48-3:宮崎県 児湯郡高鍋町 高鍋大師  



所在地:宮崎県児湯郡高鍋町大字持田

取材時期:2010年10月

ジャンル:お祈り系

珍スポ度:☆☆☆(☆五個が最高得点)

念願の宮崎取材を行いました。金曜まで宮崎市内で学会参加していたので、土日とそのまま宮崎にとどまり、レンタカーを使って取材に勤しんできました。宮崎は、あのサンメッセ宮崎にあるモアイ像取材が長年の夢でしたが、今回しっかり取材できそう。お楽しみは明日に回し、まずは国道10号で市内から近い高鍋大師へ。前日の県庁見学時に観光案内所でもらったパンフにしっかり紹介してあったので、誘導看板なども充実しているのかとおもいきや、ナビには出てこないし、国道にはなんの標識もない。取材されるかたはしっかりと下調べされたい。

パンフにある超アバウトな地図と勘を頼りに畑のなかをウロウロすると、前方に小さい案内標識が・・・。あった!それに従い車一台がやっと通れる山道を行く。しばらく走ったろうか?道の左右に妙な石像群が・・・。うっ!それは近い、と感じさらに白のビッツを進めると、急に視界が開け、巨大石像群が眼に飛び込んできた。キターッ!と思わず叫んでしまったが、かなりキている。高台に大小数え切れない石像がごっそり。ビッツを停め、早速取材開始だ。

  

まずは一番目立つ十一面観音様からお参りさせてもらう。手を合わせ、一応心の中で取材の許可を頂いた(つもり)。御大師様ということなので真言宗なのであろうが、像を良く見て行くとスサノオノや水戸黄門様などもおり、ガチガチの真言系ということでもないらしい。それにしても、見よ!このオリジナリティ溢れる石像達を・・。二重ガッツポーズをとる十二面薬師、ゲジゲジかムカデのように多数の手が横に伸びる十一面観音。ライオンキングになって「うぉ〜」と吠えそうなスサノオ。どうなっているんだ?メインとなる、大きな像がこの調子なので、その足下にばらまかれている中〜小型の石像に至ってはもうやりたい放題状態である。

  

そうこうしている内に、どうやらちゃんとお堂があることに気付く。なーんだ、お参りするならこっちが先でしょう、ということで中に入らせてもらう。無人だがしっかりと手入れされており、靴を脱いでまずは弘法大師像(これは石像ではなく普通の像でしたね)の前に正座してお参りを済ます。このお堂はある意味資料館の様になっており、ここの創始者である岩岡氏の足跡が辿れるのだ。それによると昭和30年代に石仏づくりに目覚め、それ以来数十年かけて、この岩岡ワールドを造りあげたのだそうだ。宮崎にはモアイ像だけでなく、こんなグレートな石像芸術があったとは・・、恐るべし宮崎。現在はお孫さんがこのワールドを整備していらっしゃるとか・・。そういえば、お堂もそうだが、石像自体も綺麗にお化粧直しされていたし、周りの草刈りもしっかり行われていた。帰宅して調べてみると訪問の少し前に、地元のボランティアの方々と協力して清掃したとのこと。地元民からも愛されている広場だったんですね。健康かぞえ歌、老人かぞえ歌の歌詞なども掲示されているので、見逃さぬ事。

  

さて、ワールドの歴史も学んだし、石像群をさらに詳しく調査するのである。半分口をあけた鶴?3段に重なったカメなど、生き物系の像も少ないが点在する。岩岡爺の知り合いであろうか、スーツを着たおっちゃん像あり、祠の中には狐もいたりで飽きさせない。見ざる聞かざる言わざるをサルではなく人が演出している像も斬新であるし、助さん角さんを従えた黄門様も、名前が刻んであるので判別は容易だ。ふと気付くと我々の他にもう一人ピルグリムが・・・。麦わら帽を被ったおっちゃんが石像に刻んである文字を丹念に読んでいる。もしや、この人が岩岡老人のお孫さんか?と思ったが、どうもそんな感じではなかったので結局声を掛けられなかった。しっかりと岩岡ワールドを堪能して取材は終了したのであった。


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