今月のメッセージ



わたしは、更に進んで、

わたしの主キリスト・イエスを知る知識の絶大な価値のゆえに、

いっさいのものを損と思っている。


ピリピ人への手紙第3章8節







かつて渡辺善太先生という、大変に優れた説教者、神学者がいました。

この方はわたしたちの教会の先代の牧師である米田奈津子先生の恩師で、

奈津子先生の夫の米田豊先生の親友でした。

渡辺先生がある説教の中でこのようなことを言っています。

「生きるキリストの把握によって、生きた価値は決定される。

そしてその価値は日々新たです。

年々新たです。

しかもそれは道徳的、倫理的には決定されない。

生きたキリストによって決定される。

今ここにキリストは生きておられる、と信じ、

この方こそわたしの主と受け入れ、

自分の全てを委ねる時、

キリストによって価値が決定されて、

わたし自身の価値になる。

誰が何と言おうと揺るがない道が示され、

確かな生き方が与えられる」。

 

いったいどの道を選べばいいのか。

どのような価値を重んじて生きたらいいのか。

わたしたちはしばしばそんなふうに悩み、途方に暮れてしまいます。

どちらを選んでも、誰かが傷ついてしまう。

いや、どちらを選んでも、この自分が傷ついてしまう。

そう思って恐れ迷います。

しかも迷いの中で人の意見を聞けば聞くほど、

ますますどうすればいいのかわからなくなってしまう。

 

しかしこの聖書の言葉は語りかけます。

そんな時にこそ、ただ主キリスト・イエスに心を向けよう!

 主を知る心に生きよう!

どんな道を選んだとしても、

結局わたしは罪を重ねるばかりではないのか……

けれども主は、そんなあなたを決してお見捨てにならない。

最後まで主はあなたと共に歩まれ、愛し続けてくださる。

この主イエスを見つけよう!

主はあなたの罪を背負って十字架で死なれ、その死から甦らされた。

このお方だけにひたすら心を注ごう!

 神はこの主イエスを通して、あなたの罪を赦してくださり、

あなたを愛し受け入れていてくださる。

あなた自身がそういう人間とされていることを信じ続けよう!

そうやって主を見つめながら導かれた道、

与えられた価値ならば、

そこであなたは確信を持って生きていいのだ、

とこの聖書の言葉は語りかけています。

誰が何と言おうと、あなたは神に赦されているし、

その赦しの中でキリストに導かれて生きている。

そう信じ抜いていいのだ。

ただキリストを知る絶大な価値に生きよう








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