今月のメッセージ

そのように、これらの小さい者のひとりが滅びることは、

天にいますあなたがたの父のみこころではない。


マタイによる福音書第18章14節




この主イエスの言葉に自分の名前を当てはめて、

読んでみてください。

「この小さい○○が滅びることは、

天にいますあなたがたの父のみこころではない」。

 

父なる神はわたしたちをどこまでも探し求めてくださいます。

神から遠く離れ、

自分の力では神のみもとに帰ることができない時に、

向こうからわたしの名を呼ぶ声が聴こえる。

御父が遣わしてくださった御子主イエスの声が聴こえる。

その声に返事をすることができないほどに弱り果てていても、

主は気づかないで素通りされることはありません。

必ずわたしを見つけ出してくださる。

見つかるまで探し続けくださる。

何と憐れみに溢れた語りかけでしょう。

主がこれほどまでに熱心に、

真剣にわたしたちを探し求めていてくださるから、

わたしたちは生きていくことができます。

 

そんな主の憐れみを知っているわたしたちだからこそ、

主は語りかけられます。

ここに、あなたの隣にいる人の名前を入れてごらん。

愛せない、受け入れられないと思うその人の名前を入れてごらん。

そう促されて、赦せないと思うその人の名前を入れてみる。

「この小さい○○が滅びることは、

天にいますあなたがたの父のみこころではない」。

 

この人が滅びることを、主は決して望んでおられない。

滅び、とは、死んでから滅びることではありません。

もし神の憐れみを知らないで生きているなら、

その人は生きながら滅びに身を置いているのです。

それは自分を振り返ればよくわかります。

神が憐れんでいてくださることを忘れ、

自分の力だけを頼りにしながら、

いつの間にか自己中心になっていて、

一緒に生きる人と愛しあうことができなくなっている。

それがどんなに深い悲しみであるかをわたしたちも知っています。

主はそんなわたしたちの、またその人の心の裂け目を、

溢れる憐れみの思いを注いで見つめておられます。

どうしても赦せないその人が、深い心の闇を抱えていて、

そのことを主イエスが悲しんでおられる。

 

人を赦す心とは、

主がその人に向けておられる憐れみを自分の心とすることに他なりません。

憎しみの心が変えられる。

それは憎しみを忘れて相手に対してニュートラルな心になることではありません。

主の憐れみの心によって、わたしたちの憎しみの心が覆い尽くされるのです。

「わたしの心をあなたの心としてほしい」と主は招いておられます。







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