今月のメッセージ

あなたがたのからだを、
神に喜ばれる、生きた、聖なる供え物としてささげなさい。


ローマ人への手紙第12章1節


 

自分の身をささげて生きている姿を

「献身的な生き方」という日本語で言い表すことがあります。

自分の親のために、子どものために、友人のために、

あるいはこの世界でさまざまな困難を覚えて生きている人たちのために、

自分の身をささげて生きようと決心する場面をイメージしてみてください。

どんなにか肩に力を込め、気合を入れなければ、そんな決断はとてもできない、

そう思うかもしれません。

けれどもこの聖書はわたしたちがからだをこわばらせて、

緊張して生きる道として、

献身を促しているのではありません。

 

むしろフーッと深く息をついて、肩の力を抜いて、

リラックスして生きるために、神にあなたのすべてをささげてごらん、

そう語りかけています。

自分の力を頼りにして献身の道を歩むなんて、とてもできません。

だいたい自分の力で、自分のからだを、自分の人生を、

神の喜ばれるもの、聖なるものにすることなど、

わたしたちには決してできません。

神を悲しませる者でしかなかったわたしたちのために、

神は独り子主イエスの命を十字架にささげて罪を赦し、

わたしたちを受け入れてくださいました。

そのようにして神はわたしたちのすべてを、

今すでにご自分のものとしていてくださいます。

神がすでにあなたをご自分のものとしておられるのだから、

あなたのからだも人生も神に差し出して

「これはあなたのものです」と神の御手に置いてごらん、

この聖書はそう語りかけているのです。

 

この言葉を喜んで受け入れるなら、大きな恵みに気づかされます。

わたしの人生の主人はわたしではなく、神であられる。

それならわたしの人生の責任をわたしが負わなくていい。

思い通りにならない経験をする時にも、

これも神の御手の中にある道なんだ、と受け止めることができる。

どんな場所を歩んでいる時にも、

わたしたちは人生の主人であられる神に導いていただいています。

そうであれば、わたしたちの人生にはもはや成功も失敗もありません。

いつだってフーッとリラックスして生きることができるのです。






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