今月のメッセージ

主はこの母親を見て、憐れに思い、

「もう泣かなくともよい」と言われた。


ルカによる福音書第7章13節


 

一人息子の葬列に付き添って泣いていた母親に向かって、

主イエスは「もう泣かなくともよい」に語りかけられました。

そして主は死んだ息子をよみがえらせてくださいました。

そうやって主はこの母親の涙を拭ってくださいました。

これまで愛する者の死を悲しむ多くの者たちが、

この主イエスの語りかけを自分自身に対する言葉として聴き、

力強い慰めを受けてきました。

この母親と同じように、

死んだその人をよみがえらせていただいたわけではありません。

それなのに「もう泣かなくともよい」との主イエスの言葉によって、

涙を拭っていただいたのです。


かつてわたしたちの教会の主任牧師であり、

2000年に病気のために逝去された米田奈津子先生は、

最期まで神に病の癒しを祈り願っておられました。

しかし右足にできた肉腫は癒されることなく全身に広がり、

最期の半年間はとても厳しい闘病生活をされました。

当時副牧師であったわたしは、

最期まで癒しを祈り続けておられた米田先生の姿を間近で見続けました。

そして米田先生の死後、ずっと心の中で問い続けてきました。

「先生はどんな気持ちで最期まで癒しを祈り続けておられたのか。

祈っているにもかかわらず癒されない現実を前にして、

どんなにか空しく辛い思いを抱えていたのではないか」。

しかしわたしは聖書の物語を読みながら気づかされました。

米田先生は癒しを祈り続けることによって、

主イエスに涙を拭っていただいたのだ!

病は激しい痛みとなり、米田先生を苦しめました。

そんな痛みと死に向かう孤独に耐えながら、

どこにも持っていくことのできない自分の気持ちを、

米田先生はひたすら神にぶつけておられました。

「主よ、癒してください。

この病からわたしを解き放ってください。

死に勝つ力を与えてください」。

祈っても癒されない現実が、

米田先生の心を空しくしていたのではありません。

逃げ場がなくなってしまう闘いの中で、

主イエスがいつも傍らにいてくださり、

その祈りを聴き続けていてくださいました。



そして主は、わたしたちの死の苦しみを共に担ってくださるために十字架で死なれ、

死の支配を打ち破って復活されました。

復活の主、いのちの主が最期まで米田先生の涙を拭い続けてくださったのです。

「もう泣かなくともよい」。

主イエスは傍らに立って、わたしたちにもそう語りかけておられます。









戻る