○前田 均 (2003) 「七章 在外児童作文集に見る言語混用の実態---日本語と中国語を主にして」小島勝(編著)『在外子弟教育の研究』pp. 217-240, 玉川大学出版部

…今回は、新居格編『支那在留日本人小学校綴方現地報告』一九三九(昭和一四)年、第一書房、本章での略称A、在満日本教育会『皇紀二千六百年記念 全満児童文集 五・六学年』一九四〇(昭和一五)年---略称B、のみ確認することができた。 (pp. 219-220)

…一方で、地元民の話す変な日本語を記録した作文、また、地元民相手には日本人もそのような変な日本語を使う場面を記録した作文がある。

 きのふ、やさいやのにいやんが来ました。(中略)おかあさんは「きうりをかはうか。」といひながら、お外へ行きました。にいやんは「おくさんきうりかうよろしい。」といつて、きうりをいじつてゐました。おかあさんが、きうり二本かつて「二本なんせんかね。」といひながら、おうちへかへつて、お金を持つて来ました。にいやんは「二十せんです。」といひました。おかあさんは「たかいたかいしようしようまけるいいよ。」といひながらあかちやんを、すずみだいにおいて「しようがない。」といつて、お金をやりました。[南満州橋頭・尋三・女]A三五二頁
 地元民の「やさいやのにいやん」(野菜売りの「満人」)の話す変な日本語と、それにあわせる日本人の姿がよく描かれている。
 次の作文は、「国防献金」のために古雑誌を売る話。   
 僕達は(中略)ボロニーヤンをさがして僕の言えまで引張つて来て僕が、「たくさんある。高く買ふよろしい」といひながら、ニーヤンに雑誌をみせると、「ハヲハヲ」といつてばかりではかつてから(中略)「トントンでこれだけ」といつて五十五銭出しました。[奉天省営口・尋四・男]A三七九頁
 日本人児童が、「ボロニーヤン」---廃品回収業の「満人」---にわざと変な日本語で話しかけている。その方が通じやすいと考えてのことだろう。「ハヲハヲ」は「好好」で「はいはい」、「トントン」は「統統」で「ぜんぶ(で)」。
 なかにはそんな日本語をおかしく思っている児童もいる。
 インド人やしな人も、日本ごをはなす人がありますが、まんがの本のやうないひ方をするので、おかしいです。[上海・尋二・男]A二六頁
 「まんがの本のやうないひ方」とはうまい表現である。当時も「まんがの本」の外国人はきっとこんな日本語を話したのだろう。それは最近まで続いていた。 (pp. 224-225)
○前田 均 (2000) 「情報局『ニッポンゴ』改訂の実際」『外国語教育---理論と実践---』第26号、pp. 1-10, 天理大学語学教育センター

…手もとにこの『ニッポンゴ』約300語を載せ、対訳・現地式ローマ字発音・絵をつけた小冊子があるが、ここに収録されている語彙と、大久保が紹介し(安田がいんようし)た語彙とにはズレがある。小冊子は全40頁、奥付によると「昭和十七年九月十日印刷 昭和十七年九月一五日発行」で、「編集者 情報局」、「発行者 日本語教育振興会代表者 西尾実」である。平井昌夫はこの小冊子について、   

 情報局では、日本の南方進出に即応して、『ニッポンゴ』と称する簡易基本語三〇〇語を選んだものを、日本語教育振興会と協力編修して、昭和十七年タカロク(ママ)、マライ(島嶼、半島)、安南、タイ、ビルマの各語版を発行したが、舌たらずの「アナタホンカウアル」を普及するものとして、不評判であった。
と述べている。(6) (p. 2)

…確かにナガイナイを許容してしまうと、平井の言う「アナタホンカウアル」(アルは肯定文につけるマーカー。否定文ならカウナイ)という「舌たらず」のものを「普及する」ことを助長してしまうことが心配される。そのため、“発表案”にはなかった反対語をいくつか加えたと思われる。(p. 6)

注 (6)『国語国字問題の歴史』(1948年・昭森社)。現在では、安田敏朗の「解説」を付し、1998年に三元社から復刻出版されている。


戻る