今月のメッセージ




生きているのは、もはや、わたしではない。

キリストが、わたしのうちに生きておられるのである。




ガラテヤ人への手紙第2章20節










キリストがわたしたちの内に生きていてくださる。

もはやこのわたし自身が生きているのだとは言えないほどに、

確かにキリストがわたしの中に住んでいてくださる。

そう語るこの聖書の言葉は、

どんな心境を言い表しているのでしょうか。

喜びに溢れ、感謝に溢れ、愛に溢れて、悲しみも悩みも何もない、

それほどまでに心高められた思いを言い表しているのでしょうか。

そうではありません。

この言葉を語ったパウロは、自分の愛が人に通じない悲しみを知っていました。

そのような悲しみを生涯抱えながら歩みました。

相手を心から愛することのできない自らの弱さを、

深く味わい続けました。

しかしそれにもかかわらずキリストはわたしを愛し続けてくださり、

いつも共に歩んでくださる、

それどころか、こんな弱く罪深いわたしの内に住んでいてさえくださる。

このパウロの言葉は、

キリストがそれほどまでに自分を愛していてくださる恵みを言い表しているのです。

神に愛していただく資格が自分にはある、

キリストを迎え入れる力がこの自分にはある、

わたしたちはそんなふうにはとても考えられません。

パウロも同じでした。

自分を罪人のかしらと呼び、

そのように自分の罪深さを思い知らされながら、

十字架にいのちを献げてくださったキリストがこのわたしの罪を、

いつも、何度でも、完全に赦してくださる、そう信じたのです。

それほどまでに徹底して罪を赦してくださるお方だからこそ、

このわたしの内にさえ住んでくださる、

そう信じたパウロの言葉を、

わたしたちも自らの胸を指差しながら口にすることができます。

こんなわたしの内に、キリストが生きておられる。

わたしたちはそれほどまでに神の受け入れられた聖なる存在なのです。










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