうか。
 B子さんの保険積立金を使うとのご提案ですが、将来的に、積立金を第三者が使ってしまうとすれば、
どのような問題点が生じるのかについて皆さんは認識しておく必要があると思いますので、その点について、
情報を得るという意味でSub Mediatorのお知恵をお借りしたいと思いますが、いかがでしょうか。
 当事者からお願いしますとのOKサインが出たら、Sub Mediatorに問題点を指摘してもらう。
そのうえで、新しい情報を取り入れ、当事者が解決案として二次案を考えるよう続行する。

…………………………………………………………………………………………

例6
概括的には
> 以上、例を挙げるとキリがありません。つまり、私がSub Mediatorを行うとして、 最も不安に思うことは、
> (1) 法律判断や評価を行わない
> (2) 一般的法情報の提供に留める
> という二つの間の線引きが、Mediationの実践場面において、私自身がきちんとなしえるか、ということです。
当日実践されるMediationを具体的にイメージしてみると、恐らく私自身、(1)については、Sub Mediator
として、極力回避しなければいけない、という意識が働き、(2)についてもかなり消極的な説明しかできな
いと思われます。

解答例: 上記の線引き(区分けの基準)は、Mediationの理念である利用者の「自主的解決に資するため」に、
Mediatorは個々の場面で中立性維持との関係でどう対応すべきかの問題だと思います。
 つまり、具体的事実や当事者から生の問題を投げかけられたとき、その課題にどう向き合い、
どう受け止めるかの問題だと思いますが、これに関しては、そのような場面では、当事者の生の主張を、
自分の中で一旦受け止め、その受けとめた対象物を一般化して言語として表現するとどうなるか、とい
う第三者の観点から捉え直し客観化する作業をすることがフィルターの区分け基準を働かせる思考につ
ながることだと思います。
(N委員)


資料2

   
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法情報提供の是非とその時期について

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神奈川県司法書士会Mediation委員会


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M委員の見解
> 1.調停者は何の判断も当事者に与えてはならないと私は思います。
> 2.調停センターのシステムの中で調停者とは別のセクションが
> 法的情報を提供することには異存ありません。

上記見解に対しN委員が
 Mediatorの基本的スタンスは、M委員の見解のとおりだと思います。
理想的には、Mediatorとは離れた場所に一方当事者のための相談員が居て、当事者が法的助言を求めた
場合には、その都度的確な助言や情報提供が受けられるシステムが理想形態だと思います。
 しかし、そのような相談員を確保できない場合、或いはMediationの進展状況によって、そのような専門的な
法情報の提供を当事者が求めてきた場合においては、「法律情報の提供」も、「紛争の要因として混乱している事柄
について法的整序もここでは行いません。」と断って片づけることが、果たして当事者の自主的紛争解決(Win-Win)
の理念に結びつくことなのでしょうか。との問題提起に対し。

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M委員の見解
> わたしは、法情報の提供に先立って敵対的な感情の対立を鎮めることが
> 先決である・・・と、思います。
> これは、法的な思考や評価をないがしろにするという趣旨ではありません。

> 法律家は感情を排除して要件事実を最重視する傾向があります。
> 要件事実を重視することは問題ないのですが、感情を軽視する態度はよくない
> と思います。

> メディエーターの望ましい段取りからいえば次のとおりです。
> 1.当事者の感情を受容して感情のしこりを揉みほぐす。
> 2.冷静になれた当事者に対して法的知見を示し、理性的に自己決定させる。
> と、いうふうにことを運ぶべきではないでしょうか。
> その理由として、まず、「感情」は「言葉」になる以前の原始的な情動ですから、
> 本人に語らせることにより言語化(=客観化)することにより慰撫されます。
> メディエーターは「聴く」ことにより本人の言語化をエンパワーすることができます。
>
> この1の段階を経て、理性的な対話が成立する環境になって、はじめて法的な
> 視点が(当事者ポジションとしてではなく)正しい意味をもつことになるで
> しょう。

> 繰り返しになりますが、
> 1.感情的な対立が激しい場面で法律論を展開すると、法的正当性が当事者
> のポジションとして利用され、対話が阻害されてしまう。
> 2.そこで、とりあえず法律は脇に置いといて、対話の促進に全力をそそぐ。
> 3.そしてついに当事者同士が冷静な対話を成立させられる状況になったら
> 「実は今回のことは法律的には△△なんですけど、どうします?」と、いうふうに
> 切り出すのが良いと思うのです。

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神奈川県司法書士会

司法書士 野田 順一

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