今月のメッセージ



このように、あなたがた自身も、罪に対して死んだ者であり、
キリスト・イエスにあって神に生きている者であることを、認むべきである。


ローマ人への第6章11節








洗礼入会式のたびに、わたしはこの聖書の言葉を朗読しています。

洗礼によって与えられる恵みがこの短い言葉に込められているからです。

わたしたちは神に罪赦されるだけではなく、

もはや罪に死んだ者とされた。

罪がわたしたちを支配することのない人間とされた。

そして今神に生きる者とされている。

神がわたしたちのうちに生きていてくださる。

わたしを支えているのはもはやわたし自身ではなく、

神がわたしを生かし、支えていてくださる。

これこそが洗礼によって与えられる恵みである、

そう聖書はわたしたちに語りかけています。

だからこそ畳み掛けるように、聖書は「認むべきである」と語りかけます。

洗礼において与えられた恵みは信じ認めるべき恵みです。

もちろんわたしたちは弱さを抱え続けます。

時に弱さゆえに罪を犯すこともあります。

いや、日毎に悔い改め、日毎に赦しの恵みに立たなければ、

わたしたちは一歩も進んでいくことはできません。

けれどもそんなわたしが洗礼を受けた、

そんなわたしが罪に死に、神に生きる者とされている、そう信じる。

弱さを思い知らされながら、信仰の戦いを戦いながら、

神に生まれ変わらせていただいた自分であることを信じ続ける。

そう信じていいのだ、と語りかけるこの言葉は、

わたしたちにとって大きな慰めであり、力です。








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