今月のメッセージ

憎しみは、争いを起し、愛はすべてのとがをおおう。


箴言第10章12節



 
ある方が、これは自分に向かって神が語りかけておられる言葉だ、
と言われ、こんな話をしてくださいました。

わたしはどうしても憎しみに負けてしまいそうになる時がある。
しかしそれではこの言葉が語っているように、
争いを深めていくことにしかならない。
けれどもある時、憎しみに負けてしまいそうなわたしの心にこそ罪があるのだと示され、
悔い改めに導かれた。
そして相手のことを愛し赦そうと思って、その人と接してみた。
すると相手もわたしに心を開いて、自分の思っていることを語ってくれた。
それで何の問題もなくなったというわけではないが、
この聖書の言葉が語るように、
愛は確かにその人とわたしとの間にある「とが」を覆うのだということがよくわかった。
そしてその方はさらにこう言われました。
「自分の罪にいつも気づいて悔い改めることが、どんなに大切であるかがよくわかりました」。

 自分の心が砕かれる時にこそ、聖書の言葉はわたしたちの心を打つものとなります。
聖書の言葉は他者をさばき、自分を正当化するために用いられるものではありません。
これに耳を傾ける者を悔いし砕けた心にする、
聖書はそのような書物です。

悔い改めに導かれる時に、わたしたちの心は重圧に押しつぶされてしまうのではありません。
むしろすべての重圧から解き放たれ、自由にされます。
「神よ、罪深いこのわたしを憐れんでください」
とひれ伏すわたしたちを、神の愛が覆ってくださるからです。
自分の罪深さをどんなに思い知らされようとも、
神の愛がわたしを覆っていてくださると信じる。
そう信じることができるからこそ、
わたしたちは恐れなく相手を愛する自由が与えられるのです。






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