今月のメッセージ

もしあなたの敵が飢えているなら、
彼に食わせ、かわくなら、彼に飲ませなさい。
そうすることによって、
あなたは彼の頭に燃えさかる炭火を積むことになるのである。


ローマ人への手紙第12章20節





わたしは以前この言葉を、こんなふうに誤解していました。

「自分のことを傷つける敵に対して、食物や水を与えて親切にするなんてとてもできない。

わたしにはその人がどうしようもない罪人に思えてしまう。

それなのに、はらわたが煮えくり返る気持ちを押し殺しながら親切にするとしたら、

それは神がいつの日にかその憎い罪人に復讐してくださるのを期待するからではないか。

だから相手に親切にしながら、そうやって神の復讐の炭火をその頭上に積み上げ、

やがてその炭火で相手が滅びることを待ちわびる……」。

 

この言葉を解説するある本を読み、

そんなことをこの聖書の言葉が言いたいのではないことに気づかされました。

その本は言います。

「この炭火はその憎い罪人を焼き尽くすのではなく、その人の罪を焼き尽くすものだ。

神の怒りの炎は、すべての罪人の罪を背負われた主イエスに下され、

その結果主は十字架に死なれた。

だから神はこのわたしも、わたしの敵も含むすべての罪人に対して、

もはや罪に対する怒りの炎で滅ぼすことをなさらず、

むしろ罪人を赦し、わたしたちを受け入れていてくださった。

そのようにして神はわたしたちの頭上に燃えさかる愛の炭火を積まれた。

だからこそわたしたちも神がしてくださったように、

どんなに憎い相手をも愛して、

その人の頭上に燃えさかる神の愛の炭火を積み上げる。

その炭火はいつの日にかその敵の罪を焼き尽くして、

その人をきよめ、造り変えて、

もはや誰かを傷つけるのではなく、

神が愛してくださったように相手を愛することのできる人にしてくださる。

この炭火は罪人を造り変える炎だ」。

 

この本を読んだのと同じ頃に、

わたしはアメリカで黒人への差別撤廃のために身をささげて活動したキング牧師の説教を読み、

特に最後の言葉に心奪われる経験をしました。

「わたしは今朝、みなさんの目を見つめつつ、

全米と全世界のすべての人々の目を見つめながら、言いたい。

『わたしはあなたを愛している。

あなたを憎むぐらいなら、むしろ死んだ方がよい』。

そしてわたしは、あえて愚かにも、この愛の力を通して、

最も反発的な性格の人も変えられる、と信じている」。

 

この言葉に圧倒されながら、わたしはとても恥ずかしい思いになりました。

わたしはこれほどまでに神の愛の炎が持つ力を信じてきただろうか。

どんなに愛しても相手は何も変わらないと思う経験を自分なりに積み重ねながら、

いつの間にか諦めに心が支配されていたのではないか。

わたしもキング牧師のように、神の愛の炎の力を信じよう。

そのためにも、神よ、今あなたの愛の炎でこのわたしを造り変えてください!








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