私は「数学」なかでも「可微分写像の特異点論」という分野を専門と
しています。この分野を一言で説明するのはなかなか難しいのですが、
数学を大きく、「代数学」、「幾何学」、「解析学」、「その他」と
分けるとすると「幾何学」に属すると言ってよいでしょう。
でも代数学に属する概念や言葉、解析学に属する概念や言葉などいろいろ
使います。また、数学のみならずさまざまな応用があり、
「現代的な微分解析学」とも言えると思います。
これだけの説明ではさっぱりわからないかもしれないので、
具体例で説明します。次の図を見て下さい。
これらは、青色ガラスでできた物体に上から平行光線が当たっており、
平面上にその影が出来ている図です。
影の部分に注目して下さい。拡大しないと識別しがたいのですが、回転角が50度ぐらいになると濃い影が現れ、濃い影の境界上に
4つのカスプ型の特異な点があることがわかります。これらは
一度現れたら以後回転角を大きくしても消滅していないこともわかります。
影が人間の網膜に写されているものだとすると、回転角が約50度ぐらい
以前と以後とでは、この物体の見え方に質的な違いがあることになります。
そしてこの見え方の質的な違いは「カスプ型の特異な点があるかどうか」ということに他なりません。
さらに、回転角が55度から60度の間で影全体の内側
に光のあたる場所がなくなり、55度から60度の間で新たな質的な変化が起こっていることもわかります。
4つのカスプ型の特異な点を結ぶ4本の曲線が見えますが、
この曲線上のの点はちょっと動かすと薄い影の中に入ってしまったり、
濃い影の中に入ってしまったり、
光の当たる場所に入ってしまったりするので「特異な点」であるといえましょう。
そして、影全体の内側の光の当たる場所がなくなるかどうかは、この4本の曲線に
交わりがあるかどうか
ということで判別できますね。
このように、物体を動かしていったときの見え方の質的な違いは「特異な点」を調べれば
判別でき、「特異な点」を組織的に調べるための数学の理論を「可微分写像の特異点論」
といいます。上の具体例では、青色ガラスで出来た物体の平面への射影が物体(これは2次元多様体の
例です)から平面への可微分写像であり、4つのカスプ型の特異な点や4本の曲線上の点は、この
可微分写像の特異点の像(特異値と呼ばれる)となります。上の例で「特異な点」と呼んでいた
点は、可微分写像の特異点の像である点のことです。