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備前の隣は播州赤穂
備前市の東隣は赤穂市です。旧国名で備前と播磨の境です。(現在は岡山県と兵庫県です)行政区が違いますので近くて遠い感じがありますが距離は近いです。校区とか路線バスの交流がありません言葉も違います。赤穂市には旧備前の地区がありますので峠を越えたら岡山弁を経験できます。岡山弁と関西弁(関西では播州弁、播州では赤穂弁)が見事に分れています。昔はテレビは岡山の放送局のテレビを見ていました(ラジオは大阪の放送局がメイン)現在はUHF放送が主なので大阪、神戸のテレビを見てます。方言とかに興味のある人は注意してみてください。
大石内蔵助
大石内蔵助赤穂と言えば忠臣蔵、忠臣蔵と言えば大石内蔵助。これは御崎の公園にある銅像です。浅野家断絶後の処理をして赤穂から海路上方へ旅立つ姿です。討ち入りの華々しい姿が良く知られていますが、この旅立つ姿が一番大石らしいと言えます。今に例えれば理不尽な理由で会社を潰され家を失い・・・何を思ったか想像すると彼のすべてがここにあるように思います。この像がある公園は展望台のように瀬戸内海が見渡せます。西に小豆島、正面に家島群島そして天気が良ければ薄く横たわるように四国や明石大橋まで見えます。 赤穂御崎内蔵助が旅立ったと伝えられる小さな船着場です。遊歩道が整備されていますので散歩にもってこいの場所です。岩場で魚が釣れそうに見えますがあまり良いポイントではありません。足場が良いので多くの人が出入りをするからだと思います。
赤穂城
赤穂城裏門本丸の裏門(厩口門)から表門を見たところです。現在、公園として整備をしていますので重機が置いていたりして邪魔になりますがかなり整備が進んでいます。 石垣工事のため水を抜いている掘です。整備前はハスが茂っていましたが復活するでしょうか。石垣だけが残っているのも時代の流れを感じて良いものですが・・・平成の築城も木造で忠実に再建しているらしいので楽しみではあります。
山鹿流の陣太鼓の山鹿素行の銅像です。彼は赤穂に流罪で着たのですね。赤穂城は彼の学問を基にしたのであって彼の縄張りではありません。それにしても流罪地だったのか赤穂は。
花岳寺
花岳寺(かがくじ)は歴代の赤穂藩主の菩提寺です。笠間から赤穂に移ってきた浅野氏の創建になります。江戸時代の禅宗寺院らしい簡素で美しい建物です。宝物館や義士の木造があります。 花岳寺には四十七士の墓があります。泉岳寺から分骨されたそうです。泉岳寺の線香の煙が絶えないのを知っている人には少し寂しいですが。
赤穂浪士について知りたい人はこちらもご参考にしてください。