28-2:山梨県 河口湖 船津胎内

所在地:山梨県南都留郡富士河口湖町船津 6603

取材時期:2005年7月

ジャンル:おいのり系

珍スポ度:☆☆ (☆五個が最高得点)

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山梨県 河口湖 船津胎内樹型

昭和のカラー文庫の草分け的存在である保育社のカラーブックス。最近これにハマッっており、古本屋などを巡っているのであるが、その中の一冊に「富士の自然(No.434)」というのがある。パラパラとページを繰っていると、とあるページが目に留まった。洞窟の奥にチンコ御神体が祀られているのである。な・なんじゃ、コリャ?と早速解説を読んでみると、そこは河口湖近くにある船津胎内神社という所らしい。それでは是非取材を、ということで甲府からの帰り道、土砂降りの中、立ち寄ってみた。

←カラーブックスより

東富士五湖道路、河口湖IC出た所の交差点をスバルライン方面に樹海の中をひた走るとやがて案内板が現れ、右に入ると直ぐに赤鳥居あり。MGと鳥居前に停め、「洞窟入り口→」に従い神社本殿に入る。社務所も兼ねており、神主さんがいるときには胎内入場券をそこで買えるのだが、当日はあいにく誰もいない。「いない場合はビジターセンターへ」と書いてあるので、傘を差しビジターセンター受付で200円?を支払い舞い戻る。入場料払ったんだからお賽銭は入れないよ、と思い鈴をガラガラさせ、パンパンと柏手。

 

それでは、賽銭箱裏の洞窟入り口より取材開始!階段を少し降りると、まさにそこは洞窟。直ぐに「肋骨あばら」の表示ありで、良く壁面をみると確かにあばら骨のように見えなくもない。さらに進むとしゃがんで行かないと進めないほど天井が低くなり、辿り着いた先は「父の胎内」。父に胎内なんてあるの?と疑問に思ったが、もしかしてこの場所が例のカラーブックスにあった場所か、と御神体を探すも見あたらない。これで終わりのはずがないので、引き返し分岐のあった所をさらに降りてみる。ここも天井が低いがしばらく行くと明かりが見えてきて外界への出口だ。なんだ、「母の胎内」も大したこと無いな、などと引き返して洞内案内図を観ると「母の胎内」は先ほどの出口近くにあった、とても入って行く気になれない狭い坑道なのだった。ちなみに岩波国語辞典:【胎内】子がはらまれる母の腹の中、となってます。

ここまで来た以上、「母の胎内」に入らずして帰るワケには行かない。坑道入り口から奥には一枚の板が敷いてあり、その上を進め、ということらしい。勇気を出して坑内へ進む。奥に行くに従ってどんどん狭くなり、終いにはしゃがんだ状態で摺り足で進む格好となった。ど・どこまで続くのだろう、と超不安になりかけたところで前方に光が見えた。しかし、その光に辿り着くにはさらに一段狭くなった入り口を、殆ど頭から入って行かねばならない。外界の雨により足下が水浸しだが、もう構っていられない。膝を水たまりに突っ込んで、いざ胎内へ飛び込んだ。

 

内部は一畳程度の広さ(狭さ)で、薄暗い中に賽銭箱や「木之花咲耶姫像」と彫られた石柱などが置いてある。一応賽銭箱前でパンパンし、ちょっと一息入れようとしたが、全然落ち着かないのでさっさと引き返すことにした。また出口でびしょびしょになり、摺り足で進む。部活動の練習をさせられているようだ、とほほ。やっとのことで出口に辿り着いた。結局、主目的であったチンコ御神体は撤去されてしまったようだ。残念、こんなに苦労したのに・・。ちなみにこの洞窟は富士山が噴火した際に流れ出た溶岩に押し倒された樹木が焼けて、その形が空洞として残ったものだそうだ。そういった意味では木の胎内と言えないことも無いだろう。一度行けばもういいかな、と思った珍スポでした。

写真:

リンク等:

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