今月のメッセージ




彼は望み得ないのに、なおも望みつつ信じた。


ローマ人への手紙第4章18節













「もう希望を持つことができない。わたしは絶望してしまった」。

わたしたちは自分の置かれている困難な状況を前にして、

そう思うことがあります。

共に生きている人と愛の生活を重ねることに行き詰まってしまい、

「この人とはもうダメだ」と思ってしまうこともあります。

しかしそこで考えてほしいのです。

自分の状況や目の前の人について嘆いている時、

わたしたちは心の深いところで

自分自身に絶望してしまっているのではないでしょうか。

「こんな難しい状況を乗り越えることは、このわたしにはできない。

これ以上この人を赦し受け入れ続けるのは、わたしには無理だ。

わたしにそんな力はない」。

絶望とは、そのように自分自身に向けられた心の姿に他なりません。

 

この聖書の言葉が「望み得ないのに」と語る時、

そのように自分に対して望みが尽き果てていることを認めています。

しかしそこで終わらずに、さらに言葉を続けます。

「わたしは自分に絶望してしまっているが、

それにもかかわらず、わたしは望みつつ信じます」。

自分に絶望する心を踏み越えて、なお希望を持つ。

そのような希望は、

もはやわたしたちが自分でつかんでいる希望とは言えません。

そうではなくて、神がわたしたちに望みを抱き続けておられる。

そのように神がわたしたちに揺るがない希望を持ち続けておられることに気付かされたからこそ、

この聖書の言葉は生まれたのではないでしょうか。

 

わたしたちがどんな状況にいても、

どんな愛の破れを抱えていても、

神は決してわたしたちのことを諦めることをなさいません。

「わたしの信仰はこんなにも弱く、だから希望を持つ力などない。

わたしは何と罪深い者なのか。

神もまたこんなわたしへの希望を捨ててしまっておられるのではないか」。

そんなことはあり得ません!

わたしの内の望みの火が消えてしまったと思うまさにその時に、

神は生きておられる!

生きておられる神は、わたしの弱さなどに引きずられることなく、

わたしへの望みを抱き続けておられる。

そのような神の希望に支えられて、聖書は語りかけます。

「わたしは望み得ないのに、なおも望みつつ信じます」。














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